426:【超セール】詠唱魔法具と拠点、うろたえる神々【最安値更新】
「拙僧わあ、妙竹林山朧月寺があ虎鶫衆弐番隊隊長、猪蟹!」
天井にぶら下がる少女が、叫んでいる。
大きさとしては、子供ひとり分。
下から見ると、かなり小さい。
おなじ長さの、白金の棒を手にしている。
「ふぅーふふうふっふふふふ――♪」
その直下に置かれたのは、橙色の革袋。
大きさとしては、大人ひとり分の弁当くらいだろうか。
時折発せられる不気味な声は、ひょっとしたら笑い声なのかも知れない。
ドーム状の空間。
その中央付近で対峙する、少女と革袋。
「なんか、やる気みたいねぇん? あーん……もぐもぐ?」
食卓に寝ころがる、ちいさな根菜のような人形が。
揚げた魚を、食べさせてもらっている。
「そうですね、くすくす?」
人形の口へ、甲斐甲斐しく食事をはこぶ少女。
天井の少女と良く似た風貌が、天井を見あげた。
食卓である長テーブルは、ドーム状の縁に沿うように置かれ――
その手前には、流し台や冷蔵魔法具や竈などが設置されている。
「昼間の測定魔法具の壊れ方からして、魔力勝負でシガミーが負けることは無いと思いますけど……この対魔王結界は大丈夫ですか、王女さま?」
片眼鏡を掛けた女性のカップへ紅茶をそそぐ、仮面の給仕。
ちなみにこのドーム状の空間は、〝かつて存在した魔王という生物〟を封じ込めるために作られた、巨大な魔導人形の腹の中である。
ゴーレムの製作者は、ここ央都ラスクトール自治領次期女王候補であらせられる、第一王女ラプトル・ラスクトール姫だ。
「それに関しましてわぁ、ギ術開発部顧問直々のお墨付きですらぁん♪」
柔らかな猫の顔形。
それをフォークで切りわける王女。
「うむ。少なくともコントゥル辺境伯夫人の、全力の攻撃に耐えうる諸元は有しているニャッ♪」
王女が食しているのとはまた別な色の猫顔の菓子を、紙箱から取りだす猫頭の男性。
「それでしたら、一撃で崩落するようなことは……なさそうですが」
仮面越しに床壁天井を見わたす、給仕服の女性。
「我々としてはむしろ、これの諸元について2,3、確認したいことが有るニ゛ャァ?」
猫頭の男性が、かたわらの女性が手にした紫色の帯を指さす。
「シガミーのと同じリボン!」
「かわいいっ♪」
「素敵な色ららぁん♪」
「見たことのない光沢ですね」
「綺麗だけど……これ縫い目がないですよ?」
子供たちや王女や少女メイドが、群がる。
「先ほどシガミーさんが落とされたのを、すかさず回収しました」
帯を手にした女性が、鼻息を荒くする。
「それねー、たしかぁー……もぐもぐもぐもぐ?」
小さな指を「へちり」と鳴らし、ことん♪
黒い板を取り出す、根菜人形。
ふぉん♪
『無縫のリボン【紫】
防御力30。魔力量10。
シワにならない魔法のリボン』
画面に表示されたのは、縫い目のない帯の――偽の鑑定結果だ。
「イオノファラーさま、コレはどういった物なのですか?」
深い青色のローブに身をつつむ、豊満な体つきの大人の女性。
「えーっとねぇー……あぁーん♪」
会話中におかわりを要求する、この人形の正体は――
美の女神イオノファラーである。
「なんて不思議な構造、くすくす――さすがは神々の叡知の結晶ですわね、くすくす♪」
揚げた魚の大きさは、ちょっと大きめで。
頭とおなじ大きさの揚げ物をぱくぱくと、ひと呑みにしていく人形は――
天井に張りつく少女を店主とした、猪蟹屋という商店の守り神でもある。
商売繁盛のために作られた御神体に、間借りする形で存在しているのが――
この世界の唯一神にして美の女神、イオノファラーだ。
しかし目にもとまらぬ速さで、ご馳走を作り甲斐甲斐しく女神の口へ運ぶこの少女。
彼女もまた、惑星をつかさどる神である。
しかも煩雑な経緯をへて、美の女神よりも上位の神格を有するに至った。
「えっとねー、烏天狗に頼んで作ってもらったのよねぇーん。ほらっ、シガミーは棒と刀ばっかりで、魔法なんてろくに使ったことがないじゃんかぁー?」
