409:初等魔導学院、先達と占奪と二枚目
「はーい、注ー目ー。み、みなさんはたくさんの魔法杖を、あ、操ったりしてはーいけませーん。いーいーでーすーかー?」
ぜーはーぜーはー!
両の手に一本ずつ、無骨で大きな魔法杖を持ち――
肩で息をする指南役。
「「「「「「「「「「「「「「ははーい!」」」」」」」」」」」」」」
おー、さっきまでざわついてた童共が、随分と素直に返事をしやがったぞ。
たしかに、あの生活魔法お化けを降す実力があるなら、尊敬するのもやぶさかじゃねぇ。
指南役としちゃ申し分ない。
けど、ボサボサの髪や外套のあちこちが、チリチリに焦がされてる。
魔法杖の本数を合わさねぇと、分が悪そうだぜ?
「(シガミー、リオレイニアを助けなくても良いのですか?)」
んー、下手なことすると、とばっちりを食らいそうだし――
ひとまずは、様子見だなー。
かくいうおれの金糸のような髪も――
横っ面をチリチリにされてる。
「くっ、大型の魔法杖を、二本も使うなんて――」
壇上で無数の木の枝に、からめ取られる給仕服姿。
「いいや三本だ、リオレイニア君。杖よ――!」
片手を放し、杖を落とす――ぐわらぁん!
飛来した三本目を、空いた手で――がしりっ!
「(おい、迅雷。あの指南役……)」
「(はい、単独でリオレイニアを制するとは……優秀かつ興味深い人物のようです!)」
やや興奮気味の相棒。
指南役は壇上に落ちた杖を、踏みつけるようにして――
草履を脱いだ片足で、ひっつかんでいた!
〝拘束する木の枝〟と、それを〝妨害する生活魔法たち〟。
その均衡が崩れた。
「――くっ、うくくっふっ!」
見習い教師のたおやかな指先から、魔法杖がばらばらと落ちた。
「ふ、ふふふ?」
不敵に笑う男性教師。
その姿は実に滑稽で――
「「「「「「「「「「「「「「ぷふふふ、うふふふっ♪」」」」」」」」」」」」」」
部屋……教室中が、笑いで満ちていく。
片足を持ちあげ三本の魔法杖を、ちゃんと使ってやがる。
いいな三本目。おれも小太刀でやってみるかぁ?
「ぷっ、くふふふふふっ♪ くすくすくすっ、あははははっ――ひっ、ひひひひっ卑怯なっ♪」
木の枝で拘束されてるから、体こそ折れ曲がってないが――
あんな〝面白い者〟を見せられたら――
わらい上戸な彼女に、あらがう術はない。
「卑怯ではないだろう? 熟達した冒険者の中には、初等教育用の携帯用魔法杖二本で、魔物の軍勢を一蹴する――鬼族みたいなヤツも居る」
それを両手分、しかも箸のように使われたら――たまらねぇやな。
「っはははっは、あははっはっ、だっだだだれが鬼族ですって? レディーに対して失礼でわ、先生?」
ほころぶ口元。仮面の下の目は、たぶんもう笑ってねぇ。
おれはガムランに居る名物受付嬢の、〝理性的で義理堅く、いつもギルド支部を壊している方〟を思い浮かべた。
そういや鬼娘、魔法杖もなしに爪とか掌とか小刀で、魔術を使ってたな。
「杖よ――――――――!」
まだやるつもりなのか?
どうも、彼女の様子がおかしい。
古巣で懐かしさのあまりに、浮かれてるのかと思ってたが――
聞き分けないおれたちを窘めるためだけに、一階玄関の魔法具を壊すほど大きな〝かみなりまほう〟をくりだしたり。
いまこうして先達の指南役と、ここまでやりあう謂れが――
どこにあるのか、さっぱりわからん。
童共は演舞か余興とでも思ったのか、食い入るように見ているが。
「レーニアおばさんっ!」
振りかえると、部屋の中央。
となりにレイダをたずさえた、リオレイニアの縁者。
ヴィヴィーとかいう童……子供が――
自分のローブから逃げ出そうとする、小さな魔法杖を必死につかんでいた。
ヴォォン♪
かすかな唸り。
おれの懐から、ついさっき貰った〝初等教育用の携帯用魔法杖〟が飛び出した!
