430:初級魔法とシガミー、猪蟹屋四号店深夜一日目
「えーっと。茅の姫におにぎりに、迅雷と天ぷら号……」
五百乃大角は、どこ行きやがった?
要らんときにばかり、顔をだす癖に――
現在、深夜0:15。
対魔王結界へ降りる、階段の途中。
かなり広い展望台があって、ドーム内を一望できる。
照明魔法具の近くだから、いささか眩しい。
「そういえば、本日は食事の催促をされていません」
ヴォヴォゥン?
空飛ぶ棒が、首を傾げる。
「は? そんなわけねぇだろう。あの飯神さまが、飯の催促をしないってことは――」
この世の終わりと同義だぜ。
「あのう――イオノファラーさまでしたら、昨日から台座へ刺しっぱなしでは?」
茅の姫の目が笑ってねぇ。
§
「マジで悪かった! 今後、こんなことがねぇように気をつけるぜ」
「はイ、本日ヨり三日間ハ、イオフォファラーの好キな物ヲ献立にしマしょう」
御神体に平伏する、おれたち。
「ぷすぷすぷすす――――ホントのこと言うとさぁ。台座に載せられてる間さぁ、時間がすぎるのをさぁー、まるで感じなかったのよぉねぇーん?」
うしろ頭から煙が出てるが……平気か?
茅の姫が手に載せた御神体を、うやうやしく――
手近なぞうきんで、キュキュキュと拭く。
「たマたま偶然でスが……ひそひそ……女神像OSノ定期アップデートが重なったよウです」
「例によってわからんが……ひそひそ……女神像さまさまってことだな」
おれたちはこっそりと顔を見合わせ、胸をなで下ろす。
「で・す・の・でぇー、今回わぁ~不問としますけどぉ~。次わぁ~ないからねぇ~~~~?」
くるりと、おれたちを振りかえる御神体が、目をつり上げた。
「おう、肝に銘じるぜ! な、迅雷!?」
「ハい。オ腹が空いタのではありませんか? 何でもオ作りしマすよ。シガミーガ?」
おれは相棒を持ち、くるりと回す。
「じゃぁさぁ、あたくしさまわぁ――つめったぁい、お菓子がぁ食べたいわねぇー♪」
冷てぇ菓子……冷えた饅頭か?
そろそろ夏が来るらしいから、猪蟹屋の新商品になるかもだが――
うまいのか、それぁ?
「氷よ氷。カブキーフェスタで女将さんと戦ったでしょ、氷菓子勝負でっ!」
肩幅にそろえた手刀を、上下に振り回してる。
「あれか、氷柱を回して刀で削りゃ――いや、おにぎりお前……女将さんのとこで雪を降らす魔法の修行してきたんじゃなかったか?」
思い出したぜ。
「にゃみゃぎゃぁー♪」
夏毛の胸元を、とんと叩く猫の魔物。
央都で生きていくのに必要な道具や、四号店で使う家具なんかを作ろうかと――
夜中にこうして、こっそりと集まったんだが。
まずは、五百乃大角がご所望の――冷てぇ菓子を作ってやろう。
ふぉふぉん♪
『おにぎり>雪を降らせるなら、魔導指示器が必要だもの』
魔導指示機だぁ?
知らん名前が出てきたぞ。
ヴォォン♪
小窓に表示されたのは、カブキーフェスタで女将さんたちが使った――
大きな台座と、小さな台座が沢山?
「あー、あれか。OOYGYだな?」
レイダが「オヤジ、オッヤージ♪」って楽しそうに、叫んでたやつだ。
「よぉし。じゃぁ、必要な道具をおれが作るから、おにぎりと茅の姫わぁ、氷の菓子の段取りをたのむぜ!」
古代魔法だかの使い方は、わからねぇが――
あの土台の作りは、ただの板に龍脈の通り道を付けただけの物だ。
5分も掛からずに、出来るぞ。
「わかりました、くすくす。つきましてはレシピの開示と原材料の調達を、お願いしたいのですが?」
原材料?
氷と果物、砂糖の他に……なんか要るか?