話をしながらも、つぎに食すご馳走の品定めに余念はない。
「カラ……テェー?」
子供のひとりが、首を傾げ――
「そうっ、シガミーと同じヒーノモトー生まれの、男の子だよ♪」
別の子供が、自分のことのように自慢する。
「そー。〝伝説の職人〟スキル持ちでさぁー、ときどき装備を作ってもらったりしてるわよぉん♪」
御神体が芋煮料理に狙いをさだめ、てちてちてちりと駈け出した。
芋とおなじ大きさの丸肉を煮た料理。
そんな大皿にたどり着いた御神体は、もはやどっちが料理かわからないほど食卓になじんでいた。
「「「で、伝説の職人スキル!?」」」
狼狽える大人たち。
「あっ、まさか! 突如として城塞都市にあらわれ、世界最高峰の魔法杖をチューンして逃げ……姿を消した天才技師の噂を聞いたニャァ!?」
狼狽える、猫頭。
「世界最高峰をさらにエンチャント? ルードホルドの魔法杖にですか!?」
狼狽える、付き人のような女性。
「コントゥル家家宝にして、人類最大の凶器……ではなくて至宝のっ!?」
狼狽える、ローブ姿の豊満な女性。
「んーぅ? 聞いてみないとわからないけどぉー、たぶん烏天狗のことよねぇ。いまもぉ、ルリーロさま直々にぃー家宝に並ぶ装備一式を発注されてるしねぇー……あぁーん♪」
根菜が、大口を開ける。
「イオノファラーさま! じゃぁ、この綺麗な布は……カラテェー君に、お願いしたら織ってくれるのですか?」
手近に居たメイド服の少女が、芋を根菜の口へ運んでやる。
「ん……もぐもぐ……布ぉ? 装備品としてじゃないならぁ、普通に猪蟹屋でお売りできますけれどぉ? ねぇ……もぐもぎゅ……カヤノヒメちゃん?」
差し出されたフォークから、一口で芋をたいらげる御神体。
「はい。無人工房で縫製するなら、縫い目が出来てしまいますが――くすくす?」
さほど興味も無さそうに答える、星神にして猪蟹屋関係者。
「縫い目があっても、この発色に肌触りでしたら――相当な価格帯になるかと思われますが?」
仮面の女性が割って入り、件のリボンを手に取った。
何を隠そう、彼女も猪蟹屋関係者である。
「価格帯って言われてもねぇ……もぐもぐ……材料わぁ毛皮とか羽根とかが山のようにあまってるし……もぐもぎゅ……迅雷から織布プリセットデータをもらえば、いくらでも作れるわよ?」
とうとう大皿に乗り、じかに芋や肉にかじり付く御神体。
「は? では、お色は? まさかあれですかあれ、なんでしたっけ――そうあのテェーングさまの剣のように、どのようなお色にでも出来るなんてことは?」
仮面の女性が紫色の帯をさすさすしながら、肉じゃがが乗った大皿を見つめる。
余談ではあるが天狗というのは、日の本生まれの修験者にして、烏天狗の師だ。
「たぶん、お花の柄とかもぉー出来るけどぉー? ねぇ迅雷くーん?」
天井を見あげ声を掛ける、煮っ転がし。
迅雷というのは、根菜が転生者猪蟹へ使わした知性有る道具であり、光沢を放つ白金の棒だ。
ふぉふぉん♪
『>ジンライ式多機能織布。
全構造色12000色使用可能。
4平方メートル/3キーヌ』
黒板に表示されたのは、布の価格だった。
※1キーヌは2023年9月現在、日本円換算で1,500円程度。
「さ、3キーヌ!? 宿屋へ一泊する金額で、一人分の服を作ってありあまる程のっ、このすべらかで、きらびやかな布がぁ――――!?」
興奮気味の仮面の女性が、エプロンから一枚のカードを取りだした。
そのカードには彼女の姿が、印刷されている。
それをへし折ろうとして、思いとどまった彼女は――
「ヴィヴィー、私には必要なくなりました。差しあげます♪」
子供のひとりを呼びつけ、それを手渡した。
「カヤノヒメちゃん、ひょっとしてあたくしさま……何かやっちゃいましたぁー?」
「現時点において魔導工学的な織機は存在していますし、そこまでではないと思われますが?」
神々は人知れず、狼狽えるのであった。