468:央都猪蟹屋プレオープン、少年とたまご
「いや、雄だが?」
ごそごそと、腰の革ベルトを外しにかかる火龍の少年。
「あー、見せんで良い、見せんで。卵、落っことすぞ?」
こいつぁ子供に見えても火の龍だし、たしか200歳を超えてる――
いまは魔物境界線にある砦住まいで、まだまだ人の町には馴染んでいない。
ふぉん♪
『人物DB>火龍ゲートルブ
元魔王軍第一エリア統括。
現猪蟹屋三号店〝かりゅうのねどこ〟店長(内定)』
二号店がまるで手つかずのまま、王都に来ることになっちまって。
ゲイルには、悪いことをしたが――
「店主殿よ。なんでも手練れの修験者が現れたと聞き、こうして参じたワケだが――こんな狭い所で本当に戦えるのか?」
こいつぁ、奥方さまが遠出をするときには、必ず引きつれられてるな。
奥方さまの護衛である黒騎士は当然としても、わざわざ火龍のお前さんを何でまた?
ふぉん♪
『解析指南>〝火龍ゲートルブ〟の保有する熱量を、〝ルードホルドの魔法杖〟の燃料にするためと思われます』
あっ、そういや少年の姿になってるってこたぁ――
あの〝燃える蜥蜴〟が、どっかその辺に……居る様子はねぇ。
子細わからんが、少年からそこそこの熱を感じる。
粗熱を取るのに一人だけ、外で待たされていたのかもな。
黒の騎士は人間が出来た奴だから意味もなく、(224歳とはいえ)子供を一人きりにするとは思えんし。
「あーうん。広い場所は、店の地下にあるんだ。こっちはただの倉庫だぜ」
木箱をタンと叩いてみせる。
「ぬぅ、そうであったか。ではワレもそちらへ」
たまごを抱えなおし、倉庫をあとにしようとする少年。
「まてまて、そいつはどうしたんだぜ?」
「むぅ、コレか? これはココへ飛んでくる途中、空から落ちてきたから店主殿への土産にと思い、持ってきたのだ」
「こんなでけぇ卵を、差し出されてもなぁ」
どーするかな。
おれはいま寝てることになってるから、ゲイルを店に連れて行くわけにもいかねぇし。
ふぉん♪
『シガミー>迅雷、そっちはどうだ?』
ふぉふぉん♪
『>議論が白熱し、現在、汎用エディタを起動。シガミーに似合うドレスの作成を開始しています。』
まるで寝るつもりがねぇな。
ふぉふぉふぉん♪
『シガミー>わかった。折角、楽しそうにしてるんだ、お前を取りかえすのも忍びねぇ。こっちはそいつらが寝てからで良い。ただし、おれのドレスを作るなら動きやすく、戦いに支障が出ねぇようにしてくれ。それと鍋を振るから、油汚れに強い素材にして置いてくれ』
ふぉん♪
『>了解しました。シガミーの現在地点、倉庫内部に熱源を感知しましたが、異常はありませんか?』
ふぉん♪
『シガミー>大丈夫だ。ゲイルが店と間違えて、入りこんだだけだ』
ふぉん♪
『ホシガミー>あら、それはそれは。ではいま、お迎えに上がりますね、くすくす♪』
本当に使える奴だな、星神さまはよ。
「ゲイル。いまあの〝おれそっくりな奴〟が迎えに来るから、店に行っててくれ」
ゲイルは茅の姫と、何度か会ってる。
「むぅ、わかった。では土産は、ドコへ置けばよいか?」
見れば見るほど、でけぇんだが。
「土産なぁ。絶対、魔物の卵だよな? しかも空の上から落ちてきたってことわぁ、お前さんみたいな飛ぶ種族が落としたんだろーなぁ?」
「たぶんソウだろう。ルリーロの魔法杖に振り落とされたから龍の姿に戻り、王都へ向かっていたら、コレが頭に当たったのだ」
やっぱり杖で、飛んで来たらしい。
そうしたらいくら黒の騎士でも、火龍の心配をしてる余裕なんてない。
頭を押さえたから、その辺りを触ってみると――
たしかに、たんこぶが出来ていた。
火龍に怪我を負わす勢いでぶつかっても、割れない卵。
それは卵とは言わない。
軽く叩いてみたら――ごごごぉん♪
超硬え。まるで石だぜ。
「おれぁ、いまから仕事があるし――どのみちおれの手には負えそうもねぇ。星神に渡してくれ」
「わかった」
がらがらららー!
「ゲイルさん、こんばんわ。うふふ♪」
ちょうと星神、茅の姫が来た。
がたがたがたがた、ごとごとごとごと――
ぷしゅしゅしゅぅ、ぐわんぐわんぐわんぐわわん。
同時に、地下の工房が動き出した。
おにぎりたちが、来たらしい。
「おれぁ、この下の工房に居るから、何かあったら呼んでくれや。あと、おれは寝てることになってるから、リオレイニアたちにはうまいこと言っとけよ」
念のため、釘を刺しておく。
「わかった」
「わかりましたわ。ではゲイルさん、お手伝いいたしますわ♪」
卵じゃなくて……石を抱えた人外の少年少女が、よたよたと倉庫を出て行く。
「さて仕事をしねぇと、朝までに間に合わんぞ」
おれは無人工房へ、引きかえした。