375:龍脈の回廊、ブックメーカーふたたび
「い、イオノファラーさまぁ! リカルルさまぁ!」
手にしたお玉を振りまわす、ラプトル王女殿下。
「「なにかしらぁぁん?」」
首をぐりんと王女へ向ける御神体と、派手なドレス姿。
「あんな危険なことは止めさせて下さいらん! ニゲルさまが死んでしまいますらぁん!?」
窮地に立たされた未来ある若者を、高貴な女性が案じている。
一国の王女のあり方としては、何も間違っていない。
「えー、それ王女さまが、仰られるのですか?」
鬼娘が、容赦なく斬りこむ。
彼女、王女殿下が青年を〝ゴーレムで襲撃したこと〟は――
邸宅に居る全員が、知るところである。
ゴーレムとは魔法具の一種であり、自律行動する使役人形だ。
その眼や牙が突起した奇抜な外見から、おおむね満場一致で嫌われている。
ぽっきゅぽっきゅむ♪
レイダを乗せた大きな子馬が――「ひひぃぃぃん?」
生みの親を庇うように、大きな顔を王女の肩に乗せた。
ちなみに子馬天ぷら号は、シガミーが生前(?)製作した新開発の光学レンズを使用しているため、ゴーレムで有りながら満場一致で好かれている。
「ねえ迅雷。あのシガミーは、どれくらいの大きさなの?」
子馬の首を、ぽんぽむんしながら子供がたずねた。
「そうでスね。ニゲルノ剣の諸元かラ、正確ナ全長ヲ算出でキます。鎧型ロボット……ゴーレム全長ハ5メートル26センチメートル。角状ノ突起部分ヲ含めルと5メートル59センチ。類推さレる総重量ハ5,700キログラムデす」
「えーっと、5メトルと半分……大きい! シガミーは、すっごくおっきい♪」
子供はえてして、大きな物が好きである。
「5,700……5・7トーン!? 駄目ですらぁん、潰されてしまいますらぁん!」
涙目のラスクトール自治領王族。
「いや、信じられないけど、平気みたいよ?」
鬼の娘が椅子を並べ、そのウチの一つに腰掛けた。
彼女は受付嬢だが、歴戦の冒険者だ。
巨大な敵に立ち向かう者。それを見る目に、熱が籠もる。
「本当だ……ニゲルさんは、ひょっとして本当に強いの?」
子供が見つめる、画面の中。
速度で圧倒され、膝をついているのは――
巨大機動兵器の方だった。
対峙していた青年(兵六玉)と、巨大機動兵器(行儀が悪い方のシガミー)に、差がつき始めている。
「あたしゃニゲルに、100パケタ掛けようかね♪」
木さじを手に興奮気味の、恰幅の良い女性。
彼女は青年が今も手伝いをしている、食堂の女将にして。
ガムラン最大LV到達者(シガミーを除く)である。
「えっ、ずるい! じゃあ、私もニゲルに100掛けますわ!」
掛けに乗る、ガムラン最凶。
「じゃあ、あたしは――シガミーに14パケタ!」
半端な金額は、子供の全財産ということなのだろう。
「じゃぁ私は――どっちにしようかな?」
子供や王女の側に控えていたメイドが、眉根を寄せる。
「お嬢さま、ただいま戻りまし……なんですか、この有りさまは? 変異種はどうなりましたか?」
警戒態勢へ移行し、ギルドとの連携を図るため――
御神体から預かった通信装置などを届けに行った、侍女が帰ってきた。
ギルド中枢であるギルド長室は、最上階からみて十一階下にある。
階段に設置された昇降魔法具を使えば、ものの数分で行き来が可能だ。
「ごくろうさま。こっちが変異種で、シガミーの新しい体……でもあるみたいですわ」
リカルルが、映像の中の巨大武者……鉄の塊を指さし――
「シガミーの新しい……体?」
