469:央都猪蟹屋プレオープン、ホイル焼きと温玉
「だって、しょうがないじゃないよ。温泉卵が食べたくなっちゃったんだからさっ♪」
真っ赤に焼ける御神体が、そんなことを宣いやがる。
「「だからさ♪」っじゃねーよ! どーすんだこれ!?」
開店を数日後に控えた、央都猪蟹屋から。
天を突く灼熱の炎が、吹き上がる!
それはまるで、工房長の鍛冶場の坩堝から――
鋳型へ流し込まれる、溶けた鉄のようで。
「「「「「「「「あっちゃっちゃっちゃっちゃっ!」」」」」」」」
店のまえに投げ出されたのは、洞窟カフェに居た全員。
見た目は五百乃大角がときどき提案する、未知の調理法の中のひとつ。
〝火熟る焼き〟そのものだ。
銀色に輝く猫の魔物のような、異様な姿形。
蠢く鉄猫らは、全部で8匹。
リオレイニア、ルリーロ、ラプトル、そしてタター。
ノヴァド、エクレア、ヤーベルト、あとタウリン。
使い捨て強化服、〝耐熱おもち〟を自ら破り――
中から這い出す大人たちと、少女メイドひとり。
星神である茅の姫は、炎に巻かれても涼しい顔をしていたが――
毛先がすこし縮れていた。
火傷を負った奴はいねぇ。
それでも、顔は煤け――
髪はチリチリに縮まり――
全員おれみてぇな頭になりやがったぜ♪
「がははははっ――――まるで鳥の雛だぜ!」
指を指して笑ってやる。
「ぷふふふ、なに言ってんのっ♪ シガミーなんてまっすます、フワッフワのモッコモコじゃんかっ♪」
うるせぇ、元凶。
「ばかやろうめ。お前さんは、焦げちまった芋か茸みてぇな有り様じゃねーかっ!」
服の袖で煤を、拭いてやる。
みんな無事なら笑うさ、ソレくらいしても良いだろうよ。
なんせ灼熱の対魔王結界へ飛び込み、全員を助けたのはおれだ。
それでもゲイル少年だけは、やはり炎に巻かれても毛先ほども焦げ付かなかった。
さすがは火龍ということなのだろうが――
「あ、熱かった。ワレは死ぬかと……思ったぞ?」
涼しい顔して、何を言ってるんだ?
どうにも人の世に、馴染めていない所があるが――
彼は率先して、馴染もうとしてはいるのだ。
§
それはおれが急ぎ仕事を、おにぎりに手伝わせ――
難なく終わらせた、直後。
どごごぉん――かるい地響き。
あわてて一階へあがり、扉を開けたら――
央都猪蟹屋(予定)が吹っ飛んだ。
燃えていく猪蟹屋に、声も出せずにいたら――
猫の魔物のような、強化服たちが二匹。
猪蟹屋の二階の窓を突き破り、飛びおりてきた。
それはおれやレイダが普段使いにしてた、薄桜色の2号と――
死んだおれが帰ってくるために、龍脈から顕現させた10号だった。
猫の形の柄が描かれてて、片方の手先だけに文字が書かれてる。
「みずのたま、みずのたま、みずのたま、つまたいまほう!」
呆けていた元侍女長が大雨を降らし、みんなが濡れ鼠になっても――
猪蟹屋から吹き出す一筋の炎が、収まる気配はない。
「聞くまでもねぇが、何だぜありゃ?」
破り捨てた〝耐熱おもち〟を、回収してまわる。
ふぉん♪
『>吹き上がる主成分はシリカ48%、低粘度の溶岩と判明しました』
そう言うことを、言ってるんじゃねーが――
溶岩……〝かりゅうのねどこ〟の通路下を流れていた溶けた岩。
まっすぐに吹き上がってくれてるから、まわりへ燃え広がらずに済んでいるが――
「「みゃにゃがにゃぁ、みゃふぎゃ?」」
店に居た子供たちは、迅雷に強化服を着せられ――
髪が焦げる暇もなく、自分の猫足で飛びおりてきた。
危険から身を守れるように、そのまま着せて置いたが――
「にゃぎゃ? みゃにゃぁーあ?」
それにおにぎりが混じり、あーでもないこーでもないと――
猫語で会話をしてやがって、実にうるせえ。
レイダにビビビーは、猫の共有語をわかってやがるのか?
