457:央都観光ツアー、天狗勢の根城と央都猪蟹屋と
「わっ!? なんかが崖を登ってくるぞ!?」
誰かのそんな声に、逃げまどう人々。
「みなさーん、心配いりませーん。年に数回、崖を登ってくる物好きな魔物がいまーす!」
ヤーベルト先生が、背負ってきた魔法杖を一本取りだした。
「(迅雷いそいで、上がってこい!)」
まったく、厄介な魔物も居たもんだぜ。
ガチャガチャガチャガチャッ――ズザザザザッ♪
長槍や鎖を手にした衛兵たちが、集結した。
おれは、長窓の端から下を見た。
すごい勢いで黒いのが、駆け上がってきてる。
長窓の鉄柵の、向こう側。
ズザザザザァァァァッ――ガッシャガッシャ!
垂直に切り立つ城壁を歩く、黒づくめの老人が登場した。
「カカカッ――――おのれちょこざいな! わが修験の技に敵うと思うてかぁぁっ!」
その正体はINTタレット迅雷が、扮装する〝裏天狗〟だ。
黒い頭巾には、目の絵が描いてあって――
正直、魔物の100倍は怪しい。
「(おい、あんまり調子に乗るなよ? 下手なことして、「棲んじゃ駄目」とか言われても面倒だから――?)」
『▲▲▲』――壁向こうに、裏天狗以外の動体検知。
ギュギャギュギギギギギッ――――――――!!
ギュギチギチリッ――――ピピピピッ♪
怪音が黒い人影を捕らえ――――ボッゴガァァァァァァァンッ!!!
壁穴から湧き出た、足の長い蟹みたいな奴に――
裏天狗が、吹き飛ばされた。
蟹みたいなのは、角張ってはいるものの――
以前のように、尖りきった自己主張はしておらず――
逃げ出す人は、ひとりもいなかった。
おれの〝軍用全天球レンズ〟が、ちゃんと仕事をしている。
実に気分が良い――カカッ♪
「(おい、平気かぁ?)」
ふぉふぉん♪
『>はい、問題ありません』
爆発する拳の直撃を喰らった修験者が、ぶわさり♪
黒い隠れ蓑をひろげ――風に舞う。
「クカカカカカカカカッ――――リオレイニア殿ぉー、お館さまへは「週明けには、全ての修理を終わらせもうす」と、お伝え願えますかのぉーぅ?」
天狗役がそんな業務連絡をするもんだから、居あわせた衛兵たちが戸惑っている。
「はぁーい! コントゥル辺境伯さまへの伝言たしかに、承りましたぁー!」
辺境伯の名を聞いた途端に、衛兵たちの緊張の糸が切れる。
ふっとんだ壁を見れば蟹が呑気にも、拭き掃除を始めた。
壁を登ってくる魔物を撃退することが、目的らしいなー。
「もーすもーす、ござる」
うるせえし、ござるは言ってねぇ。
「なぁ、迅雷?」
「まっタくです、シガミー」
おれの後ろ髪を留める独古杵は、もちろん偽物だが――
しゃべれるし、なんなら空中を飛べる。
これならおれと迅雷が、天狗や烏天狗の正体と――
気づく奴は、そう居ないだろうよ。
天狗は断崖に開いた洞窟に、すぃぃと飛びこんだ。
§
「こらこらこら、おまえらなんで全員付いてきてやがるんだぜ?」
うぞぞろ、がやわや――ずざざぁっ!
振り向けばピタリと止まる、学院生徒たちの行進。
行く道の先。角を曲がれば猪蟹屋って所まで来て、ようやく気づいた。
城壁の物見台へ続く階段をおりて、すぐ解散したはずだろうが。
「こほん。だって私たちだってシガミーちゃんのお家に、お呼ばれしたいですものっ!」
何だとぅ!?
誰だっけこいつ。
ふぉん♪
『人物DB>初等魔導学院1年A組
ビステッカ・アリゲッタ』
わからん。みんな同じ制服を着とるし。
ふぉん♪
『>ヴィヴィー嬢のうしろの席に座ることが多い、女子生徒です。
本日の昼食会で、イオノファラーと互角の食事をしました』
「あぁ、五百乃大角の早食いに、三皿目まで食らいついてた奴かっ!」
「きゃぁ、覚えていてくれたなんて、光栄ですわっ♪」
ふふんと、鼻を持ちあげる女子生徒。
大食らいの割に、ものすごく体が細いから覚えてたぜ。
ふぉん♪
『>今の今まで、忘れていたのでは?』
ちゃんと思い出したんだから、良いだろうが!
