418:初等魔導学院、詠唱魔法具と拠点その1
「なにごとです――ね、猫の魔物!?」
ややこしいドアが開いて、学院長が現れた。
「あらぁん!? ケットーシィーららぁん!?」
なんでか、某第一王女を引きつれて。
§
「くそう、三日も外出を禁じられるとは――」
頭をガリガリ掻いてたら、手をひっぱたかれた。
「シガミー、そんな風にしたら髪が傷みますよ」
手をつかんで、膝の上に戻される。
「こんな程度で話が済んだのは、王女さまが取りなしてくれたからですよ?」
その仮面で、睨むな睨むな。
ここに来てから、やらかし続きなのわぁ――
「お前さんも一緒だろーがぁ」などとは、言えない。
「わ、わかってる。王女殿下には感謝してるぜ」
「へへ」と愛想わらいをする始末だ。
楚々とした風情で佇んでるが、この給仕服がひとたびひるがえれば――
伝説の火龍を降し。
この所支出の多かった辺境伯領の財政を、たちどころに再編し。
彼の悪名高き辺境伯令嬢さえ、手綱の一振りで御すのだ。
そんな有能な彼女が、パーティーメンバーに居てくれるのは――
とてもありがたいことではある。
「そうだねー、シガミーはもう! しょうがないなぁー♪」
邪魔だぜ、抱きつくな抱きつくな。
ここに来てから、ずっと楽しそうで良いなぁ、レイダわぁ。
「ねぇ、レイダちゃんは、どの寮にするの?」
リオの縁者、えっと――
ふぉん♪
『人物DB>ヴィヴィエラ・R・サキラテ
初等魔導学院一年生』
そうだぜ、ビビビーだったぜ。
「まだ決めてないんだよねー、タターさんわぁ?」
おれにひっついたまま、ぐりんと頭を回す。
「私は、皆さんと一緒なら、どこでも構いません」
タターは、特待生制度と従者教育制度と――
博打好きの王子のゴリ押し……好意で、学院に来ることになった。
王女のお世話が長続きした、忍耐力なども考慮されてのことだ。
こんこん♪
「失礼いたします、お嬢さまがた。ご入浴の準備が整いました」
ここはサキラテ家の央都別邸。
ドアは開かず、女性の声が聞こえてきた。
いろいろあって当初、宿泊予定だった魔導騎士団の宿泊施設から、こっちへ移った。
王女が顔を見せたことで賓客扱いされそうになったが、リオレイニアが間を取ってくれた形だ。
「「はぁーい」」
リオレイニアと、ヴィヴィーが同時に答えた。
この別邸付きの従者からすれば、どちらも主人には違いない。
別邸も、ひとつやふたつじゃきかないくらい有るらしいし。
タターはともかく、お前さんは……その給仕服を脱いだ方が良いんじゃぁねぇか?
考えてみたら、ずっと給仕服を着たきりだし。
もちろん同じのを着続けてるわけじゃなくて、同じ形のが何十着も箪笥に入ってる訳だが。
「寮住まいってのわぁ、しねぇといけねぇのかぁ?」
別に困ることはないが、いろいろと物を作ったり――
あと、五百乃大角の飯を作ったりするのには――
やっぱり、板場と竈が使える場所が、欲しいんだよなぁ。
「決まってるわけじゃないけど寮住まいなら、お金は掛からないしぃ……朝夕は食堂で、ご飯が食べられるみたいよ?」
ぺらぺらり。
なんかの手引き書みたいな物を、めくるビビビー。
「うーん。聞いた感じじゃ、自分じゃ飯を作れそうにねぇなぁ?」
まいったぜ。
「そっれっわぁ、困るっわねぇーん♪」
素っ頓狂な声が、大きな寝室のような部屋に響きわたる。
バサパタタタバサドサカシャラララ――――ッ!
積みあがる板状のなにか。
ぽこ――こぉん♪
かるい処理落ち。
その天辺に、てちりと降りたつ五百乃大角。
板状の物が積みあがった、すぐそばに――
ドサドサドサドサ、ゴドン!
書類の束。そして今日、おれが壊した――
測定魔法具に似た箱が、置かれた。
ありゃ何だぜ、迅雷?
「(イオノファラーからは、何もきいていません)」
まったく今度は、何を始める気だぁ?
「何よシガミー、その顔わぁ?」
よっぽど渋い顔をしてるだろうぜ。
おれは立ちあがり、五百乃大角から離れる。
「まったくよぅ。カブキーフェスタからずっと働きづめ、戦いづめで、おれぁ疲れたぜ――ふにゃぁ♪」
やたらとふっかふかで、でかいベッドに、うずくまる。
「(迅雷ィ、いまやらなきゃいけねぇことを、全部だせやぁ――)」
「(働きづめで、嫌気が差しているのでは?)」
そうも言ってられねぇだろうが。
ふぉふぉん♪
『>では、比較的優先度の高い物から、TODOリストを作成します』
おう。わからんが、やってくれ。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『1:リオレイニア/金策:修理代A』
『2:シガミー/会談:ギ術開発部への事象聴取』
『3:シガミー/解析:シガミーの魔力について』
『4:シガミー/解析:作成した魔力増強鉢巻きについて』
『5:シガミー/解析:学院長室の転移魔法について』
『6:シガミー/解析:マナキャンセラー発動中の自爆現象について』
閉じたまぶたの裏に、文字があふれた。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『7:リオレイニア/金策:修理代B』
『8:シガミー/会談:出張所職員へのお見舞い』
『9:シガミー/経営:猪蟹屋経営会議の今後について』
『10:シガミー/会談:学院長とのリオレイニアに関する取り決めについて』
『11:リオレイニア/解析:魔術的な高揚感について』
『12:イオノファラー/質疑:プロマイドカードについて』
止め処のない羅列は、1ページに6項目ずつ。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉん♪
『13:シガミー/解析:測定魔法具の作成について』
『14:リオレイニア/調査:魔神の再来についての事実確認』
『15:シガミー/イオノファラー/ジンライ/調査:狐耳族の頒布と万一の場合の撤退方法』
『16:イオノファラー/調査:マジックシールドの収得について』
『17:――――』
「(おいやめろ!)」
おいやめろ!
「(優先順表示を停止しました。以降も、ご覧になりますか?)」
ひとまず止めろ。
ここまでの16件分に、いまから取りかかれば、当座はなんとかなるか?
「(はい。学業以外の事柄に関しては、滞らないかと)」
むくり――寝床から顔を上げる。
「こぉらぁー!(ふざけるんじゃないわよー。あたくしさまへの供物が、書いてないじゃぁないのよさっ!)」
くるるるっ――スパコーン♪
迅雷を棒のように操って打ち上げられた根菜が、こっちに向かってすっ飛んできた。
「あぶねぇなっ!」
根菜をすんでの所で、ぱしりとひっつかむ。
「さっきしこたま、食ってたじゃねーか!?」
根菜を見ると、上下逆さまだった。
「ふざけるんじゃないわよー。アレは早めのディナーでしょ! 遅めのディナーにお夜食。目覚めのスイーツも、おわすれなくぅー♪」
よだれを垂らすんじゃねぇやい!
「こ、これは確かに……大きな厨房が、必要になりますね」
リオレイニアの頬が、引きつった。