「えー、アイスのレシピ? 迅雷、百科辞典とぉライブラリ中のぉ専門辞書わぁ全部開示してあるからぁ、まずぅソッチでぇ何とかしてみてくれなぁいぃー?」
「アイスクリームでしタら、フェスタで作成したミルク味の物が作成できます」
烏天狗役の迅雷に惨敗したっけな。
あのときの甘くて冷てぇ白味噌は、たしかにうまかった。
「ミルク味!? 良いわねぇーん♪」
茅の姫の手のひらを、一回転する御神体。
「なるほど……神域惑星に居る牛の乳に砂糖と、香り付けのための香料を混ぜ、均一に冷やすだけで完成するようですわ、くすくす♪」
おれの相棒をつかんで何かを、横から読んでいく星神茅の姫。
こういう所はアーティファクトっつーか、神々しいっていうか。
「神々しいの間違いでわ♪ ですが、おにぎりさん……そうすると今回、古代魔法は必要ありませんよ?」
ぽぎゅぽこぉぉん♪
まるでこの世の終わりかのように、衝撃的に崩れ落ちる猫の魔物。
「けど牛乳の在庫なんて、あったっけ?」
ぽこん♪
迅雷――おれの画面の視界に入り込んでくる、五百乃大角の分け身。
「神域惑星へ、狩りニ行けていナいので、在庫有りマせん」
鉄で出来た容器型のフォルダに、『0』の数字が張りついている。
「どーせなら、バニラ味のアイスが食べたいのよねぇーん! というわけで、今日の所は冷たければ何でも可ぁ――さぁ、今すぐ作ってちょうだっぁい♪」
作れというなら、作るぞ。
ふぉふぉふぉん♪
『ホシガミー>では後日、バニラビーンズの採取か、
バニラエッセンスに類する、
人工香料の開発をお願い致します』
わからんが、今日じゃなくて良いんだな。
やることリストに、入れといてくれ迅雷。
つうか……人工香料?
食物転化に分離倍化に急速熟成に超抽出で――出来そうじゃね。
香りの原料に近い組成の、〝原種〟の木の実とかがありゃぁ――
さじ加減に基礎化学に有機化学に医食同源、あと試薬調合に分析術で作った味を――
他ならぬ〝お味見役〟にお伺いを立てて、おれの超味覚で同定できるだろ。
よし、あしたこそ神域惑星に出向いて、必要な食材を取ってきてやる。
ついでに、面白そうだから海も見てこよう。
「よし、本式のアイスとやらぁ明日にするぞ。今日の所は、氷菓子で我慢してくれ」
「何でも良いわーん。もうなんでもぉ――ぐでり」
随分と、だれてやがるなぁ。
「にゃぁご?」
逆に、氷菓子と聞くやいなや、ムクリと起き上がる猫の魔物。
いま居る、対魔王結界へ降りる階段途中の足場。
ここは特に、暑くも寒くもない。
「魔導指示機てのは、こんな感じで良いのか?」
おにぎりがフェスタで使ったのと、似た感じ。
大小2種類の台座を、作ってやると――
「みゃにゃごぉ――――♪」
おにぎりが舞い、その周囲を天ぷら号が跳ね――
るには、さすがに狭かったので――
ドーム状の対魔王結界の、真ん中あたりまで来た。
「みゃにゃごぉ――――♪」
再開される演舞。
「ひひひひひひぃぃぃんっ――――?」
いろんな果汁を、雪に変えていく。
ちなみに古代魔法に実質、天ぷら号は必要ない。
とても楽しそうに跳ねまわる、2匹を見ていたら――
色鮮やかな雪のような菓子が、程なく完成した。
「くはぁー、アイスクリーム頭痛! 小さい頃わぁ、これ一度もなったことなかったのにぃ――っくぅー!」
「ははは、ちょっと冷てぇ物を食ったくれぇで、情けね――っくぅー!」
「冷たくて、おいしいですね――っくー♪」
「みゃにゃがぁ――っくぅー♪」
「ひひひぃぃぃぃんっ――っくひぃん!?」
などと、そこそこ評判が良かった。
色合いもお味も、さすがは女将さん直伝だったが――
「アナタたち、こんな真夜中に何をしているのですか?」
深夜に騒いでいたら。
寝間着姿の彼女に、見つかった。
「「「リ、リオレイニア!?」――ちゃん!?」――さん!?」
「にゃみゃみゃがぁ――!?」
「ひひひひひぃぃぃぃいん――!?」
つまるところ彼女は、猪蟹屋四号店保護者だった。
「(おい今、やっぱり動体検知でなかったぞ!?)」
このサキラテ一族の、隠形術とやら。
いつか解析しとかねぇと。