395:美の女神の料理番(シガミー)、火龍と妖狐とレイド村ギルド支部
タタタッ!
おれはニゲルが開けた扉から、外へ飛び出した。
ふわっさぁ♪
風になびく金の輝き。
「(わっ、髪が邪魔だぜ!)」
両耳の上に生えたままの、木の枝みたいな角に――すすすと引っかける。
よし、細足を踏み込み――大地を蹴る。
その足が、やたらと速いのに気づいたのは、棒だった。
「(シガミー、運動効率が174%上昇しています)」
んなこと言われてもなぁ。
さっきまで研ぎ澄まされてた頭に、霞がかかったようで。
神々どものつかう言葉の意味は、わかるんだが――
それをどうすりゃ良いのかが、わからねぇっつうか。
体の向きを曲げてると、行き過ぎちまうから――ストォーン♪
「(金剛力を使ってねぇのに――!?)」
自然と、横っ飛びのような――トトォォーン♪
いつもの足さばきになる。
「(現在、解析中ですが、その枝角とも関係があるかも知れません)」
この体ぁ――もとのシガミーはおろか。
取られちまった十四、五歳のシガミーより、速ぇぞっ!?
一体何しやがったんだ、惡神め。
ギルド支部の建物をグルリとまわって、正面へまわる。
ソコに居たのは、巨大な――
「蜥蜴、いや、龍かぁ!?」
伸びろ迅雷!
「(ですが、シガミーあれは――)」
どこから湧いたのか、逃げまどう村人たち。
しゅっかぁぁん!
さっきの1シガミー越えの長さと比べると――
1シガミーは、どうしたって短ぇ。
レイダの魔法杖の方が、長ぇくらいだからなぁ!!
「(おまえ、もっと伸びやがれっ!)」
黒い細腕がどこまでも伸びるってのに、独古杵のオマエが伸びねぇ道理はねぇだろう!
「(INTタレットの最大長は、使用者全長を元に算出されています)」
ちぃっ、しかたねぇなぁぁぁぁっ!
ストトォォ――ン!
一気に間合いを詰めると――龍のかたわらに、浮かんでいる奴がみえた!
「ル、ルリーロさまか……よぅ!」
へなへなと失速したおれは、すっ転ぶ。
迅雷を突きたて、くるくるるんっ――シュタン♪
じゃぁ、この龍は――
「(はい、ゲイルです)」
火龍ゲイルはガムラン町から最寄りの火山に、住んでいたヤツで――
色々あって、いまは猪蟹屋店員でもある。
火龍が手にしていた木箱を、どすどすと地面に放り出した。
「あらぁー? カヤノヒメちゃん、どーしたのぉー? 迅雷なんて持っちゃってぇー?」
ちきしょうめ、奥方さまが居るなら居るって言っとけよなぁ――ニゲルの野郎!
「おれだぜ、おれ! シガミーだ!」
声を張る。
「えええーっ、シガミーちゃぁんなぁのぉぉぉぉぉっ!?」
ヴォヴォォォォォォゥン――――♪
コントゥル領伯爵夫人が乗る、巨大な魔法杖。
〝ルードホルドの魔法杖〟は威力もでかけりゃ、飛ぶのも速ぇ。
なるほど、ガムラン町からはなれたこんな所にまで――
火龍を引きつれて、すっ飛んできたのか。
「ほんとぉーにぃー、シガミーちゃんなのぉー?」
訝しむ、コントゥル領伯爵夫人。
ヴォヴォヴォォォン♪
距離を取り滞空する、巨大杖。
「本当だぜ、正真正銘猪蟹屋店主。みんなのアイドル、シガミーさまだぜ!」
茅の姫が着てた給仕服から前掛けと、猫耳の飾りを外しただけの格好。
大きく足を開いたら、裾がまくれ上がっちまった。
「このぉ、お行儀のぉー悪さっ! 本物ぉーだぁ――♡」
杖ごと全速力で、飛びこんできたから――
ギャリリリリィィィンッ!
迅雷で力一杯はじき返した。
弾かねぇと死ぬ。超危ねぇ!
ふぉん♪
『>パワーアシストを使用しますか?』
要らん。
もうすこし、この体を試させろ。
「こんな所にまで、やってきて一体どうしたってんだぜ?」
抱きつこうとする奥方さまを、やんわりと独古杵で押しかえす。
「そんなのきまってるでしょぉー? シガミーちゃんのあぁんなぁ、お姿ぁおー見せられたらぁー、もぉぅぅぅっ! クツクツクツクツ、ココォォォンッ――♪」
あー、そういうことか。
おれのあの、鉄鎧を着た鬼の体。
あれを見て、血気盛んに――挑みに来たと。
狐耳がおれを捉え――ぴくぴく。
月影の双眸が揺らめく――ォォオォオオォォン。
ガチャガチャガチャガチャ――!
