384:龍脈の回廊、シガミー再生
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
暗闇の中、音が聞こえた。
いままで聞いたことのねぇ、珍妙な声。
初めて聞くはずなんだが――
これを聞き逃すと、命に関わる。
なんでか、それがわかった。
「(るについ、らけあく、ふこさぬ、ねごわま)」
まてまて、どんどん先に行くな。
最初の一節から、もう一度たのむわ。
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
もう一度。
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
もう一度ぉ。
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
泥みてぇな闇の中。
聞こえてくるのは、珍妙な声。
「(――こいつぁ、指向性の超音波通信かぁ?)」
頭の中で、別の声がした。
縁起でもねぇことを言うな。
あの野菜連中の声を思いだすだけで、気が滅入らぁ。
「(――放たれた、ぼくの鼓動が音像を結んでる?)」
また別の声、いや同じ声か?
心の臓から放たれるだとぉ。
訳のわからんことを言うな。
「(カカカッ――すなわち、4D超音波フェーズドアレイモジュール付きの心臓ってことじゃな?)」
この声――天狗じゃねーか!
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
わからん。
「(るについ、らけあく、ふこさぬ、ねごわま)」
わからないよ。
「(すむひせ、えやめほ、だゆわづ、さそへぎ)」
カカッ――面妖な。
「(なとしけ、みざゑぞ、をんゐぢ、もげぶど)」
しかし、この念話は、まるで経だな。
念話ってのは、何だったか忘れたがぁ。
ね――ぇん――ぅわ――ぁなぁ――?
こりゃあ、耳に聞こえちゃいるが――
ひょっとしたらぁ……【音】じゃ無ぇのか?
「(でげぱべ、ぷぢぜぐ、ぼぴせご、ずぶばぶ)」
鉄の心の臓だが、おれぁ生きてる。
そうそう音色を変えるたぁ、思えねぇ。
ふぉん♪
『ヒント>ストラクチャル・ジェネレーター/【龍脈言語/DCコンバータ】』
なんだ、ヒント居たのか。
ふぉん♪
武者の体の絵がでた。
ぽこん♪
鳩尾のあたりに――『凹』が現れた。
凹が鉄の体の、心の臓で――
あ、なんか読めるようになってやがる。
顔のまえに出る、絵とか文字とかがよぅ。
ヒュパパパパッ♪
外部温度に、凹稼働効率に、神力への変換効率に、体内循環温度に、冷却効率。
演算稼働率に――
姿勢制御状態から各部稼働率ならびに、各種充填状態のグラフが――
スゥゥ、チチチッ♪
一斉に現れて、消えた。
頭のもやが晴れていく。
「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。」
聞こえてくる呪言が、急に意味を持った。
「不生不滅、不垢不浄、不増不減、是故空中。」
全部の音が、ひとつになったような。
まるで、一音異解じゃねーか。
ってこたぁ、耳に聞こえちゃいるが――
おれの読経を、なぞっただけだろ。
じゃあ、この経は何を読んでやがるんだ?
密書を読むにも、対の文が要るだろうが。
「(おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう)」
>わ。
「(るについ、らけあく、ふこさぬ、ねごわま)」
>か。
「(すむひせ、えやめほ、だゆわづ、さそへぎ)」
>ら。
「(なとしけ、みざゑぞ、をんゐぢ、もげぶど)」
>ん。
「(でげぱべ、ぷぢぜぐ、ぼぴせご、ずぶばぶ)」
>わからんが、経はつまるところ、
「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。」
「彼岸へとどけ」、「悟れ」ってことだ。
ふぉふぉふぉふぉぉぉぉんっ♪
『ヒント>龍脈言語INCLUDE/惑星ヒースの声を聞いてみましょう』
暗闇の泥の中。
サァ――。
光が見え、その流れがわかる。
龍脈を流れる、活力の回廊。
ゴォ――――――――――ン。
暗闇は暗闇でなく、光の奔流にかわる。
そこに流れる――大地の思い。
「おうがり、ばさがる。かちのは、よてなう。」
わたくしは、てんちそうぞうののち、まちつづけました。
「(るについ、らけあく、ふこさぬ、ねごわま)」
それでもらいほうはなく、めのまえをかわが、ながれていきます。
「(すむひせ、えやめほ、だゆわづ、さそへぎ)」
やがてわたくしは、きがつきました。
「(なとしけ、みざゑぞ、をんゐぢ、もげぶど)」
もし、このかわをこえて、だれかがおとずれたなら。
「(でげぱべ、ぷぢぜぐ、ぼぴせご、ずぶばぶ)」
ぜんしんぜんれいをもって――だましてやろうと。
泥に身をまかせ、誰だかの言い分を聞いてみた。
おれも前世じゃ、好き放題に生きたが――
随分と身勝手な野郎だぜ。
ふぉん♪
『>ミノタウロースを一件作成しました
>運搬中
>0秒後に〝悪鬼羅刹(仮)〟胸部搬出口より、お届けします』
§
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
落ちていく子供。
濁流と化した大地は、凄まじい勢いで流れていく。
子供が落ちれば、到底助からないだろう。
それは、ニゲルと子馬の跳躍直後。
空中で姿勢制御可能なのは、魔法杖だけだ。
「迅雷さん、お渡しした予備の果実をレイダさんへ――!」
可憐な声に、桃の実を取り出す青年(白目)。
「了解しまシた」
ノーモーションで投げつけられた、桃の実は。
ひゅるるるっ――ぼこ♪
子供に当たり、砕け散った。
「ゴゥゴォォゴォォオオオォォオォオオォォオォオォォォォッ――――!!!!!!!!」
とつぜん大地が隆起し、咆哮する。
姿を現したのは――
胸から巨大な角を生やした――鎧武者赤鬼!
ボゴゴゴゴガァァァンッ――――!
その全身の鎧板が、爆発霧散する!
血のような色が、再構成され――
黄緑色へと変化した鎧武者が、手甲を伸ばした!
「シガミィィ――――助けてぇー!」
桃の実まみれのレイダが、手を伸ばす。
「レイダァァァァァァッ――――つかぁマぁれぇぇぇぇぇっやぁぁぁぁぁっ――ニャァ!!!!」
天を衝くような、可憐で粗野な声が、森に轟いた。
一音異解/同じ説法を聞いても、受け取り方が千差万別なこと。俗に言う理解力の壁。




