43:魔法使いの弟子(破戒僧)、修行生活みっかめ
「シガミーさま、朝食のご用意ができております」
「んぁっ!?」
「おはよウございマす、シガミー」
「(おはようじゃねぇやい! なんで起こさなかった?)」
「(半径150メートルに、リオレイニアと巡回中の衛兵以外の生体反応……気配はありません)」
「(そーいうこっちゃねぇんだが……まあいいや)また、日が昇るまで寝ちまった」
§
姫さんお付きの白いの……リオなんたらが、うちに来るようになって三日がすぎた。
トトトットトトン!
舞う靴音。
ポゥポゥポゥッ!
小さな炎の魔法が三つ。
「のびろ迅雷!」
ヴルルッ――シュッカン!
「――この錫杖は定めて当たる、一撃必中!」
こいつぁ、錫杖を遠閒から投げあてるときの口上だ。
迅雷は棒だが錫杖じゃねえし、投げるわけでもねえ。
けど〝冷てえ生活魔法〟を飛ばすのに、狙いをを定める必要がある。
「つめてぇーたま!」
一の型とおなじように、棒の先端をとおくに置く。
「(シガミーのMPが1減少しました。窒素、酸素、アルゴンの分子速度分布に偏重がみられます)」
迅雷の先をひっこめると、白煙がわきあがる。
冷てえ煙ができた。あとはそれを前に押しだすだけだ。
引いた迅雷の先で、慎重に押しだす――
「ふっ!」
ぽむ♪
かき消える白煙。
冷てぇ煙は、何もねえ……ただの空気ってしろもんだってのはわかった。
じゃあ、その空気をどうやって押すんだ?
「これ、迅雷を使わねえといけねえのか?」
灯りの魔法みてえに、素手でやりゃ簡単じゃねーかとおもうんだが。
「ではやってみてください。ぱちん♪」
ゆっくり近づいてきていた炎の魔法が、ぜんぶ白煙になって消えた。
§
「うぉっりゃぁ~!」
ゴォ――――ピキパキピキン。
「つ、つめてぇ!?」
手にあつまった白煙が、キラキラした粒になって、サラサラとおちていく。
「こんのやろぉう?」
ちからをこめたら――――キュキッ!
雪玉になって――――ごしゃりっ!
地面に落ちた雪玉が割れ、かぜに吹かれてなくなった。
「(シガミーのMPが10減少、窒素、酸素、アルゴンの分子速度分布の偏重がいちじるしく、空気中の水蒸気が凝固しました)」
「(いまはいいが、あとでわかるように説明しろよ)……加減がむずかしくて、雪になっちまうのか……あと、なんか息ぐるしいぞ?」
「はい。ですので冷たい魔法を覚えるまでは、素手で使わないようにしてください。とくに室内では」
§
「おはよう、シガミー……どうしたの?」
これから暑くなる季節に、毛布にくるまってガタガタ震えてりゃ、へんな顔もされらぁな。
「あさの稽古でちょっとな、ふぇっくしょぃ~ちくしょうめーぃ!」
もー、またそんな声だしてっ、おじさんみたい!
いつものように、レイダがなじる。
「……シガミーには、淑女としてのたち振るまいの、お勉強もひつようなようですね」
「そう、そうなの! シガミーはこんっなにカワイイけど、なかみがおじさんなの! ひどいときは、おじいさんかなって思うくらい!」
しゃあめえよ、なかみは正真正銘、孫が居てもおかしくねえくれえの、爺だからな。
「まずは毎朝、髪をとかすことから始めましょうか」
リオなんたらが、まだ開けてねえ荷物の中から鏡を取りだした。
「こりゃあ、りっぱなもんだなぁ。こんなでけえ鏡ぁ、はじめてお目にかかるぜ?」
「(なにより、この町の鏡ぁ、まるでむこうに瓜二つに化けたあやかしが居るみてえにはっきり見えやがるから、いまだになれねえ)」
「(表面がガラス……びーどろでコーティング……膜のように覆われているので、磨くのも汚れたときだけですみます)」
「(そいつぁ、ほんとうにりっぱなもんじゃねぇか……)」
「――たしかにちょっと大きいけど、姿見くらい、どこでもあるでしょ?」
「女将の店とか、宿屋とか、ギルド……レイダん家とか、あと狐耳のところなんかにあるならわかるが、おれんちにあっていいようなもんじゃねぇだろう?」
「こちらは、鍛冶工房長からの引越祝いです。お気がねなく使わせていただいてよろしいのでは?」
「工房長が?」
近よってよくみると、木枠のうらが相当がっちりした鉄で補強されている。
この頑丈さは、確かにあいつらの仕事だ。
「ほんとうに、なかなかいいもんだなあぁ、うむうむ」
つい顔が、ほころぶ。
いやいや、いけねえや。
これじゃまるで、家財道具をもらって大よろびの子供だ――おれぁいま子供だが。
§
「うふふ♪ シガミーさまの髪は、ほんとうにきれいですね」
とかした髪を持ちあげる白いの――「(リオレイニアです、シガミー)」
ほったらかしでボサボサだったおれの髪が、細指のあいだをすべり落ちていく。
色の抜けた見なれない髪色を、はじめて誇らしくかんじた。
「おんにきるぜ、リオレイニア♪」
素直に感謝のことばを言っておく。
すると、白仮面が自分の頬を、両手でおおいかくした。
「…………あのう、レイダさま?」
小屋のすみへ駆けていった白い給仕服が、レイダを手招きする。
「どうしたの、リオレイニアさん?」
おなじく駆けていく子供。
「シガミーさまは見方によってはまるで……まるで精悍で利発な少年のようではありません……か?」
なんて言ってんのかは、よく聞こえねえけど。
こっちを見る仮面のした。
頬は高揚し、口元がほころんでいる。
子供はなにも言わず、おれをふりかえった。
そして白い給仕服と、がっちりと握手を交わした。




