393:美の女神の料理番(シガミー)、シガミーとホシガミー
「うぬぬぬぬ、ぐぎぎぎぎ――――!」
神官女性のうめき声が、レイド村ギルド支部に木霊する。
「ウケケケケッケッ――――ケケッケケッ♪」
寝かされた彼女の胸、重ねられた手の上。
どかりと座る(立っても座っても、高さはほとんど変わらない)、五百乃大角御神体。
「やい妖怪、やめてやれ。仮にもそいつぁ、神さんの信徒だろうが――ニャァ♪」
こちとら、仏門に帰依した身だ。
とても他人事たぁ思えん。
「駄目ですよイオノファラーさま、幼気な神民を惑わしては、くすくす?」
ひょいと妖怪丸茸を持ち上げ、ご威光とやらを遠ざける茅の姫。
作業場の壁よりに、細長ぇ寝床が並んでる場所があって――
そこへ運ばれた神官女性を、甲斐甲斐しく介抱する茅の姫。
その手際はリオレイニア並みに、そつがなかった。
とても惡神とは、思えねぇな。
「(お褒めにあずかり光栄ですわ、くすくすくすくす?)」
近くに居た少女に、妖怪を手渡す茅の姫。
「イオノファラーさま、ガムラン町は大丈夫なんですか?」
少女が、手にした妖怪に尋ねると――
「子細すべて滞りなく、収まりましたよぉーん。死者はおろかぁ、負傷者もぉー行方不明者もぉー、ひとりぃもぉー居まぁせぇぇんっ♪」
少女メイドの手のひらを、ふにゅふにゅと踏みしめる妖怪丸茸。
「「「よ、よかったぁー」」」
胸をなで下ろす、メイドと子供と青年。
おにぎりが子馬から飛びおりて、その輪に混ざった。
子馬はそのまままっすぐ進み、茅の姫の元へ――ぽっきゅらぽっきゅら♪
「ひひぃん?」
横になる神官女性を、心配しているようにも見える。
頭を濡らした布で冷やすために、洗面器に張った水。
それに頭の花をむしりとり、浮かべる星神。
「大丈夫ですよう。鎮静効果のある、このお花を枕元に浮かべておけば、すぐに目も覚めますわ、くすくすくす♪」
むしられたそばから、また小さな蕾が――ポコンと生えた♪
あの木の枝だか角だかは、ちぃと気になるが今は放っとこう。
ふぉん♪
『シガミー>さて迅雷』
目のまえの画面の隅に、目を向けると――
一行表示が出せた。
ふぉん♪
『>わざわざティッカーを使用して、どうしましたかシガミー?』
ふぉん♪
『シガミー>これなら茅の姫に念話を、傍受されることもねえだろ?』
ふぉん♪
『>たしかにそうですが。用件は?』
ふぉん♪
『シガミー>おれの鉄の心臓の事を、覚えてるか?』
ふぉん♪
『>龍脈由来の活力を神力へ変換する、
【龍脈言語/DCコンバーター】付きの、
内燃機関でしたでしょうか?』
ふぉん♪
『シガミー>そうだ。さっき馬の鞍ぁ作ってみて、
その力を確信したぜ』
ふぉん♪
『>その力とは?』
ふぉん♪
『シガミー>今のおれが絵で板で作れる物に一切の、
制限が無くなる力のことだよ』
§
「お嬢さま、救援物資と救護所の用意がととのいました」
対策本部へ場所を移し、コントゥル家による救援活動は続く。
ギルド制服に身を包むのは、初老の男性。
最上階で現場指揮を執っていた、執事長その人だ。
「まったくもう、こんなことなら――蘇生薬で治る程度のけが人くらい、残しておいて欲しかったですわっ!」
心にもないことを言いつつも――
リカルルの表情には、安堵の色が見てとれる。
「リオレイニアは、どこかね!?」
報告書類を持つ職員と、各種伝令の長蛇の列。
埋もれるギルド長の、切実な声。
「展望室に行ったきり、戻って来ていません」
リカルル付きのメイドが、横から報告する。
「大方、なにか面白い物でも見つけて、笑い転げているのですわ!」
リカルルが手にするのは、書類の束。
『ガムラン町緊急救援物資』
その膨大なリストはガムラン町が、魔物境界線であることも関係している。
それらの救援物資は猪蟹屋謹製の、特製収納魔法具箱に入れられ――
「これっ、どうすれば良いのかしら?」
大きめの背のう、ひとつに納まった物資を――
ガムラン代表が、ポンポンと叩いた。
§
ふぉん♪
『イオノ>こらアンタたち。何を、こそこそやってんの?』
ふぉん♪
『シガミー>五百乃大角、コイツを見てくれ』
絵で板画面をつかんで、一行表示にスポンと入れてやる。
ふぉん♪
『イオノ>これってまさか、人の体?』
元の〝シガミーの体〟を作ったのは、五百乃大角だ。
見りゃぁ、バレちまうが――
「温泉入浴八町分――ニャァ♪」
バッシャ――ガシャガシャガシャ!
背中から開く――おれの鉄鎧の体。
「シガミーさん、お待ちくださいませ! 不用意に内観を晒すと――ふたたび揮発する危険が――!」
慌てて立ちあがる、生身の体。
メキメキョと角が、枝葉を伸ばす
「(クカカカカッ――――もう遅ぇ!)」
転び出たのは――ぽぎゅごぉむん♪
それは猫の魔物のような姿。
猫の姿をあしらった模様の上から――
文字を縦横無尽に書き足したような――
おにぎりと比べたら、随分と煩雑な柄――
個体識別上は、すでに消失したはずの――
特撃型10号――改。
ぽっきゅむごろろろろっ――――♪
勢いあまって壁まで転がったが、まるで痛くねぇ。
「ねぇぞ、そんな危険わぁ! こいつはおれが神力を、無尽蔵に使って拵えたもんだ!」
おにぎりのからだと同じ、特撃型たちの密封性は完璧。
「温泉入浴八町分!」
不穏な動きをする、茅の姫に先んじる!
ぷぴぽぽーん♪
ぷっしゅしゅしゅぅぅぅぅっ――――ごっぱぁ♪
ひらく兜頭。
パシャキュゥーイ♪
またもや勢いあまって、放り出されたのは――
金糸の髪をなびかせ、艶やかな肌。
光り輝く、その姿は――
まるで、特撃型からかえった蝶のようだったと、あとから聞いた。
「元のシガミーだぁー!」
レイダが駆けよってくる。
おれが顕現した。
五百乃大角の御神体と同じ構造を、生きた体で再現しただけのもんだが――
超うまくいったぜ♪
「(シガミーさんが、もう一人?《・》)」
星神の念話が聞こえた。
ちがうぜ、〝シガミー〟はおれだ。
しいて言うなら、お前さんは〝ホシガミー〟だぜ♪
「シガミーッ! よ、よかったぁよぉぉぉぉぉぉっぅ!」
どがぁーん!
飛びつくんじゃねぇやい、あぶねぇ。
「心配掛けちまったがぁ、ちゃんと元に戻ったぜ!」
抱きあうおれたちを、見つめていたタターが――
「元に戻れたというか……ふたりに増えてますよね?」
そんなことを言った。