454:猪蟹屋四号店(央都拠点)、無人工房にはちがいない
「よーし、どーにかなった……か?」
本当の所はまだわからん。
「にゃみゃがにゃ♪」
「ひひひひひぃん?」
ガムラン町の無人工房には、こんな黄緑色の部品は使われてねぇからな。
ふぉん♪
『ヒント>自動工作機械/無人の工房。
簡単な冊子や印刷物から、家具や饅頭まで作成可能。』
央都の大女神像だって、大陸中の女神像を司るくらいには立派なもんだ。
けど超女神像の頓知が、余るには程とおいらしくて。
工程と工程の間を判断させるには、半分手で行わないといけない。
その部分の仕事をこともあろうか――
おにぎりと天ぷら号に任せる暴挙に出たのだ。
かまうか――もうこれしか道がねぇ。
アイスクリームと串揚げ芋揚げに、饅頭の仕込み。
そして簡単な装備修理に、おれの姿の詠唱魔法具作成。
それを肩代わりしてくれる無人工房を、三日掛けて作りあげた。
「さしズめ、半自動工作機械群ト言ッた所でシょうか」
とうぜんその間、おれは学院を休む羽目になっちまったが。
コントゥル家への届け物に、例のレア装備の修理強化。
それもやりながらだから、結構キツかった。
王女殿下が泊まり込みで手伝ってくれなかったら、一週間はかかってただろう。
「つ、つかれましたらぁぁん。けど、イオノファラーさまの持つ魔導工学の一端を収得しましたらぁぁん♪」
なんて本人は喜んでたけど一国の王女に、ただ働きをさせるわけにもいかなくて。
見返りとして例の〝軍用全天球レンズ〟を一年以内に1500個、納品することを約束した。
正直なところ、作りあげた無人工房で簡単に複製できるだろと考えてた。
けど〝真後ろも見える瞳〟は、おれの120を越えるスキルがあって初めてできるもんだったらしくて。
どうやっても魔術光学的に必要な精度が出せず、用意できたのはおれが作った10個だけ。
毎日作っても、休みを入れたら半年はかかる。
「初等魔導学院は、お勉強が難しいですらぁぁん?」
という王女の心配を受け、余裕を持って期日を設定した。
ギルドを介した書類まわりは――
「今度、受付嬢が来たときにでもやらせよう」ということになってる。
やってもやっても、仕事は減らんが。
どうにかこうにか明日からは、学院に戻れそうだ。
§
猪蟹屋四号店、二階自室。
深夜二時過ぎ。
「なんか忘れてるような」気がして――飛び起きた。
ふぉふぉん♪
『>では、比較的優先度の高い物から、TODOリストを再作成します』
〝やらないといけないこと〟だな?
おう、やってくれ。おれは目を閉じる。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『2:シガミー/会談:ギ術開発部への事象聴取』
『4:シガミー/解析:作成した魔力増強鉢巻きについて』
『5:シガミー/解析:学院長室の転移魔法について』
『6:シガミー/解析:マナキャンセラー発動中の自爆現象について』
『8:シガミー/会談:出張所職員へのお見舞い』
『9:シガミー/経営:猪蟹屋経営会議の今後について』
閉じたまぶたの裏に、文字があふれた。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『11:リオレイニア/解析:魔術的な高揚感について』
『13:シガミー/解析:測定魔法具の作成について』
『15:シガミー/イオノファラー/ジンライ/調査:狐耳族の頒布と万一の場合の撤退方法』
『16:イオノファラー/調査:マジックシールドの収得について』
止め処のない羅列は、1ページに6項目ずつ。
3ページあった項目が、2ページちょっとに減ってた。
さほど変わらんが、最大の懸念だった『リオレイニアの修理代金策A、B』が片付いたので良しと――
ふぉふぉふぉん♪
『NEW:天狗と烏天狗の根城選定』
『NEW:バニラビーンズ――――』
「(ん?)」
ん?
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『NEW:――――』
『NEW:サキラテ一家の隠形術についての調査』
『NEW:――――』
『NEW:――――』
『NEW:――――』
『NEW:――――』
「(おいやめろ!)」
おいやめろ!
「(優先順表示を停止しました。以降も、ご覧になりますか?)」
もう良い止めろ。
減った分よか、増えてるじゃねぇーか!
まったくよぉ。次から次へとやらなきゃならねぇことが――
人の姿で押しよせやがってよぉ!
そういや、〝天狗と烏天狗の根城〟はどこにする?
「そうでスね。架空ノ人物とハ言エ、設定しておかナいとボロが出ルかも知レません」
ヴァタタタタ、ヴゥォォン♪
〝泥音〟とかいう飛ぶ板を作って、窓から飛ばした。
「朝までノ四時間あレば、央都ト周辺ノ村々の正確な地図ガ作成出来マす」
それ茅の姫には見せるなよ。商売にされると、あとあと面倒だからな。
「(軍事機密を売る店に、辺境伯や央都の歴々が出入りしていては大事というわけですか)」
そういうことだ。
さて、起きちまったことだし、無人工房の様子を見てくるか。
おれはおれの寝床を、バタリと持ち上げ――「ひかりのたま」
現れた穴へ飛びこむ。
ぽぉう――すったん!