「おい……ひそひそ……今日の店の仕事は、何が残ってる?」
道端に屈みこむ、おれ。
「はイ……ひソひそ……店内ノ改装ト、食事が出来るテーブル席につイての協議。そレと――」
おれの髪を留める独古杵は、偽物だ。
本物とは、まだ合流してない。
「央都猪蟹屋開店に必要な……ひそひそ……関係各所への届け出と、ギルド支部出張所の台座についての各種登録と、あとは大通りまでの案内板作成くらいでしょうか?」
屈みこんだおれに身を寄せ、小さな魔法杖で地面に絵を描く見習い先生。
この串揚げみたいな形の、『△○□ー』は何でぇい?
ふぉん♪
『>大通りの方向を示す、道路標識のようです』
この張られた板に、道の名前とかを書くのか?
ふぉん♪
『>そのようです』
「ふぅん、美の魔神先生がシガミーちゃんちで働いてるっていうのは、ほんとーなのね♪ うらやましいっ!」
気づけば件の大食い嬢が、レイダやタターに混じって膝をつき合わせていた。
「美の……魔神?」
やや青い顔で首をかしげる、見習い先生。
〝美の女神〟と〝美の権化〟と〝魔神の再来〟が、混ざってやがるな。
「まぁな。リオ……レーニア先生は、わが冒険者パーティー〝シガミー御一行様〟の一員だからな♪」
ちょっとだけ、鼻が高くないこともなくもない。
わぁー、きゃぁぁっ♪
がやがやがやがや、がやがやがやわや。
うるせぇ。
「まったく、しゃぁねぇなぁー。リオ……レーニア先生、コイツら全員、店の地下に呼んでも良いか?」
そう言って立ちあがり、子供たちをざっと数えた。
ふぉん♪
『>ヤーベルト教員を入れて、総勢39名です』
「はい、ご随意に♪ すこし時間を空けてから猪蟹屋へ向かいましょうか?」
立ちあがるリオレイニア。
「いや、大丈夫だ。けど、これに名簿を作ってくれないか?」
もはや使いなれたであろう、黒板を渡す。
「はい、ソレではリストを作成次第、みんなを連れて戻りますね♪」
みなさぁーん、集まってくださぁーい!
喧騒の中――ズザッ!
おれはその場を、人知れず離れる。
「迅雷、明後日開店の為に必要な仕込みから、すこし回せるか?」
スタタァン――――♪
「はイ、全ク問題ありマせん。昼食後ニ分かれたバかりですが、茅野姫ヲ呼びまスか?」
そうしてくれ。
ガチャッ――――カラララララン♪
猪蟹屋へ飛びこむ。
「お帰りなさいませ、シガミーさん?」
呼ぶまでもなかったぜ。
おれの二年後くらいの姿形をした奴が、いつもの猫の耳を頭に乗せ、出迎えてくれた。
「居たのか、助かる! 今から子供たちが、遊びに来ることになっちまってよぉ。悪ぃんだがぁ、手伝ってくれんかぁ?」
まだ飯も食ったばかりだし、茶と何か。
ちょっとした菓子でも――
「五百乃大角ぁ――!」
「ウケケケケッ、何するのぉ? おいしくて面白いことぉ?」
冷てぇ菓子を作ったときに、もうひとつ。
「神々の間で、大人気の菓子がある」って言ってただろっ?
「なんだっけ? おいしいお菓子ぃー? プリンかなぁ――作ってくれるのっ!?」
材料は――解析指南。
ふぉふぉん♪
『解析指南>カスタードプディング――――――――』
なるほどな。
アイスと材料は、そう変わらんのか。
菓子は、それでいこう。
けど、サキラテ家なら、いざ知らず――
猪蟹屋に、子供が暇をつぶせる物なんてない。
出し物かぁー。
子供が〝居合い〟を見ても、喜ぶとは思えんし。
なんか、ねぇかなぁ?
考えつつも大慌てで、子供たち向けのテーブルと椅子の形を――
絵で板から選択する。
「こんにちわ、シガミー・ガムランさん」
「おう、らっしゃい! こんちわだぜ♪」
おれは、地下へ続く扉を開――
誰だ今のっ!? それに〝シガミー・ガムラン〟って何だぜ!?
土間へ、駆け戻ると――
ふぉん♪
『人物DB>タウリン・ハラヘリアル
ラスクトール自治領冒険者ギルド支部職員』
「あぁー、廊下の突き当たりのっ、おっちゃんだぜ!」
「はい、久しぶりですね」
会ってから、まだ一週間も過ぎてねぇけどな。