407:初等魔導学院、リオレイニアと学院長
『<請求書>詠唱暗室装置修繕費
リオレイニア・サキラテ様
請求金額 41,628パケタ
支払期日 光陣暦131年△月○日
中央都市ラスクトール自治領王立初等魔導学院学院長』
口の端をゆがめたリオレイニアが、そんな紙ぺらを差し出した。
どうやら顔見知りらしい学園長直々に、小言を言われ――
この請求書を手渡されたらしい。
「こりゃ結構な額だが――今までの蓄えが有るだろ?」
尋ねると身をすくませる、給仕姿のパーティーメンバー。
こんなバツの悪そうな仕草、はじめて見たぞ。
美の女神(笑)や辺境令嬢なら、慣れっこだが。
浪費を良しとしない彼女が、いきなり全財産を使い込むはずがない。
そもそも、こんな不測の事態に陥ること自体おかしい。
なんか面白い物を見てしまって小一時間、腹を抱えて息も絶え絶えなんてことは、ときどきあったけど。
「レイド村でシガミーに賭けて……ぜーんぶ、スっちゃったんだよ……ぅんむぐむぅ?」
「レ、レイダッ――!?」
子供の口をふさぐが、もう遅い。話は聞いちまった。
「スっただぁ――!?」
この額が払えないってんなら、相当突っ込んだっだろぉ!?
迅雷、内訳見せろや。
「(はい。賭けの首謀者……主催者はイオノファラー、胴元は女神像ネットワーク。ニゲルに賭けたイオノファラーには、1キーヌも入金されていません)」
よし、っていうかあん野郎、まだつかまらねぇのか?
ふぉん♪
『>呼び出しています
>呼び出しています
>呼び出しています』
ちっ、出るまで呼び出しかけとけ。
ふぉふぉふぉぉん――ガチャガチャガチャチャチャチャッ、ガチィン♪
『レイド村近郊バウト/掛け金総額:301,700パケタ
ハズレ>シガミー:4・6倍
払い戻し:なし』
「(こちらが、リオレイニアの掛け金です)」
元高ランク冒険者だとしても、とんでもねぇ金額だぞ。
なんでまた、慎重なリオが全財産を賭けたりしたんだ?
「(類推になりますが……顕現したシガミーの新しい体が轟雷と知ったショックで、前後不覚に陥っての行動ではないかと)」
そういうことか、ありえるなぁー。
じゃあ結局の所、一切合切おれのせいじゃんか?
「(そのようです)」
くそう、おれぁ子供だな!
まるで、うまくやれてねぇぞ!
ちなみに迅雷との内緒話中は、ほかの奴らが遅くなる。
戸惑いを隠せない彼女の仮面の下の顔も、凍りついたように動かない。
「オカシイじゃねぇーか! あの勝負、勝ったのはニゲルなんだろ?」
なんでニゲルに賭けたイオノファラーにも、入金されてねぇんだぜ?
ふぉふぉふぉぉん――ガチャガチャガチャチャチャチャッ、ガチィン♪
『レイド村近郊バウト/掛け金総額:3パケタ
的中>子馬ゴーレム:223倍
払い戻し:669
※払い戻しは各地のギルド支部女神像、
または自動発券魔法具にて行えます。
※有効期限は勝敗成立後、90日です。
お早めに払い戻ししてください。』
「いやまて何だこの、『的中>子馬ゴーレム』ってのわぁ?」
空中に手を伸ばして、画面をひっつかんだ。
レイダやリオはおれが、目のまえの画面を通して――
五百乃大角や迅雷と、やり取りしてることは知ってる。
「すごいでしょっ!? タターさんが一人勝ちだったんだって♪」
はしゃぐ子供。
落ち込む債務者と開発部顧問。
ミャッド、おまえも賭けてたのか。
「なんで子馬が、混ざった?」
「女神像ネットワークガ配当率ヲ算出するル過程デ、ダークホースでアる『子馬ゴーレム/天ぷら号』ヲ賭けの対象へ追加しマした」
「ちっ、イカサマじゃねーなら、物言いも付けられねぇ」
くそう、子馬に負けたってのが気に入らねぇが――
おにぎりやニゲルに負けたんじゃねぇのが、せめてもの救いだぜ。
「じゃぁ、おれが肩代わりするぜ」
請求書をパンと叩いたら――
「いけません!」
目にもとまらぬ速さで、取り返された。
「なら猪蟹屋として、従業員の不始末の損失補填をする」
手を伸ばしたら――
「いけません!」
請求書は前掛けのポケットに、仕舞い込まれた。
「けどなっ! 騒動の発端は、おれがゴーレムを壊したことから始まってる。道理が通らねぇぜ?」
膝に肘を叩きつけ、ギロリと睨んでやる。
「絶対にいけません!」
身を乗り出す彼女の、きっぱりとした頑なな口調。
あれ? なんか変な意固地が入ってね?
こつこつこつ。
「ふふふ、リオレイニアさん。アナタはアナタの正義を今も、貫いているのですね♪」
なんだか女将さんみたいな、絢爛豪華な体つきの女性がやってきた。
外套姿から魔術師だとわかるが――
「「「学院長――!?」――さま!?」」
叫ぶリオレイニア。
そしてレイダとヴィヴィとやらも、すでに会っているらしい。
「鶚因鳥だぁとぉ――?」
するってぇとコイツがココの長で、親玉って訳だな。
迅雷ィ――万が一がねぇとは限らねぇ。
ふぉふぉん♪
『>はい。特撃型シシガニャン10号改、
ならびに轟雷を、使用可能状態で待機させます』
親玉がおれたちを見わたし、最後に天を仰ぎみた。
「先ほどお渡しした書面ですが、リオレイニアさんを正式に職員として迎え入れた場合、返済期日は無期限とすることが可能ですよ」
静かで、温かみのある声に――ピクリと肩を揺らす、パーティーメンバー。
「まてやぁ! 横から出てきて、勝手なことを言うんじゃねぇやい!」
おれは鶚因鳥のまえに、立ちふさがる。
「あなたは?」
静かで、温かみのある声。
「聞いて驚けやぁ――おれはガムラン町のアイドル、シガミーさまだぜぇ!」
迅雷をつかみ、1シガミーの長さに――シュッカァァン♪
狭いから振りまわさず、水平に構えた。
「そうですか、アナタが――詠唱暗室装置作動中にもかかわらず、炎の魔法を使ったという女の子ですね?」
静かで、温かみのある声。
「はぁ? そんなのはリオレイニアだってやったじゃねーか?」
スゴイはスゴイがおれのわぁ、日の本の理を日の本生まれの血の流れで、無理矢理起こしたもんだぜ。
リオレイニアの生活魔法お化けと、一緒にされても後々面倒だ。
「リオレイニアさんの魔力操作は、今は廃れてしまった古代魔法を元にした――彼女の一族の血筋に因るものです。アナタは〝サキラテ〟に名を連ねてはいないのでしょう?」
静かな声に、熱がこもる。
あれ? なんだこの、嫌な感じ。
レイダの父上どのに、にじり寄られたときに似てる。