425:詠唱魔法具と拠点、七転八倒根術
「七天抜刀根術――」
七天抜刀根術はその名の通り、七つの型がある。
一の型は基本の技。正確な打突、必中の心構えを体現する。
二の型は尖端の技。遠方への打突、一点集中の穿ちを体現する。
三の型は連撃の技。根の両端による打突、最大百八の不意打ちを体現する。
四の型は無相の技。打突によらない打突、根を体現しない。
五の型は捌合の技。後の先による打突、体捌きによる攻防一体を体現する。
六の型は天昇の技。持ち手の妙による打突、軽業による跳躍を体現する。
七の型は奈落の技。直下へのあらん限りの打突、地割れによる自滅を体現する。
「四の構え、なんか出ろやぁ――。」
悔しまぎれに放つ――でたらめの技。
前世じゃ、型にはまらねぇ四の型を挟んで、何度も命運を拾ってきた。
おぞぞぞぞっ、うぞるぞぞぞぞぉ――にぃたぁりぃぃぃっ♪
こう、人じゃねぇ物にまとわり付かれたままじゃぁ――
とても意表を突くことなんざ、出来るわけがねぇ!
とたたたとたたたとたたたたっ――♪
とたたたとたたたとたたたたっ――♪
とたたたとたたたとたたたたっ――♪
何匹もの獣の足音が、近づいてくる!
意表を突かれてるのは、こっちだぜぇぇぇぇぇっ!?
迅雷迅雷、ひょえひょわぁぁーっ!
ふぉん♪
『ヒント>無相/型にはまらぬこと。』
ふぉふぉん♪
『解析指南>脈拍に不整が見られます。現状を回避してください』
「(シガミー、我々にハ敵性ノ痕跡ヲ、捕らえらレません)」
その場で回転してみるも、うぞぞぉ、わぞぞざぁ――にたにたぁり。
振り払えねぇ!
錫杖がわりの相棒を、力一杯――ガカンッ!
地に叩きつける。
突き立つ、独古杵。
持つ手を放し――と、とん♪
靴足で棒を、駆け上がる。
このたった二歩が、おれの体を――
お山の襤褸寺の二階へ、持ち上げたもんだ。
壱番隊の隊長に、絡まれそうなとき。
階段を使うのが、おっくうなとき。
六の型はいつでも、役立った。
飛ぶ瞬間、体の上下を入れ替え――
地に刺さる錫杖の鉄輪をつかむのが――
すこし難しい技だったが。
つるんっ――しくじった。
おれの今の体は、体現する能力が異様に高ぇことを忘れてた。
上下を入れ替えたときにはもう、体は伸び上がっている。
倒の地面が、一瞬で遠ざかっていく。
地に残された独古杵(1シガミーの長さ)から――カシャララッ!
生えた黒い細腕が、おれの手首に巻きつく!
地を離れる勢いは、止まらない。
おれを見あげる、大人と子供たち。
お前ら今まで、どこに居やがった?
また酒盛りを始めてやがるしよぉ!
呑気なもんだぜおい、助けろやぁぁぁぁぁっ――――!?
おれはどこまでも落ちていく。
ひたひたひたひたたっ――薄衣の足音が遠ざかる。
怖気が抜けた!
「迅雷! この状態を覚えとけ、いまおれぁ――化生どもに纏わり付かれてねぇ!」
ふぉん♪
『解析指南>ステータス状態回復。視線入力によるロックオン状態の強化学習が可能です』
わからん!
ふぉふぉふぉん♪
『>ガイダンスシーケンス>ロックオンして下さい』
わからん!
ふぉふぉん♪
『ヒント>見えない物を斬り、斬れない物を見て下さい』
「(その禅問答わぁ、レイド村でやった奴かっ!?)」
ふぉん♪
『シガミー>色、すなわち空なり。』
見えねぇ物を見るなら、流れる風を見るしかねぇ。
ふぉふぉん♪
『ガイダンスシーケンス>視線入力による多重ロックオンが可能です』
わからんが!
スッタァァァン!
倒の天井を踏みしめた!
とおくなった地面を、見あげる。
また、テーブルと大人と子供たちが居なくなった。
五百乃大角は居るのか?
ふぉん♪
『イオノ>アンタの作った詠唱魔法具、すごく評判良いわよ♪』
そうかい。
茅の姫はいるのか?
ふぉん♪
『ホシガミー>揚げ物を作ろうかと思うのですが、
お魚と鳥ならどちらがお好みですか、くすくす?』
そして、おまえらには――
薄衣も四つ足も鱗も羽も牙も見えねぇと?
「(そうわね?)」
「(見えマせん)」
「(シガミーさんの恐怖記憶の文脈において、相似形を検出。視覚化は可能ですが、実時間との同期は困難です)」
お、「なんか居る」って証拠が出たかぁ?
ふぉふぉん♪
『ホシガミー>はい。それで、お魚と鳥のどちらにしましょうか?』
ふぉん♪
『シガミー>じゃあ、さっき食い損ねた魚だ!』
まったく、頼みの綱の神々どもが、まるで使えやしねぇ。
あと数秒で、六の型の勢いがなくなり、倒に落ちる。
おれの重心移動と、靴底に塗布した――
量子記述的摩擦係数改竄で、一生張りついてもいられるが。
じろり。地面を見あげる。
ひたひたと舞う、薄衣。
『◇』――影の中に現れる、ひし形。
とたたたと走る、四つ足。
『◇』――二つ目のひし形が、その後を追いかける。
ごぼごぼと潜り、ぱしゃりと飛び跳ねる魚鱗。
『◇』――三つ目のひし形が、うねりに流されていく。
ばさばさと羽ばたき、鳴る嘴。
『◇』――四つ目のひし形が、啄まれる。
ごぉぉぉぉおと殺意を放つ、唸り声。
『◇』――巨躯の赤眼に、五つ目のひし形が張りついた。
奴らの、ジリジリとした足音。
奴らの息づかい、上下する肩。
奴らを避けていく風。
奴らの――ひいてはおれの心のあり方を。
おれの中の敵の気配を、感じ取れ。
奴らを見るな。流れる風で、奴らを捕えろ!
『◇』『◇』『◇』――――影から離れていく、ひし形。
『<<◇>>』――――ソレは一カ所に集まり。
『□』――――四角になった。
ふぉふぉぉぉぉん♪
『>多重ロックオン完了。いつでも攻撃できます。
>滅モード:ON』
ビキピピピッピィィィィイィッ――――♪
けたたましい鳥の鳴き声が、止まらなくなった。
おれは今、轟雷を着ちゃいねぇが――なるほどだぜ。
神速のニゲルを捕らえた仕組みを、ちゃんと使えるらしい。
あの虚ろな奴らの正体に――心当たりが出来た。
なんで対魔王結界へ連れて来られたのか、ようやく合点がいった。
「倒して見せろ」というのなら――
「相手にとって不足はねぇ! リオレイニア・サキラテ!」
あの虚ろな全部が、美の権化にして生活魔法の大天才――
リオレイニアを表していた。
§
「……シガミーは、大丈夫なのですか?」
突然、天井に飛びつく少女の――
どこをどう見ても、大丈夫ではない。
仮面の下の顔が、そう言っている。
「きっと大丈夫ですよ。ただ折角のお料理を台無しにされては大変ですので、さあみなさん、避難しましょう」
学院長の号令で、大人たちはテーブルを――
ガタゴトと動かし始めた。