ふぉふぉん♪
『>レイダが着る2号に私が接続されている限りにおいて、リアルタイム翻訳が可能です』
おにぎりが余計なことを言ったら、ちゃんと伏せとけよ?
ふぉん♪
『>了解です』
「はぁはぁ。大鍋に沸した湯が一瞬で蒸発し、白煙に巻かれたあとはもう――」
護衛対象を小脇に抱え、地面に伏す黒騎士。
青い顔をしている。
「レーニアちゃんのぉー盾でもぉー、防ぐのがぁー精一杯でぇー――」
地面に伏した黒騎士に、小脇に抱えられた辺境伯名代。
同じく青い顔をしている。
自分が吐く狐火と巻かれる炎じゃ、そりゃ勝手も違うだろうよ。
「あの熱は駄目だぜ。熱くて呼吸が出来ねぇ!」
その熱でも溶けない金槌を、ゴゴンと地面に下ろす工房長。
御多分に洩れず青い顔。
「私としたことが緊急時に備えて、神域惑星への緊急避難口を用意しておくべきでした……もぐもぐ?」
そりゃ、もっともだが――焦げた自分の髪の毛先を、食うなよ。
ふぉふぉん♪
『シガミー>星の土地神のお前さんが付いていながら、どうしてこうなった?』
ふぉふぉん♪
『ホシガミー>返す言葉も御座いませんわ。鼓動も胎動も検出できなかったので、危険度を見誤りました』
なら仕方ねぇが、青い顔はしてねぇ。
「こめんなさい、シガミー。お店が大変なことに――」
ここまで煤で真っ黒になっても美しさが――
半減してねぇことに、恐怖を感じるぜ。
美しいというのは、こういう奴のことを言うんだ。
すこし青い顔をさせちまった。
「店主殿よ、すまぬ。あんな土産を持ち込んだ、ワレに責任が有る」
グワララランッ――――地面に置かれる、焦げた魔法杖や小太刀。
大人たちを担ぐのを手伝ってくれたゲイルは、目に付いた得物を持ってきてくれたらしい。
「いや、ありゃ五百乃大角が悪ぃ、気にすんな。兎に角みんな無事で、何よりだぜ♪」
おれはドカリと胡座をかいて、燃えさかる猪蟹屋を見あげた。
「蘇生薬は試し斬りで使ってしまっていたし、もう天命が尽きたかと思いましたよ」
突っ伏すおっちゃんは〝耐熱おもち〟に包まれて、周りなんて見えねぇハズなのに――
タターを抱えて、おれのあとを付いてきてくれた。
やはり体の動かし方に関しちゃ、頭一つ抜けてやがる。
いつか手合わせをしてみたい。
「ネネルド村のぉーみんながぁ、手を振っていたのぅー!」
「「「にゃみゃがにゃみゃぎゃにゃがみゃ!」」」
「ひひひひひぃぃぃん?」
うるせぇ。けどまぁ、タターにはかわいそうなことをしたから――
ちゃんと、なぐさめてやってくれ。
§
「あの石……いや卵を五百乃大角に見せねぇよう、指示を出さなかったおれが悪ぃ」
おれは道端に車座で話し込むみんなに、頭を下げた。
「レイダ材の壁や天井がなかったら、危ない所でした……けどシガミーは自室で就寝していたはずでは?」
あー。黒眼鏡がジッと、おれを見つめてくる。
「もうねぇ厨房が竈っていうか、もうロケットエンジンみたいに炎を噴いたときわぁ、吃驚したわよぉおぉ、ウケケケケケケケッ♪」
笑ってんな、妖怪。
「せめてもの救いはぁ卵を茹でた場所がぁ、対魔王結界の中だったってことですらぁん。ふぅ、けほこほらぁん!」
汗を拭い煤を吐く、ラプトル第一王女殿下。
彼女の万能工具を使って、どうにかこうにか対魔王結界の扉を閉じて――
炎を止められたのは、奇跡だった。
「王女さま、本当に助かった。恩に着るぜ」
おれは合掌して、首を垂れた。
もしも、対魔王結界以外の場所で、炎を吹き出していたらと思うと震えが止まらん。