463:央都猪蟹屋プレオープン、夜の部
「やい、シガミー」
杯を片手に、首根っこをつかまれた。
「どうしたぃ、工房長」
折れる折れる。
「どーして央都に、奥方さまがいやがる?」
「こっちが聞きたいぜ。烏天狗が受けた仕事は、姫さんがちゃんと届けたはずだ」
出来たばかりの、央都猪蟹屋地下一階。
洞窟喫茶店いや……酒も、どかどか出すめし処。
ガムラン町へ、とんぼ返りした姫さんと入れちがいに、今度は奥方さまの央都入り。
央都猪蟹屋は、未曾有の大災害に――来客されていた。
「コココォッォン!」
ぼぼごごぉうわっ――――♪
命を食らい尽くす、ほどではないものの。
触れれば怖気が走る、命の灯火。
俗に言う人魂とか、狐火とかそんな。
焼かれても、熱くもなければ燃えもしない仄暗い炎。
口から直接、そんな物を吐くときというのは。
もちろん、機嫌が良くないときに決まってる。
「まさか、ぬるい仕事をしやがったんじゃぁ、ねーだろろぅなぁ?」
筋骨隆々な、職人魂が唸りをあげた。
「まさか! 天狗勢は、おれよかちゃんとしてる。それと納品クエストは達成済みだぜっ!」
おれたちが居るのは、檜舞台向かって左側の席。
地上への階段からはとおく、床下の厨房へはちかい。
「コホォン♪」
洞窟めし処中央、檜舞台正面。
ふっさふさの尻尾が、わさりとゆれる。
「ほ、ほら、お呼びだぜ! 死んでこい!」
あ、工房長め!
背中を押して、おれを人身御供にしやがった!
「へ、へぃ。ようこそおいでくださいやしたぜわよ!」
しかたがねぇ。
猪蟹屋の前掛けを腰に巻き、かるく腰を落として片足を引いた。
「来ぃまぁーしぃたわぁー。シガミーちゃーぁーん?」
やや暗い洞窟。
奥方さまの、妖狐としての発露。
昼日中でも光る、ギッラギラした月影の双眸。
怖ぇんだが?
やい五百乃大角、どこ行った!?
とっとと出てきて、持てなしてさしあげろやぁ!
口から狐火を吐きつつ、店に押しこんできたから――
ヤーベルトとおっちゃんには、衝立の向こうに隠れてもらってる。
敵の出方を見るまでは、客を危険に晒すわけにはいかねぇからな。
「ここがぁリカッルルちゃんとっ、天っ狗の野郎はんが楽しみはったぁ――なんてぇ言わはりましたかぃのぉー?」
興奮のあまり、京都訛りが出ている。
「対魔王結界、ラスクトール自治領王立魔導騎士団魔術研究所が管理する施設。ラプトル第一王女が作成した、超巨大ゴーレムのお腹の中です」
さっきまで呂律が回ってなかった奴が、涼しい顔でそばに控えてやがる。
あれも、〝女神の祝福〟スキルの力か?
もともと肝が太ぇから、そのせいかもしれんが。
「そぉ、そぅどしたなぁ! そぉないな面白そうな物おぉーずうぅっと隠し持ってたあげく、私ぬきで天狗の野郎はんと差し合うやなんてぇなぁ――もうもうもうケェーッタケタケタケェーッタケタケタッ♪」
ぼぼぼぼごごごぅわぁ――――ふわっさふわっさふわさささっ♪
嬉しくて尻尾を、揺らしているわけじゃない。
それは傍らの給仕服の、背筋を見りゃわかる。
「ル、ルリーロさまわぁ、まだ天狗に恨みがあるのかい――でごぜえますわぜ?」
ひとまず、収めてくれたんじゃなかったかぁ!?
リオが凄ぇ面(黒眼鏡越しでも、表情は手に取るようにわかる)で睨むもんだから、丁寧な言葉を使うわぜ。
「ココォォォォォォォォンッ♪ そないなこと、わざわざ言わんでもわかっとるんとちゃいますかぁっ――とっとと天狗ぅ、つれてこんかぁいぃぃぃっ!!」
舌っ足らずな怒声は、まるで怖くねぇけど――これは駄目な奴だ。
けど遠吠えにどこか、自分を鼓舞するような色が、混じったのを感じたから――
ふぉん♪
『>天狗への復讐よりも、再戦を望んでいるようですね』
ああ。大方リカルルが、天狗との試し斬りを面白おかしく――自慢でもしたんだろう。
ふぉん♪
『シガミー>やいだれか、この場をどーにかしてくれ』
っていうか、五百乃大角どこ行った?
