408:初等魔導学院、特待生制度と飛び級制度と見習い先生
「はいはい、席についてくださーい。今日は、あたらしいお友達を紹介しまーす」
青年を少し過ぎたくらいの年齢。
やけに線が細い指南役が、そんな宣言をした。
「では自己紹介をどーぞ。できるかな?」
指南役が、物怖じする彼女に笑いかける。
「は、はい。わ、私は〝タター〟です。ただのタターです。生活魔法なら一通り使えます。よろしくおねがいします!」
壇上へ上がった、給仕服に外套姿。
背中に、やけに折れ曲がった魔法杖を背負う少女が――
顔を真っ赤にして、声を張りあげた。
「タターさんはガムラン辺境伯領ではたらきながら、なんとラプトル第一王女殿下のお仕事も手伝う才女でありまーす」
レイダくらいの歳の童相手に、まるで大人相手の言葉で話す指南役。
レイダの父上と、同じくらいの歳と背格好か。
がやがやがやがやや。
ざわつく大きな部屋。
壇上を取り囲むように、段になった長机。
そこへ腰掛けているのは、門下生である子供たちだ。
がやがやがやがやや。
タターさんだっ♪
「みなさんお静かに、では拍手ー」
わー。タターさぁん♪
レイダの声が、よく聞こえた。
「それでは次ー。自己紹介できるかな?」
はかやろーう。おれぁ前世で僧侶を生業にしてた男だぜ。
説法まがいの小商いで、いつも道端に人を集めたもんだ――
っ――童どもめ、一斉に見るんじゃねぇやい!
「お、おれぁ――!?」
ここしばらく、ニゲル語もしゃらあしゃらしたのも、やってなかったから――{>Logon__rpon__Connect>対話型セッション開始 ⚡ 龍脈言語server01.net}
おれはクルリと、身をひるがえす。
「私は、カヤノヒメ……では無く、こほん――」
おれは咳払いをし、背筋をのばした。
「私はガムラン辺境伯領にて商店を営む、シガミーともうしますわ。若輩者ではございますが、みなさまどうぞよしなに、くすくす♪」
くそう、なるほどだぜ!
頬に片手を当てて、そういう風に言やぁ良かったのか。
ココに居る童共は、ほとんどが大名……お貴族さまだ。
読み書きや礼儀作法は、すでに仕込まれてるらしい。
「はーい、彼女はみんなより二歳ほど年下ですが、なんと先日のマナキャンセラー緊急作動中に、炎魔法を発現させた天才でーす」
指南役の細い男の背中には魔法杖が、三本くらい背負われていて――
がらんがららんと、うるさかった。
がやがやがやががややや?
「はーい、静かに。拍手ー」
わー。「「シガミー」」
レイダとヴィヴィーの声が、よく聞こえる。
くるりと身をひるがえすと、{Disconnect>対話型セッション終了}
おれは体の自由を、取りもどした。
魔法道場の長である学院長に、にじり寄られてから一週間。
おれは……おれたちは、まだ央都に居た。
新米メイド・タターまで、大荷物を背負ってやってくるし――
まったく、なんでこんなことに。
続いて壇上に上がったのは――
「みなさま、ごきげんよう。〝リオレイニア・サキラテ〟です。今日から、いっしょに勉強させて頂くことになりました。よろしくおねがいいたしますね♪」
鳥の仮面も、腰を落とし片足を引く所作も――
いつもの佇まい。
し――ぃん。
「あ、あのあの、先生?」
リオレイニアから目をはなぜなくなった、指南役へ――
タターが声を掛けた。
「――あ、相変わらず、うつくしいな。だれだ、〝魔人の再来〟だなんて言ったのは――まるで〝美の女神〟じゃないか」
あんな根菜とリオを、一緒にするんじゃねぇやい。
とち狂う指南役に――
「やい、指南役?」
こんどはおれが、声を掛けた。
「失礼。彼女は当学院を卒業したのち、かの高名な〝聖剣切りの閃光〟へ所属。とうとう魔王を殲滅せしめた凄腕の冒険者です。みんなとは七歳ほど年が離れていますが、仲良くしてあげてくださーい」
こいつ妙に、滑舌が良いな。
「ちょっと、ヤーベルト先生? 年齢は関係ないんじゃ、有りませんくわっ?」
ローブから覗く給仕服。
その前掛けから、取り出されたのは――
四本の、小さな魔法杖。
「杖よ――!」
ぼっごぅわっ――♪
しゅわわわわぁっ――♪
ごどごどごどごどぉっ――♪
ヴァチィばりばりばりばりぃぃぃっ――♪
炎の……いや「ひのたま」か?
それと「みずのたま」に――
「こいしのまほう」に――
伝家の宝刀、「かみなりまほう」だ。
左右の手で二本ずつ。まるで箸を使うように、何もない空中をつかみ――
引っ張って、放す――――すぽん、すぽん、ヒュルルル♪
ゆらゆらと飛んで行く、各種の魔法。
「リ、リオレイニア君――――何だいコレ!? ゆーっくり追っかけてくる魔術なんて、教師生活20年目だけど、き、聞いたことないんだがぁぁぁぁッ!?」
やたらと線の細い指南役が――階段になってる部屋の通路を、縦横無尽に逃げまわる。
続いてリオが、ポケットから取り出したのは――
『見習い』と書かれた腕章。
颯爽と腕に付け、壇上中央へ。
おれとタターは、顔を見合わせ――
手前の空いた席に、ならんで腰掛けた。
「私は、かねてより思っていました。魔術師はかくあるべきであると――」
「リ、リオレイニアくぅーん!?」
逃げまどう線の細い教師。
追いかける多種多様な、生活魔法たち。
「はい、そこのあなた。お名前は?」
箸は教師へ狙いを定めたまま、おれを見つめる仮面。
「はぁ、おれだぜ。シガミーだぜ?」
おれは目をすがめて、見つめ返す。
「ふぅ、お話になりませんね。良いですかみなさん。魔術詠唱とは
すなわち、礼節そのものです」
鳥の仮面のしたの顔。冷たくほほえむ口元。
キュ――!
何かを箸でつまみ上げ――すぽん♪
こっちへ向かって、ぱっと放す。
あの箸使いは、おれが教えてやったもんだ。
まさか、こんな小技に使うためだとは、思いもよらなかったが。
「会話のマナーがなっていませんね、シガミーさん? 〝おれ〟ではなく、〝わたくし〟です――さんはい♪」
「はぁ、なんだぜ? わたくしわぁ、シガミーだぜ?」
となりでタターが、首をよこに振ってる。
キュ――、キュキュキュキュ――!
何かを何度も箸でつまみ上げ――すぽん、すぽん、すぽん♪
こっちへ向かって、何度も解き放った。
「(おい、茅の姫。なんかリオレイニアがマジなんだが、また代わってくれ)」
ふぉふぉん♪
『ホシガミー>現在接客中につき、リモートコントロールに出られません』
ぼっごぅわっ――♪
しゅわわわわぁっ――♪
ごどごどごどごどぉっ――♪
ヴァチィばりばりばりばりぃぃぃっ――♪
束をなす生活魔法が、おれめがけて舵を切った。