464:央都猪蟹屋プレオープン、居合い合戦ぼっぱつ
「そらぁ、おもしろそうどすなぁ? せやかて、私は見てるだけというのわぁ、ちぃとつまらんのとちゃいますかぁ?」
懐を探り、匕首を取り出す辺境伯夫人。
ちなみに本日のお召し物は、なぜか冒険者ギルドの制服。
腰巻の裾が長ぇし――
下に黒い細袴を穿いてるし――
胸元の飾り帯も一本きりで臍まで垂れてるし――
まるで陣羽織だ。
「そりゃかまわねぇが――そいつじゃ短すぎねぇかぁ?」
「ココォォン♪ 寸足らずでもぉ、わて……私のぉ命おぉー絶てるくらいにわぁ業物で・す・わぁ♪」
あ、懐刀をつかんだせいで、冷静になったらしい。
訛りがひっこんで、いつもの五百乃大角みたいな口調に戻った。
その場にいた全員の、息が止まる。
生意気で有名な子供でさえ、息を詰まらせてやがる。
そりゃそうだ。辺境伯名代を名乗り、自由に魔物討伐に出かけては――
見たこともないような、巨大な獲物を持ち帰る。
そんな御仁を〝息の根ごと制圧可能な武器の所在〟を軽々と口にすることは――
ある意味、脅迫にちかい物がある。
「あわわわわっ!?」
「やややややっ!?」
おっちゃんとヤーベルトが、衝立の向こうから転がり出てきた。
あの沈着冷静なおっちゃんまで、あわあわしてる。
「こ、此れは此れは、辺境伯夫人ルリーロさま。お初にお目に掛かります。私、ヤーベルト・トングと申します。初等魔導学院にて教師を致しております。お噂はかねがね」
そりゃそーだよなぁー。この場に居あわせた者が、身分を明かさないってことは――
〝彼女に楯突き弓引き、寝首を掻きかねない〟。
そう言ってるも、同じだからな。
「伯爵夫人さま。いえ、元魔導騎士団総大将ルリーロさま。お久しぶりで御座います。タウリン・ハラヘリアルです。現在は、初等魔導学院学舎内で、ギルド支部出張所職員を致しております」
っていうか、おっちゃんは顔見知りか。元……なんだって?
すっぽこ――こぉん♪
てちり。
「あらぁぁん? 楽しそうなこと、やってるわねぇん♪」
やっと帰って来やがったか。
どこ行ってやがった!
ルリーロさまが、先ほどからいらっしゃってやがって――
大変だったんだからなぁ!
「あらぁん、ルリーロちゃん。おひさー♪」
おれにひっつかまれた御神体さまが、軽口を叩きやがる。
「イオノファラーちゃぁん。私、頼んでぇおきましぃたぁよぉねぇぇ?」
ごぉ――風向きが変わり、ぼぉうぼぉうぼぼぉう♪
狐火が空中を漂い、流れてくる。
「え、何がぁ? 何だっけ?」
おれの手に集まる狐火。
避けても、後を付いてくる。
「天狗の野郎さまのぉー、こ・と・で・す・わぁ?」
並んだ両の瞳が、おれを――
おれの手の中の、御神体を――
ぎろりと見つめて、放さない。
「えーっ、天狗ぅー? あぁ、もしも天狗が戦うような所に居あわせたら、すぐにお知らせするってお話ぃー?」
いかん。御神体を持ってると、おれまで狐火に焼かれちまう。
熱くはねぇけど、怖気が走る。
御神体を捻り込むように、放り投げた。
「ぎゃぃやややややぁぁぁぁっ――――!?」
ぎゅるるると錐揉みで飛んでく、根菜(御神体)さま。
「クゥーッツクツクツ、ケッタケッタケタケタァ――――ぱしん♪」
短刀を素早く腰のベルトに刺し、両手で根菜をつかむ辺境伯夫人にして――
なんだっけ、さっきおっちゃんが言ってたのわぁ?