ふぉん♪
『>いっそのこと、辺境伯をお呼びしては?』
ばかやろーう。
リカルルが間に入ってくれてるならいざ知らず、そんなことすりゃ誰かの首が飛ぶ。
少なくともリオに、迷惑を掛けちまうだろうが。
「まずは、一息つかれてはどうですか?」
徳利と猪口を盆にのせ、リオの反対側から姿をあらわす茅の姫。
じっと金髪猫耳メイドを見つめる、辺境伯夫人ルリーロ。
どうも、城塞都市からガムラン町に遊びに来るようになった途端に――
おれたちが、入れ替わりで央都に来ることになっちまって――
拗ねてるみたいにも……思えてきたが。
最悪の場合に、この中では戦えないおっちゃんだけでも逃がさねぇといけねぇから――
妖怪狐の心の機微は、慎重に見極めねぇと。
「おひとつ、どうぞ♪」
無造作に懐に飛びこむ、茅の姫。
盆をテーブルに置き――両手で猪口を差し出した。
無言でそれを、受け取る辺境伯夫人。
「けほっ――甘っ、甘い! ココォォン!?」
一口含むなり、目を白黒させ――ゴクリと飲み込む。
ひゅっごわぁぁぁぁっ♪
口から吐かれた狐火の、色がおかしい。
青白いのは同じだが――
向こう側が透けて見えねぇ。
ぶすぶすぶすすっ――テーブルが焦げた。
危ねぇな! けど――
「迅雷、いますぐレイダを連れてこい!」
おれは相棒を、天井に向かって放り投げた。
この際、〝レイダ材〟のお披露目といくぞ。
怒ってる手前、話題にしてこねぇけど――
こんなに綺麗な色の、櫓組みの木材。
新しもの好きの彼女が、気にならないわけがないのだ。
ヴォヴォヴォォォン――――「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
階段の手すりを跳び越え、迅雷につかまり直接おりてくる。
檜舞台へ着地した、生意気な子供が――
「ル、ルリーロさま、こんばんわ」
腰を落とし、片足を引いた。
「そこのテーブルに、アレをやってくれ!」
酒の肴に宴会芸を披露しろと、言われたと思ったのかも知れん。
「えーいっ♪」
躊躇なく子供が棒を振ると、燃えたテーブルの一部分が――――ギラリィン♪
闇夜のような蒼色で、塗り替えられた。
金属質に輝くのは、燃えた部分だけ。
「こらぁえらぃ、驚きましたなぁ♪」
ふぅ。奥方さまが、やっとまともな口をきいてくれたぜ。
「これは迅雷とレイダが作った、相当硬い……漆喰みたいなもんだ。凄ぇだろう♪」
猪蟹屋製品を置いたテーブルから、レイダ人形をすかさず持ってきた。
「こりゃぁ、面白ぇなぁっ♪ まるで鉄じゃねぇか!」
あー、工房長が釣れちまった。
その厳つい手から、人形をするりと取り返す猫耳メイド。
「先ほどの天狗さまと試合うお話、この超硬質漆喰〝レイダ材〟でお決めになってはいかがでしょうか?」
おれに人形を渡し、すかさず奥方さまの空いた猪口に、酒を注ぐ。
ふぉん♪
『シガミー>商魂たくましいのも結構だが、この場を納められるんだろうな?』
ふぉん♪
『ホシガミー>はい、お任せください』
「ふぅ、強者である天狗さまとの試合は、いつも物議を醸し出しますね。どういうことでしょうか、カヤノヒメさま?」
黒眼鏡を手でクイと、持ちあげるリオレイニア。
「このレイダ材を見事、斬ってみせたらシガミーさんの勝ち。切れなかったら、ルリーロさまの勝ちということでは、いかがでしょうか? くすくすす?」
蒼く輝くレイダの人形を、また奪われた。
「はぁ、こいつを斬れだとぅ?」
硬えって話だが、おにぎりほどじゃねぇだろ?
つまり斬れるってこった。
「だめーっ、切っちゃやだぁー!」
茅の姫に体当たり、自分の人形を奪い返すレイダ。
「よし、じゃぁ別の試し斬り人形を、俺が作ってやるぞ、ガハハハッ♪」
立ちあがるノヴァド工房長。
彼は鋼材だけじゃなく、木工細工もお手の物だ。