412:初等魔導学院、学院長室とクエストの依頼
「イオノファラーさま。あらためまして、ご挨拶を。私は当校の学院長をしております、ロサロナ・ローハイネンと申します。以後、お見知りおきを」
魔法杖を小脇にかかえ、下を向く。
今まで見たことはないが、神に対する敬意をあらわした挨拶なのだろう。
おい、迅雷クン。
「(何でしょう、シガミー?)」
次から次へと名のられても、覚えちゃいられねぇ。
ふぉん♪
『>惑星ヒースで出会った人物をデータベース化、
いつでも確認できるようにしました』
「はあぁぁぁぁーいぃー♪ アナタの世界のよりどころっ、美の女神やってまぁすぅー。イオノファラーちゃんでぇーすぅ♡」
イオノファラーは、いつもと変わらねぇ。
星神の軍門に降ったって割には、ピンピンしてやがる。
独古杵の上で踏んぞりかえる、美の女神御神体。
それほど大きくない魔法杖を、懐にしまい――
こんどは例の、イオノフ教信者がする仕草――
〝組んだ手を鼻に押しあて跪く〟をする、学院長。
おれたちをどうこうしようってつもりは、ねぇみてぇだな。
「(ひとまずは、向こうの出方をみましょう)」
見わたせばここは、さっきの教室と比べたら随分と、こぢんまりとした部屋だった。
ふと上を見たら――
「ここは――どこでぇい!?」
魔導書と魔法具の押しこまれた棚が――
どこまでも続いてやがる。
ふぉふぉん♪
『>女神像ネットワークのと接続が切断されました』
画面の端を赤文字が流れていく。
窓の外には雲が流れている。
「おい、明らかに学院の建物の中じゃねぇだろ!」
「(はい。内部構造や外の風景から、学院内に該当する領域が無いことを確認しました)」
ゴォォォォォォォォォッォォ――――ン♪
「ふふ、そう慌てずとも、この部屋は無限ではありません。あなた方の収納魔法とは比べるまでもない、小さな執務室です」
こじんまりとした応接セットへ手のひらを向ける、学院長ロサロナ女史。
「ふぅーん? あたくしさまわぁ、お紅茶にわぁ――お菓子をご所望いたしますのよぉん、いつもぉわぁ――♪」
ばかやろう、おやつの催促なんぞしてる場合か!
ゴゴォォォォォォォォォッォォ――――ン♪
果てがなくみえる、部屋の高さを――
そして窓の外を飛ぶ、巨大な影をよぉ――
目ん玉かっぽじって、よぉーっく見やがれっ!
渡り鳥が、黒くてでけぇ鳥……じゃねぇな?
ありゃ、ひょっとしたら鯨ってやつじゃねぇのか!?
とんでもなくでけぇ生き物が、空を漂ってやがる!
ふぉふぉん♪
『>15秒で轟雷を展開可能です』
おれは腕輪に手をのば――
「イオノファラーさまは、伝承のとおりなのですね」
伝承だとぉ……大食らいのか?
「えーっ、そーおぉ? あ、お砂糖はいりませんよぉ(キッパリ)♪」
豪奢な長机に転がる根菜へ――
茶を出してくれる、学院長。
ふぉん♪
『人物DB>ロサロナ・ローハイネン
初等魔導学院学院長』
「(迅雷クン)」
「(何でしょうシガミー?)」
「(轟雷はなしだ。代わりに、ガムラン饅頭出せ!)」
ヴヴル――ッ♪
ことごととん。積みあがる紙箱。
「ウチのご祭神は躾がなってなくて、すまねぇ。こいつぁー、猪蟹屋
で出してる〝饅頭〟って茶菓子だ。遠慮なく食ってくれっ!」
茶をすする五百乃大角を、横に退かしつつ――
紙箱をそっと、差しだした。
§
「ふぅぅん……もぐもぎゅ。床下に|マンドラゴーラが生えてぇー、その声に毎年悩まされてぇるもぎゅもっぎゅ?」
さっきおれが張り替えた床材は、ソレを打ち消せる性能を秘めていたらしい。
「おなじ場所で何度も魔法を使えば、やがて竜穴が生じ、特定の魔物を発生させます――あら、とっても甘いのに、やさしい口当たり♪」
よーするに雷多発地帯のガムラン町で、あのうるせぇ大根が取れるのと同じ話だろ。
あと饅頭は好評だった。
「なるほどな、話はわかったぜ」
「(はい。レイド村に変異種が出たのも、巨大な茸が出たのも、龍脈の乱れが原因でした)」
もともとレイド村が巨大茸と化け大根に襲われたってのを聞いて、それに耐えられるよう開発した建材だからな。
「引き受けて頂けるのでしたら、例の請求書を相殺した上で――」
スッと差し出されたのは――
『<クエスト依頼書>
ガムラン町東大通り 猪蟹屋御中
/初等魔術学院資材管理部
ラスクトール自治領王立魔導騎士団魔術研究所
以下のとおり、学院屋舎改装業務を依頼いたします。
場所 ラスクトール自治領王立魔導騎士団、
魔術研究所敷地内、初等魔術学院全屋舎
業務内容 学院屋舎の全床材と全天井建材の、
対魔物建材への改装業務
期間 光陣歴131年△月から翌年○月まで
代金 1,400,000パケタ 以上
支払い 光陣歴132年○月末日』
とんでもない金額の、クエスト依頼書だった。
「けど、その相殺分よぅ……リオレイニアは死んでも受け取らねぇぞ?」
「はい。彼女が在籍中にも似たようなことがあり、その時もリカルルさんからの金銭的な助けを断りました」
リオはまるで、変わってねぇんだな。
「ふふふぅーん……もぐもぎゅ? なるほど……もぎゅもぎゅ♪」
ばかやろう! お前さまが全部平らげるんじゃねぇよ。
迅雷が追加の饅頭を――ことごととん。
「じゃぁ、どうするつもりなんでぇい?」
「それについては私に考えがありますので、お任せいただけませんか?」
この魔術研究所てのは、ミャッドが居る所だろう?
そこまで悪いことには……ならねぇと思う。
「ふふふぅーん? 良いんじゃぁなぁいのぉー? ……もぎゅもぎゅ♪」
だから、どこの世界に客に出した茶菓子を、横取りする御神体が居るってんだ。
迅雷ィ、もう神さん仕舞っとけやぁ――すぽん♪