そこへ走り寄ってくるのは、甲冑の音。
「やぁー、シガミー。本当に無事、元の体に戻れたみたいだね?」
それは黒い甲冑姿。
兜の面を跳ね上げると、面が良い笑顔が出てきた。
「エクレアもきたのか?」
奥方さまからじりじりと、距離を取りつつ声をかけた。
「ええ、出現した巨大変異種へ対抗し、その損害への救援物資を運搬するために来ました」
黒いのが居るって事は――あの木箱の山は、魔物境界線の砦から持ってきたらしい。
「けぇどぉーざんねんねーぇ――あのおっきな鎧の鬼の姿わぁー、もぉーおぉー、終ぉわぁりぃなぁのぉーねぇー?」
さっきまでの変異種が、もう居ないとわかると――意気銷沈する伯爵夫人。
実の娘と同程度の、若い娘にしか見えねぇが――
こいつは齢200を越えた、江戸の夜を闊歩した妖狐だ。
つまり、日の本生まれの転生者だ。
ちなみに、おれもニゲル青年も同じ境遇で――
「あー、それなんだが。おれが元に戻れたのわぁ、ニゲルのおかげだぜ! 奥方さまよぅ?」
ちょっと水を向けてやる。
決して、奥方さまが居ることを言わなかった青年への――仕返しではない。
「そういえばぁ、そうよぉねぇー? ニゲルくんわぁー、シガミーを退治したほどのぉー腕前だったってぇこ・と・よ・ねぇ・ぇ――――!」
その瞳にふたたび、月影が宿る。
ヴォォォォォオゥゥン――――♪
唸る巨大魔法杖。
伯爵夫人がギルド支部へ、すっ飛んでいった。
ずっしぃぃん、ずずっしぃぃん♪
つづいて巨体も寄ってきた。
火龍ゲートルブの大きさは、おれの鎧鬼姿とそう変わらねぇ。
「よぉー、ゲイル。元気にしてたか?」
聞いた話じゃ、火龍の寝床でやりあってから、それほど時間は過ぎてねぇけど。
「グゥルル――店主殿よ。大けがをしたと聞いていたが、無事で何よりだ」
こっちを見下ろす火龍。近寄るとすこし暖かい。
「おう、もう平気だぜ。レイダも来てるから――会ってやってくれ」
そう聞くなり、大地に爪を立てるゲイル。
「ヌオワァ――――フム!」
ズゴドドドドドゴゴゴォォォォン!
ぐわらぐらわ、らららわっ!
「「「「「「「「「「うわわわわわっ!?」」」」」」」」」」
グワラララッ――すっ転ぶ、レイド村住人とおれたち。
「グッギャワオォォォォォォウ――――グルルルッ!」
荒れ狂う炎。
蜥蜴の形をした――燃えさかる何か。
その背に乗るのは――『猪蟹屋三号店』の法被を着た少年。
火龍が消えて――少年の姿になった。
橙色の法被は燃えていないが、蜥蜴の足下の雑草が――
ぶすぶすと燃えだす。
あー、この蜥蜴。しばらくすると大暴れしだすヤツじゃねぇーか。
ゲイルが人の姿に化けるには――邪魔な活力だか熱だかの塊。
「(どうする迅雷? マナだか熱だがを丸ごと、ひと呑みに出来るか?)」
まえに〝燃える蜥蜴〟が出たときは、ゲイルが自分で――土を盛って閉じ込めてたが。
こんな人里に置いておける物ではない。
「(可能ですが、おにぎりの収納魔法具箱が必要――」
そのとき『►►►』が赤く光った。
赤く光るってことは、殺気を放つ誰かが――
近寄ってきてるってことで。
「ごぉーめぇーんーねぇー、わぁーすぅーれぇーてぇーたぁーわぁーあー!」
舌っ足らずな声が、戻って来やがった!
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォオォオォオオヴォヴォォオォ――――ン♪
今まで聞いたことのない――――ひどい唸り。
山菜のような魔法杖の先端が、ぐにゃりと開かれ――
「杖よ――!」
それは号砲だった。
ドゴッガァァァァァぁァァンッんぅうぅぽぎュぬぅん――すっぽこん♪
耳をつんざく爆発音が、間抜けた音にかわり――
燃えさかる大蜥蜴を、吸い込んだ!
地面に落ちるゲイル。
大音響に我を忘れ、逃げまどう村人たち。
にゅにゅ――ぅ、ガシャリッ♪
ふたたびクルリと巻かれる、山菜束の先端。
「(迅雷、念話は使うなよ)」
おれはもう生身の体だから、念話を発しても――狐耳族に殺気を放たれることはない。
だが、アーティファクトである迅雷が使うと――
暗殺の道具に間違えられて――返り討ちにあわされるのだ。
「了解しまシた」
手元から、金属質な声が聞こえた。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォごぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!!!!
魔法杖に付いた巨大な魔石。
その色が、真っ赤に燃えている。
伯爵夫人ルリーロが、炎をたなびかせ――
レイド村ギルド支部へ――
好敵手の元へ、すっ飛んでいく。
「ありゃぁ、使えるなぁ」
ふぉん♪
『>はい。放出されたマナを熱に変換、再度、推進力へと利用しているようです』
この日、変異種の襲撃にも耐えた、レイド村ギルド支部は壊滅した。