396:美の女神の料理番(シガミー)、レイド村再建開始
「おーい、おにぎりー! その丸太わぁ、こっちだぁー!」
「にゃがぁー?」――ぐるりーん。
巨大な丸太を担いだ、黄緑色が振りかえる。
「「「「「「あっぶねぇだぁ!」」」」」」
レイド村の若い衆が、丸太を必死に避ける。
「ばかやろぅ、おにぎりっ! 人に当たったら、どーすんだぁ!」
気ぃつけろってんでぇい!
まあ、万一の時には、大量に持ち込まれた蘇生薬もあるが、叱りつけておく。
「みゃにゃにゃぁー♪」
たぶん「ごめんにゃさい」と元気よく首を垂れる、おにぎり!
とうぜん丸太が――ゴゴドゴズムン!
「「「「「「わひゃぁ――ぃ!?」」」」」」
地面を直撃する衝撃に、ピョンと跳ねる若い衆たち。
「だから危ねぇーって、言ってんだ――――ばかまてっ、丸太を振りかぶるんじゃねぇやい!」
おにぎりの野郎!
ふぉん♪
『>まだ口頭で作業内容の是非を、プロンプト入力してやる必要があるようですね』
指示さえちゃんと出してやりゃ、脇目も振らずに仕事をしてくれるんだがなぁ。
「まったく、むさ苦しいにも程がないのではなくって?」
「村の女性が、おひとりも居ませんらぁん?」
うしろの方から聞きなれた高貴な、お声が聞こえて来やがる。
トッカータ大陸全土の被害状況を照らしあわせた所、ここレイド村が一番酷い状況らしい。
そういうわけでガムラン町の連中も、レイド村に集まってきている。
それでもあたりには、たしかに男衆ばっかりだ。
女の人なぁ。小うるさい神官が居たが――五百乃大角にひっ付いて、女神像まわりの仕事にまわってる。
「今日中には避難先から戻る手はずになっておりますじゃ、リカルルさま」
振り向けば、うやうやしく首を垂れる髭老人が目に入った。
「かしずく必要は無くってよ。ナッツバー村長」
踏んぞり返る、ご令嬢。
彼女たちが陣取ってるのは、ギルド支部跡地のすぐ前。
仮設の掘っ建て小屋。椅子とテーブルと、大きめの台がひとつ。
台に置かれているのは――
小さな背のうが、ひとつきり。
小屋の柱に打ち付けた看板には、『救援物資配布所』の文字。
近寄る者は居ない。
大方、〝ご令嬢が考えた施し〟程度に、見られているのだろう。
あの背のうの中には、膨大な物資が格納されているが――
外からじゃ、わからんからなぁ。
けど、あの背のう、たしか――
ふぉん♪
『>はい。収納魔法具箱が三つ入れられており、
その対応規模はガムラン町基準で、
約三ヶ月分のはずです』
箱ひとつでレイド村の25倍くらい、まかなえるだろ。
まるごと三つ持ってきてたら、広げただけで――
ふぉん♪
『>はい。レイド村が物資で壊滅します』
やめろ、縁起でもねぇ。
「そうですわね……ではシガミー! 私、個人からクエストの依頼をいたしますわ♪」
ちっ、目が合っちまった。いきなり、なんか言い出したぞ?
「期限は夕刻まで、達成条件は全家屋の修繕ならびに、温泉施設の設置――出来るかしら?」
これだから暇を持てあました、ご令嬢ってぇやつぁ――!?
