390:美の女神の料理番(シガミー)、真打ちあらわる
「さぁ、再起動するわよう♪」
超女神像の間。
ちゃぶ台の上に置かれたのは――まるい魔法具。
それに小さな手を掛ける、全長十数センチの女神御神体。
猫の魔物のような魔法具を修理していた面々と、それを見物していた面々が――ずささささ!
一斉に離れて、距離を取った。
「あーれぇ? みなさぁん、どぉしぃてぇ逃げてぇくのぉん?」
御神体が首をかしげるが――
それは、無理からぬことであった。
そもそもの発端である、イオノファラーの映し身の大爆発。
その規模は、あたりを更地にするほどのもので。
しかも、ちゃぶ台前に置かれた猫型魔法具も――
惑星ヒースの天変地異で爆発したのを、修理したばかりだ。
いつまた爆発するか、わかったものではなく。
そのうえ、魔法具から生えた尻尾は――
背後にそびえ立つ、超女神像へ繋がっているのだ。
「そりゃぁ、イオノファラーさまよう。こーんなにでけぇ女神像まで、万が一にでもふっとびでもしたら――」
像を見あげる、小柄な工房長。
「命の危険があるからに、決まっていますわ――」
額を押さえ苦悩する、狐耳の名物受付令嬢。
「――らぁん」
受付令嬢の背に隠れる、第一王女殿下。
「――そうだねぇ」
木さじを構えるのは、恰幅の良い食堂女将。
「え、ちょっと! 女将さんまぁでぇー!?」
美の女神御神体が、気を吐いた。
「いくらでも換えの体がある、イオノファラーさまと同じようには――いかないさね」
木さじを構えなおす、元宮廷料理人。
「ふぅぅぅぅぅぅーっ。いままでこういうのは、すべてシガミーに任せっきりでしたから――」
長い息を吐きだす令嬢。
「そうだぜ、早ぇところ、シガミーに戻ってきてもらわねぇとな!」
鉄塊のような金槌を――ゴッガァァンッ!
縦に置き、その背後に隠れる面々。
「じゃぁ、あたくしさまもぉ――!」
美の女神の実物大立体映像を映しだす――まるい球。
それが慌てて金槌の陰に掛け込んだ。
「もぉーいーよー♪」
呑気な様子のイオノファラーの映像。
浮かぶ球も、御神体も――どちらもイオノファラーが操作する筐体である。
「ビビッ――――――♪」
もう片方の御神体が、むっとした表情をしたのち――
カウントなしで無造作に、置かれたボタンを押した。
§
「にゃみゃにゃ?」
「ひっひぃーん?」
見つめあう二匹の、黄緑色たち。
それはごく自然な、邂逅であった。
ぽきゅきゅむ、ぽきゅり♪
鐙もない子馬に、颯爽とまたがる――猫の魔物。
その大きさは、まるであつらえたように、同一スケールで。
あるべき物が、あるべき所に収まった――しっくりさ。
それは黄緑色の子馬に騎乗する、黄緑色の猫の魔物。
「おにぎりちゃ――ぶふふっ♪」
あまりにも自然な佇まいに、子供が笑みをこぼした。
「い、色もサイズも――くふふふふっ♪」
新米メイド・タターも、つられて顔をほころばせる。
ぽっきゅらりぽっきゅらり、にゃみゃがぁ♪
あたりを闊歩する子馬――正式名称『天ぷら号』。
そして、目も鼻も口もないのに、満足げな様子の――
正式名称『極所作業用汎用強化服シシガニャン自律型/試作個体名おにぎり一号』。
ぽっきゅらりぽっきゅらり、にゃみゃがぁ(キリッ)♪
「ふ、ぷふふっ、な、ななんで立ち止まって、コッチを見るんだい!? あはははっはっ♪」
笑い出すニゲル。
スマホを取りだし――パシャリ♪
おいニゲル。浮かれてるのも良いが――
間違っても、ちょっかい出すなよな。
一匹だけでもやべぇのに――
あんな得体の知れねぇ馬と――
徒党……騎馬を組みやがって!
もう、あの二匹が何をしでかすか……見当もつかねぇ。
まったく王女は兎も角、レイダとタターまで一緒になって――
余計なもんを、拵えてくれやがったもんだぜ!
「みっ、御使いさま。じつに威風堂々? ご立派で御座います? ぶふふふっ、ぷふゅふゅふゅふっ♪」
おい神官。お前さまは笑ったら、いけねぇんじゃぁねーのかぁ?
ぽっきゅらりぽっきゅらり、にゃみゃがぁ(キリッ)♪
やい、いちいちすました顔を、向けるんじゃぁねぇやい!
しかも子馬まで、同じ顔つきしやがって――「ぶフふっ――ニャァ♪」
じっと見てたら――キュキュィィー♪
子馬の顔が大写しになった。
こりゃぁひょっとしたら――おれが作ってやった、全天球レンズか?
「(はい、彼女ら三人の知見を総動員して、全天球レンズを始め――いろいろな改良を施されたようです)」
それなりに苦労した結果、あの尖りきってたゴーレム馬が――
これだけ間抜けた顔……かわいらしく、再構成されたってわけか。
「にゃみゃがぁ(キリッ)♪」
「ひひっひぃん(キリッ)?」
だからやめろぃ。いちいちコッチを、見るんじゃねぇやい――「ぶフふっ!――ニャァ!!」
なんでそう、面白ぇかな。
まあ、尖りまくってるよか、よっぽどマシだが――
こんなのを、笑い上戸にでも見られたら――
血の雨が降るだろうが……あいつのよじれる腹とか、くの字に折れまがってぶつける頭とかに。
「(おい、迅雷ー?)」
「(なんでしょうか、シガミー?)」
「(あいつら、もう少し……どうにかなんねぇか?)」
おにぎり一匹なら、ここまで面白くはなかった。
おにぎりの野郎を、子馬に乗せると――
それだけで、人知を超えた間抜けさを醸しだしやがる。
「(ではせめて鞍とか手綱とか、作ってみてはいかがですか?)」
んー? 物は試しだ、やってみるか。
つかまる所や脚を乗せる所がありゃ、レイダが乗るのにも便利だろうしな。
鞍/脚を乗せるために、鞍につるす金具のこと。
鞍/人が乗るために、馬の背につける座る部分。
手綱/馬を御するための紐。馬の口にかませた金具に取り付ける紐のこと。