子供たちの手を離れた魔法杖(小)が矢のように、立木と化した見習い教師リオレイニアへ向かって飛んで行く。
ここにある魔法杖を、全部奪うつもりか!?
「おいレーニア、やり過ぎだぜっ!」
声を張る!
集中する32の視線。
「はっ――!? あら、本当ですね。私としたことが――魔術戦も久しぶりで、ついつい熱が入ってしまいました――――ひのたま♪」
ヴォン♪
彼女の足下に浮かぶ4本。
ヴウォン♪
子供たちから奪った5,6本。
合計10本あまりの魔法杖(小)から放たれる――
ちいさな火球。
ぼぼぼぼぼごお、ごごごぉぉわぁ――♪
火球は壇上に生えていた、木々を燃やし――
見習い教師の体を解放した。
ばしゃばしゃばしゃ――みずのたまが現れ。
灰となった木々を押し流し――一瞬で乾燥させた。
ゴドン――ガチャガチャガチャガチャチャチャチャチャッ♪
壇上奥、黒板のとなり。
ちいさめの扉が、その形や大きさを――めまぐるしく変えていく。
それはまるで、収納魔法の中で荷物検索をしているときの画面のようだったが――
あの扉はカナル型耳栓から放たれる、赤光の画面にあるのではない。
やがて扉が開き――こつこつこつん。
姿を現したのは、学院長先生だった。
「リオレイニア研修生?」
そうリオを呼ぶ手には、二枚の書状。
同じような書式のソレには、見覚えがあった。
迅雷ぃー。
ふぉふぉん♪
『<請求書>大教室修繕費
リオレイニア・サキラテ様
請求金額 128パケタ
支払期日 光陣暦131年△月◎日
中央都市ラスクトール自治領王立初等魔導学院学院長』
画面の中。大写しにされたソレは、二枚目の請求書だった。
よく見れば、壇上や階段のあちこちに、焦げ跡や凹みが出来ている。
「きゃーーーーっ!」
絹を裂くような、見習い教師の悲鳴。
ふぅ、仕方ねぇなぁ。
ほんと、何してやがるんだリオレイニアは。
ヴッ――ぱしん♪
おれは小太刀を取りだした。
「(シガミー、魔術師たちのコミュニティーは冒険者ギルドに匹敵する規模で存在しています。その根幹を成す教育制度の管理者を襲撃した場合、今後、猪蟹屋がこうむる経済的損失は――)」
「(ばかやろう、ちげぇ! 小太刀は定規がわりだ!)」
まずは、スグ隣の通路を――格納♪
同種の材質で、ヴッ――展開!
焦げも凹みもなくなった。
ちかくの子供たちから、歓声があがる。
ガムラン町で大工仕事をしてると、レイダもいつも見に来てたからな。
子供はクラフト系スキルを見るのが、好きみたいだぜ。
すこし合わせ目が出来ちまったから、当て木のつもりだった小太刀で――シュカン!
木くずをすぽん――チャキン♪
納刀まで一秒もかかってねぇから――ほぼあるく速さで直していける。
全部で六本有る階段を、2分程度で修繕した。
がやがやがやがややや。
「す、すごい♪」「こんな修繕スキルは、みたことがないわ」
「へへーん、シガミーわねぇ、ガムラン町のギルド支部をひとりで建てたり、温泉を掘り当てて温泉街を建てたり――ペラペラペラララッ♪」
おい、レイダ。
その辺は、カラテェーとおにぎりの仕事も混じってただろうが。
色々バレちまうから、あまりくわしく言うなってんだぜ。
「(迅雷、いますぐレイダに、うまいこと説明してこい)」
「(了解しました)」
ヴォォオォン――♪
フワフワと飛んで行く独古杵。
「なにあれ?」「魔法杖?」「綺麗ね?」
「ふふふ、アレわねぇー、イオノファラーさまの眷属――ペラペラペラララッ♪」
あーあー、その名を出すなってんだ。縁起でもねぇ。
魔法の道場が、食堂か酒場になりかねねぇだろうが。