「温泉施設だぁ? やい、そりゃ聞いてねぇぞ!?」
もう日も傾き始める午後三時。
日没まで、せいぜい三時間。
村の規模は小せぇが、歌舞伎祭りんときよか――
タイトな工数になる。
「そぉうだぁよぉぉう? いまからじゃぁ、ギルド支部の建物がぁギリギリよぉう?」
そのギルド支部の建物を壊した張本人が――
『私がギルドを壊しました』の襷を袈裟懸けにしている。
その頭には、丸くて軽い鉢金。
上下が繋がった作業服に、手にはツルハシ。
どうしたって、伯爵夫人には見えねぇ。
「ではシガミー? 期限は夕刻まで、達成条件は全家屋の修繕ならびに、温泉施設の設置――出来るかしら?」
いつもの仁王立ち。クエスト内容は一言一句、変わらない。
だらだらだらだら――冷や汗で肝を冷やしているのは、おれと伯爵夫人だけじゃねぇ。
倒壊現場に居あわせた、ニゲルとタターとおにぎりも一緒だ。
みんな頭に丸い鉢金を、載せられている。
子馬〝天ぷら号〟と子供レイダ、そして神官女性だけは、その責から外されたが。
問題は――カヤノヒメだった。
今は、左手で刃が無ぇ鑿を作り出し――ドガシャン♪
右手で長く太いネジ切りがついた釘を――ガチャガチャガチャチャン♪
嬉々として村再建に使う、鉄金具や工具を生産しているが――
天変地異を起こしたのが、星神カヤノヒメであることは明白。
だがそれは、おれを生きかえらせるために必要なことで。
しかも近いウチに出現するはずだった変異種を、何体も先行して討伐(鉄鎧鬼含む)できた。
膨大な数にのぼる損害も、人的損害はマイナスになり――
町や村を繋ぐ街道も整地されたように、真っ平らになって収まった。
それでも、本人は「三途の川を渡る」と言って聞かない。
そこへ――ゴゴガァァンッと、倒壊したギルド支部を粉砕し、地下から現れたリカルルに「この場は私が、預かりますわ」と押し切られ――
カヤノヒメ以下六名は突貫工事に、かり出されることになったわけで――
「さぁ皆の者、きりきりとお働きなさいな――ココォォン♪」
月影の双眸がゆらめき、仄暗い炎が立ちのぼる。
「――らぁん♪」
手にした魔法杖が工具に化け、掛けた眼鏡が――チュィン♪
桜色に光った。
§
「ぐはぁぁっぁぁぁぁぁぁっ、つ、疲れたぞ!」
必要な柱をだいたい立てた所で、ひっくり返る。
上下が繋がった服だから、土塊や小石が入ってこなくて良いやな。
「じゃぁー、おとすぞぉー!?」
柱の間に上から板をはめ込んでいく、レイド村の若い衆たち。
あの板は見た目より、ずっと軽い。
しかも、ジンライ鋼製の金網と断熱構造が、埋め込まれている。
つまり超頑丈で、並大抵のことじゃ壊れない。
もちろん、並大抵って言うのは。
おれとかルリーロとか、ニゲルに姫さんに、おにぎり騎馬――以外のことだ。
ふつうの火炎魔法はおろか、火龍の炎ですら、いくら食らっても燃えやしない。
〝白い悪魔〟もとい〝魔神の再来〟、あるいは〝岩壁姫〟などと称される――生活魔法の大家〝リオレイニア・サキラテ〟。
彼女にINTタレット迅雷を、魔法杖がわりに持たせなければの話だが。
「シガミー。形状ちがいの壁材ヲ、あト264枚作成してくダさい」
まったく人使いの荒い。
けどやらねぇと、リカルルに折檻されちまう。
使い捨てシシガニャン〝おもち〟に使った――
ふぉん♪
『ヒント>特殊合金による耐熱構造/代替五酸化アンチモン系』
わかるか。
いや、なんでか意味はわかるが、おれが作ったわけじゃねぇから――
最初の一枚に、そこそこ苦労させられる。
全部の建物、建具。全部の縦横と階層分の、強度計算。
面倒な所は、迅雷と解析指南任せだ。
それでも毎度毎度、塗布するための鉄の成り立ちなんかを、おれが理解しねぇとならねぇから――
「はぁはぁ、出来たぞ」
――正直、あまりやりたくねぇ。
ただ、最初の一枚さえ、出来ちまえば、あとは。
絵で板まかせで、疲れはしねぇのは助かる。
誰もいない場所を見つめ――――ズドドドドドドォォォォン♪
できた壁材を積み上げた。
「元気の良い嬢ちゃん、お疲れだぁ! あとは、おいらたちに任せてくれ!」
ドガガガゴガガガァン♪
若い衆たちの手際は良く――山積みにした建材が次々と、建物の形に出来上がっていく。
ドガガガゴガガガァン♪
ドガガガゴガガガァン♪
ドガガガゴガガガァン♪
はめ込まれていく、壁板や床天井。
コォォン――♪
コココォォォォン――♪
人魂を放つ声も二人分、聞こえてくる。
建て付けをよくするのに、〝狐火・仙花〟はうってつけだ。
ギャギチ、ギャギチリッ♪
ギャギチ、ギャギチリッ♪
ギャギチ、ギャギチリッ♪
太釘をねじ込む、小気味よい音。
ららぁぁん♪
万能工具の扱いに長けた、王女殿下の声も聞こえてくる。
誰も来ない小屋で、ただ待っていることが出来なかったのだろう。
「しかし……だめだな全体的に。魔物境界線基準で物を作ると、キリがなさ過ぎらぁ」
次にまた変異種や伯爵夫人に襲撃されても耐えられる、屈強な町が出来上がっていく。