4:輪廻転生、女神さま降臨
「あっははははははっ!」
「どぉわぁはっはっは!」
「きゃははははははは!」
上機嫌な百鬼夜行どもが、どんちゃん騒いでやがる。
「さかなうまいニャ♪」「うまいニョロー♪」「いけるでヒヒーン♪」
「冷えたエールも、カァァーッ♪」
ボヤ騒ぎの現場にいた連中は、焦げた路地をザッと掃除させられ無罪放免になった。
ちっ、こちとら地獄に落ちてから、米粒のひとつも口に入れてねえってのに。
「シガミーちゃーん、これ5番さんに持ってってー!」
よく通る声が、板場の向こうから飛んできた。
「シガミーじゃねーよ! おれは『猪蟹』だっ、なんど言ったらわか――――」
ブォォォォォォォォンッ!
木さじが宙を舞い――――スッカーン!
洗い場でさぼってた、わかい衆のうしろ頭に的中した。
さじの剣筋が、まるで見えねえ。
「シガミーちゃーん、大至急よー? うふふぅー♪」
目が笑ってねえ。どたどたばた。
おお慌てで、できたての料理を取りに向かう。
「へ、へぇーい! うぉまっちぃー! 毎度どーも♪」
門番の大男がくれた木札は、なんのことはねえ、口入れ屋の日雇い札だった。
地獄だろうがハラも減る。
飯と寝床の心配はしなきゃならねえところだったんだから、門番には感謝しかねえ。
「こちらの皿、お下げしまっせ?」
かちゃかちゃかちゃ。
地獄に落ちるまえにも似たこたぁやらされてたから、見よう見まねでなんとかなっちゃいる。
なっちゃあいるが、いっさいがっさい説明がねえのも腑におちねえ。
神でも仏でもなんでも、ここにおれを連れてきたやつが居るのはまちがいねえ。
それならまず最初に、説明のひとつもしやがれってんだ。
あやうく地獄の気のよい住人どもと、差しちがえるところだったしよ。
「そこのちっこいのー、計算たのむよー」
ぬ、ちっこいのって、おれのことか?
着てた襤褸布を着替えたときに、やたらとでけえ大法鏡が壁に掛かってた。
お山の護摩堂に置かれてたのよりも、そうとう立派なのが。
なんど見なおしても、その中で手足や大口をひらく女の童は、まちがいなくおれで。
歳から性別から背格好まで、何から何まで僧兵猪蟹とはちがってた。
「あ、ちょっくらごめんなすってよ。へぇへぇ、どうもどうも」
ちいさいからだにはすぐ慣れて、満員の店内でも自由に動きまわれるようになった。
そんな姿と口調がおもしれえってんで、余計な客まで次から次へと――
「おまっとさん。えーっと……大皿がひとつとエイル三杯と……ひのふの……じゃあー1ヘククから7キーヌ引いて、3キーヌのおつりでさぁ!」
勘定のいろはてのは、僧侶なんてやってりゃかってに身につくもんで、そこそこ役にたつ。
「シガミーちゃんさー、魔術師なんかやめて、ここではたらいたらぁ~? ……もぐもぐ」
くそ、さっきの綺麗な顔の鬼だ。
うまそうに食いやがって。なんだよそのでっけえ魚。
「だよなぁ、何も使わないで計算できるのなんて、この町じゃ女将かギルド長くれえだろう? ……ぐびぐびゴクリ、ぷっはぁー♪」
うつろな目で鉄塊にしなだれかかるのは、これもさっきいた小柄なやつ。
それさー、エイルとかいう酒も、なんかまずそうだけどうまそうじゃねえか。
「ちきしょうめ……ぼそり……俺の飯はいつになったら出てくんだ! ……ぼそぼそ」
なんだか、腹が減ったら腹が立ってきた。
おれぁ、いまガキだから我慢なんぞできねえんだよ!
「いいかげんにしろよ……ぼそり……俺をこんなところに落っことしたやつ! ……ぼそぼそ」
いますぐ出てくるか、飯をよこすか二つに一つ、さっさとしろい!
「えーっ? さっきからここに居るけどー? ……もぐもぐもぐ」
なんかすっとんきょうなこえが――
「あ、このご飯はダメよ。これはアタシの! アナタのはあと一時間……えっと……半刻もすれば出てくるから!」
おれのすぐうしろ。4人掛けのまる机をひとりで使う……ふざけた格好の女がいた。
「アナタの世界のよりどころ♪ 女神イオノファラァーさんでぇぇーすぅ♡」
板場/まな板があるところ。厨房。
口入れ屋/職業安定所。
大法鏡/密教の儀式や修行に使われる鏡。