ふぉん♪
『>元魔導騎士団総大将です。コントゥル辺境伯領が央都に匹敵する兵力を、私有する理由の一端であると類推します』
リオからは何も聞いてねぇ。
「コントゥル家は央都の成り立ちに、深く関わってる」というのは、聞いてたが。
細顎に指を這わす、あの仕草。
どうやらリオも知らないことだったらしい。
「ぎゃぁー! ご、ごめぇんー、すっかり忘れてたわぁぁん! ちゃ、ちゃんと後で見られるようにしてあるからっ! ねっ、迅雷クーン!?」
レイダの手をするりと抜け出した、白金の棒が――ヴォォォォンッ♪
ぐるんと旋回すると――ヴュパァァァッ♪
『ぐぅわぉぅるるるるぅ――――!!!』
岩場の火吐き狼みたいな、唸り声を上げるご令嬢が――
壁際に現れた。
その動きに合わせ、ヴヴォヴォヴォ――――♪
厚みを増していく画面。
「こいつぁ、まえに見たニゲル戦のと……同じ仕組みか?」
この奥行きがある映像は伯爵や兵隊たちが見た、壁に映した画面と違って――
まるでその場に居るように、人の動きや息づかいまでも見える。
「じゃぁ迅雷。のちほど、ゆっくり見せてぇ頂ぁけぇまぁすぅかぁー?」
根菜を掌の上で弄ぶ、妖狐ルリーロ。
「はイ、喜んデ」
直立不動からの水平。棒が首を垂れているのだ。
ふぅ、折角だからおれもあとで、見せてもらうかな。
「さて、小太刀で切れるか? 錫杖が要るか?」
レイダ材の硬さは、たぶん相当だ。
切れるかどうかは、やってみねぇとわからん。
§
「ずいぶん増えたな……工房長、試し切り人形あとふたつ追加してくれやぁ」
おれ、ルリーロ、そしてなんとおっちゃんも参加することになった。
「まさかこんな所で会うとは、思いませんでしたよタウリン」
奥方さまを護衛してきた黒い騎士。
「それは、こちらの台詞ですよエクレア。アンナはお元気ですか?」
制服の袖をまくり上げる、おっちゃん。
エクレアはそれなりの地位にのぼりつめた、実力者である。
その彼と十年来の友人のように、言葉を交わすおっちゃんは――
ふぉん♪
『>見た目通りの、ただのギルド支部職員ではなさそうですね』
そういうことだなー。
おにぎりを見ても動じなかったのには、それなりの理由があったらしい。
どかどかどか――『▼▼▼』
なんだぁ、まだ上から降りてくる奴が居るぞ。
「ノヴァド悪ぃが、もう一体追加だ」
降りてきたのは騎馬隊隊長。
「ルリーロさま、リオレイニアさん。子供たちを全員、送り届けてきました」
彼女も、おにぎりを見て動じなかったひとりだ。
是非とも参加させよう。
檜舞台の上。並べられた大きな人型は、六体。
木で出来た甲冑(上半身)を、土台に載せてある。
おれとルリーロとリオレイニアで、手分けして焼き目を付けた。
「ええええーい!」
その全部をレイダが、〝レイダ材〟に塗り替えていく。
斑にならないよう、小刻みに独古杵を振るっている。
もう慣れたもので、おれがやるよか早いかもしれん。
「ふぅ、出来たよ♪ けどシガミーから始めたら、すぐ勝負が付いちゃうんじゃ?」
小太刀を構えたおれに、横やりを入れるレイダ材職人。
「そんな曲がった剣で、こんな鉄みたいに硬くなった木が、切れるわけないじゃない♪」
む? ビビビーが居やがる。
今日も泊まっていく気か?
サキラテの別邸があるんだから、ソッチへちゃんと帰らせねぇとなぁ。
「「あはは♪」」
キィン、カラァン、キラキラァン♪
子供たちが三つ叉の一本箸や細身の匙で、思い思いに叩く音は――
たしかに鉄だ。しかも相当硬ぇぞ。
硬く作られた火箸や、鉄鈴や金剛杵が当たって鳴るときの音がしてる。
おれが大道芸をするときに退けてた、硬い金物の音だ――
ふぉふぉん♪
『>シガミー、バイタルに滅の波形が顕在化しています。自重してください?』
「(む? そんなつもりはねぇんだが、こう殺気立ってる奴らに囲まれるとよぉ)」
だってな、ルリーロの構えがもうやべぇ。
匕首を抜いたらもう殆ど、ぶつかる間合いだ。
それと、切るのが仕事の奴らに混じる――おっちゃんの構えがちょっと見たことがなくてな。
抜き身を逆手にもち、水平に構えている。
引き手は柄を握ってなくて、柄頭を横からギュッと押さえ込む始末だ。
まさか、〝突く〟つもりなのか?
ゴドゴォン――――!
重そうな音に振りかえったら、工房長まで鉄塊を構えてやがる。
「ガハハハッ! もし斬れねぇ場合は、俺がへし折ってやるから安心しろ!」
「(こりゃ、仕込み錫杖(直刀)を使った方が良くね?)」
ふぉん♪
『>自重してください』
けどよ。おれだけ斬れねぇなんてことになったら、格好が付かねぇぞ。
ふぉん♪
『ホシガミー>自重してください。くすくす?』
くそう。
おれは小太刀を、開けた。