466:央都猪蟹屋プレオープン、深夜の部
「まぁ、なんでも良いけどぉお、シガミーちゃぁぁん♪ 天狗の野郎さまを今すぐ、呼・ん・でぇ・くれるのでしょぉ? クツクツクツクツケェーッタケタケタッ♪」
檜舞台の上に映し出された、『天狗対リカルル戦』を見つめる辺境伯夫人。
月影の瞳に、無数の光輪が散りばめられる!
「今日の所は勘弁してくれ。暗闇の中で崖を降りたり登ったりするのは、骨が折れらぁな」
そういや、天狗たちの棲み家が険しいのは――
おいそれと、訪ねて行けねぇようにするためだった。
「崖ぇ!? 何でぇ、そんな所に――っていうかあの野郎さまわぁ、確かにいつも深い山奥に居たわねぇー。ちっ、夜襲が掛けづらいですわ」
何故、危険な場所に居を構えるのかと言われれば――襲撃者がいるから。
はは、うってつけの良い、言い訳が出来たぜ。
「天狗さまとの立ち会いは、どうするのですか?」
リオレイニアは、コントゥル家に仕える家系だ。
冒険者パーティー『シガミー御一行様』に属していても、目のまえの辺境伯名代の側に付くのは当然だ。
「わかった。明日にでも聞いてみるよ」
レイダ材を二つに出来たのは、ルリーロだけだ。
約束は約束だ。一応真面目に考える。
「(どう思う迅雷?)」
ふぉん♪
『>私が天狗装束でリカルルと渡り合えたのは、
新規作成した家宝〝『亥の目シリーズ一式【片喰・蹄】〟と、
〝蹄のロッド【全属性・片喰】〟の性能に寄る所が大きいです』
そうだな。そう考えると姫さんの甲冑は、〝危ねえ〟が過ぎるぜ。
ふぉん♪
『>妖狐ルリーロ・イナリィ・コントゥルと尋常に立ち会った場合。
激闘の末にふたたび神域惑星もしくは未知の惑星へ飛ばされるか、
シガミーが滅モードを使用することになると思われます』
そうだな。そう考えると奥方さまの魔法杖も、〝危ねえ〟が過ぎるぜ。
「(辺境伯名代には申し訳ねぇが天狗には、また用事を作って引っ込んでてもらうしかねぇよなぁー)」
烏天狗は装備修理の仕事もあるし、しばらくの間は手元に置いときてぇから――
「(悪いけど迅雷。明日にでも天狗装束で旅立ってくれ)」
ふぉん♪
『>了解しました』
§
「ららぁん♪ 青いですらぁん?」
王女がやってきた。
なんでも「先ほど、工房の女神像宛にイオノファラーさまから、夜会へのお誘いがありましたので――」
夜会だぁ?
そんな大層なもんじゃねぇやい。
どうりで、頭の上からつま先まで、煌びやかなわけだ。
「らっしゃい、王女さま! 悪ぃな、うちの神さんが無理言ったみたいでよ、へへっ♪」
せいぜい愛想を良くしておく。
なんせ、このままだと――明日納品分の軍用全天球レンズを、作ってる暇がねぇからだ。
「「おうじょさま、こんばんわっ! すっごく、お綺麗っ!」」
子供たちが来た。
走るな危ねぇ。
「うふふふふっ――そーでしょぉー?」
自慢げな少女メイド・タター。
彼女の所属は、あくまでコントゥル家侍女隊である。
猪蟹屋従業員でも、王女付きの専属メイドでもない。
それでも、さまざま経緯と懇意によって――
普段からメイドを伴わない王女のお世話を、少女が自ら買って出ているのだ。
ヴォ――洞窟めし処の壁に、大きく表示される現在時刻は『22:13』。
タターは半分仕事だから、もう少し王女に付かせて置いても良いが――
レイダとビビビーは、そろそろ寝かしつけねぇと。
「ではそろそろ、ラストオーダーにしますか? 私だけでも、お料理は回せますけど、うふふ?」
でかい鍋を細腕で担いできた茅の姫が、まっ平らな力こぶをみせつける。
星神のあの体は、おれがあの世から持って帰ってきた特別製だ。
迅雷の金剛力がなくても、それ以上に飛び回れるようになった今のおれには敵うまいが――
並みの人間なら相手にならんほどの、速さと強さと硬さを備えている。
体力的には心配要らんが、全部任せちまえるほどは――
信用できない所もあるし、何より申し訳ない。
一応、この土地を司る神だしな。
「「らすとオーガー?」」
「本日は、店じまいと言うことでーすー」
リオレイニアがうしろから、子供たちの首根っこを押さえた。
「良いじゃないっ、どーせ明日明後日は、学院もお休みだし!」
「そーよ、そーよ! シガミーちゃんだけズルい!」
「おれは厨房に入らねぇと、いけねぇだろうが――!」
がはっははははははははははっ――――♪
唸る大杯。
追加で甘ぇ酒と苦ぇ酒を造れるだけ造っといたから、朝までは持つだろうが――
酒の肴を出してやらんとならん。
「「じゃぁ、あと30分だけっ!」」
ちょうど天狗対リカルル戦の、再々映像が始まったから――
「あれが、終わるくらいまでだからな?」
王女も来たばかりだし、もう少しだけ好きにさせてやることにする。
あの新旧のコントゥル家家宝による試し斬り勝負は、実際の時間は10分にも満たない。
けど、迅雷による見世物としての煽りと、詳しい解説なんかを交えると――
約30分の映像になるのだ。
「「ははーい♪ おうじょさま、こっちこっち!」」
子供たちが、王女を引っぱって――
通称、黄緑席まで案内する。
おにぎりと天ぷら号が、大人しく食事をし――
ときおり注文が重なったときに、ちょっとだけ配膳を手伝ってくれる。
そんな朗らかなんだか、忙しないんだかよくわからん――
大人たちの喧騒から少し離れた、めし処の隅っこ。
「まずは、デザートでも出してやるか――」
今の時間だと、夕飯は食っただろうし。
厨房への階段を降り――
「王女さまっ! これ見てこれっ!」
ごとん♪
あ、レイダめ。
いきなり、メインの酒の肴を出しやがった!
「シガミーちゃんとレイダちゃんと迅雷が、作ったんだよ♪」
あのあと何体か作らされた、レイダ材製の人形。
それを並べていく、ビビビー嬢。
「かわいい、青い! それに硬い?」
ココココン?
「まってまって、痛い痛ぁい。ラプトル姫さま。これはあたくし、あたくしさまでしたぁー♪」
人形に混じる根菜が、楽しそうにしてる。
ふぉん♪
『>シガミー。そろそろ烏天狗が受けた、修繕仕事を始めないと』
ああ、わかってる。
明日の朝一からレア武器を受け取りに、小隊長クラスの兵隊さんたちが店に来るからな。