落ちた先。
堅い木で出来た道は、左右へ続いている。
えっと、店の玄関がこっちだから――
おれは指さした方へ、歩き出す。
程なくして現れたのは、鉄製の小さな扉。
開けると眩いばかりの、白い光。
トントントントン、ゴリゴリボトン♪
カタンカタン、パサパサパサッ。
手前は、食材を切り刻み――
ガシャガシャガシャガシャッ♪
カタンカタン、パサパサパサッ。
――奥は、薄板に細かな細工を施している。
その間は厚めの透明な膜で遮られ、それぞれの仕事が交差することはない。
ふすふすふすす――♪
ふすふすふすす――♪
ふすふすふすす――♪
ふすふすふすす――♪
銀色に輝く〝使い捨て強化服〟たちが、通り過ぎる。
「にゃみゃんごろろろぉ♪」
手前と奥を交互に行き来し真面目に働く、自律型極所作業用汎用強化服おにぎり一号。
無人工房とは名ばかりの、猫の魔物たちが蠢く空間。
「ひひひひっひぃぃぃんっ?」
そして、まだ製品の搬出経路が定まってないから、手持ち無沙汰な大きな子馬。
寄ってきた子馬の、首を撫でてやる。
アイスクリームと、串揚げ芋揚げの仕込み。
そして、おれの姿が描かれた詠唱魔法具作成。
ゆくゆくは簡単な装備修理に、饅頭の仕込みもやらせたいが――
「どうも、うまくいってねぇなこりゃ」
トントントントン、ゴリゴリボトン♪
ふすふすふすす――♪
カタンカタン、パサパサパサッ。
ふすふすふすす――♪
ガシャガシャガシャガシャッ♪
ふすふすふすす――♪
カタンカタン、パサパサパサッ。
ふすふすふすす――♪
「すべテの工程ニ〝待チ時間〟ガ生じていテは、自動化ノ最大ノ恩恵ガ得られマせん」
央都にゃ超女神像がないんだから、仕方ねぇだろう。
かといって迅雷を無人工房に張りつかせたら、天狗も烏天狗も使えなくなる。
「そこそこ騒々しいが向かいのしかも地下だから、真夜中でも店までは聞こえねぇな」
地上の倉庫に人は居ないし、〝まずまずの立地〟じゃね?
猪蟹屋の建物の、すぐ横にそびえる城壁。
その向こうには、ラプトル王女のゴーレム関係の工房がある。
つまり〝普通の奴は、極力避けて通らない〟という、最大の欠点を除けばだが。
「にゃみゃごぉー♪」
猫も寄ってきた。
その手には、おれの姿が描かれた詠唱魔法具――
が、もう一枚?
見ればそれは、リカルルのフル装備。
戦いのための甲冑じゃなくて、しゃらあしゃらした夜会服だ。
「迅雷君……こんなの頼んだ?」
「いいエ?」
斜めになる、空飛ぶ独古杵。
「みゃにゃん、みゃみゃにゃが♪」
ふぉふぉん♪
『リカルルに、頼まれたんだもの♪』
勝手に頼まれるな、そして頼むなよな。
おれは『♪』を押してみた。
ソレは聞いたことのねぇ、お囃子――
ガムラン町の冒険者たちが――
いかに屈強で、粗忽で、頼もしいのかを詠いあげていた。
「なんだぜ、こりゃ?」
詠唱魔法具をひっくり返すと、『冒険者ギルドガムラン支部のうた』と書かれてた。
売れるかぁ、こんな物!
姫さんの声は良く通るし、笛も太鼓も悪くねぇが――
「〽魔物と見れば、追いかけろ!
地割れに大雨、逃げかえろ!
ヴァリィアァントなにそれ、うまいのかぁ?
おれたちゃガムラン!
おれたちがガムランランララン!」
ひでぇ。最後の方は、王女殿下みてぇになってるじゃんか。
いかんせん、詩がどうにもならんだろ。
五百乃大角の歌の詩はまだ何というか、無茶苦茶なりの理があった気がする。
少なくとも、『冒険者ギルドガムラン支部のうた』よりは。
「〽大きな魔物は、取り囲め!
火山に毒沼、近寄らぬ!
ヴァリィヴァヴァーリ、バリバリリィィィッ?
おれたちゃガムラン!
おれたちがガムランランララン!」
マジでひでぇ。
あまりのひどさに、膝を突いていると――
トントントントン、ゴリゴリボトン♪
ガシャガシャガシャガシャッ♪
ふすふすふすす――――――――かくん♪
カタンカタン、パサパサパサッ。
ふすふすふすす――――――――かくん♪
ほれみろ。
無人工房まで変な節で、止まっちまってらぁ。