侍女が、古いシガミーの体を見て――卒倒した。
「レーニアッ!?」
気絶した幼なじみへ駆け寄る、リカルル。
「侍女長!?」
同じく元侍女長へ駆け寄る、新米メイド・タター。
鳥の仮面の侍女・リオレイニア。
彼女のこの反応こそ本来、幼女の現状に対する――正しい取り乱し方である。
「あらら、なんか大変なことになってなぁい? ルリーロちゃぁぁん?」
伯爵夫人に捕獲されたままの御神体が、身をくねらせた。
「そぉうでぇすねぇぇ、イオノファラーさまぁぁん?」
伯爵夫人の瞳に映るのは――イオノファラーを宿す、もう一つのデバイス。
椅子に座り揺らめく姿は、立体映像だ。
現在、イオノファラーは、十数センチの動く人形型御神体と――
立体映像を空間投影する、プロジェクションBOT(浮かぶ十センチの丸い球)の――
二つを同時に操っている。
煩型のリオレイニアの完全離脱。
その隙を好機とみた、暴れ型の二人(計三体)。
その目が怪しく、光る。
「迅雷、今すぐぅーこの映像おぉー、全ギルド支部のぉ女神像にぃー、ストリーミング配信してぇー♪」
立体映像が、浮かぶ棒に飛びつき――ガシリ♪
「ハ!? どうイうことでしょうか、イオノファラー?」
困惑の捕えられた棒。
「お楽しみわぁ、みぃんーなぁーでぇー、分かちあいたぁいじゃぁなぁい? けど変異種ってバレそうな所があったらぁー、映像おぉーリアルタイム加工しておいてねぇん♪」
ヴュザザジジィッ――♪
身振り手振りの度に、体を揺らめかす立体映像。
「ハ!? どうイうことでしょうか、イオノファラー?」
おなじ質問を繰りかえす棒。
「ばかね……ひそひそ……掛け金わぁ多いに越したことわぁー、ないでしょぉうがぁー?」
棒を睨みつける、立体映像。
「了解しマした。配信ヲ開始しマす。各ギルド支部長が了承すレば、ギルドロビーで、こノ映像ヲ見られマす……カヤノヒメ、この行為ハシガミーの復旧作業へ、悪影響ヲ及ぼシませんか?」
「いいえ、すでに状況は最終フェイズへ移行済みですので、多少の無理は問題ありませんわ」
「「ふぅーん?」」
ニゲルとシガミーの戦いを映す、映像の隅に――
ふぉふぉん♪
『女神像チャンネルLIVE』の文字があらわれた。
「では私は、シガミーさんに22パケタですわ、くすくす♪」
星神カヤノヒメのBET金額が半端なのは――
やはり猪蟹屋の手伝いで得た、全財産だからだと思われる。
彼女の小枝のような角――ぽこ♪
その枝葉に小さな、本当に小さな蕾があらわれた。
「じゃぁねぇー、あたくしさまわぁ――断然ニゲル! ニゲルに200いや400!」
美の女神が掛けた金額は、日本円にして600万円。
決して安い金額ではない。
「私わぁー、ニゲルに600!」
伯爵夫人が掛けた金額は、日本円にして900万円。
決して安い金額ではない。
「って、みんながニゲルに掛けたら、掛けが成立しないじゃありませんのっ!」
憤慨するお嬢様が――「ニゲルに追加で200パケタ!」
ちらつかせるのは、黄金の冒険者カード。
高レベル冒険者の証である、黄金色。
コントゥル家ご令嬢が掛けた合計金額は、日本円で450万円。
「くすくすくす?」
含みを帯びる、微かな微笑み。
ぱぁぁ――自称星神の頭に、小さな花が咲いた。
すると、元侍女長が眼を覚ました。
「むにゃやっ? 何がなにやら、さっぱりわかりませんがぁ。それでも、私は――シガミーへ301,700パケタ!」
恐らくは、彼女の全貯蓄と思われる。
差し出されたのは――金色の冒険者カード。
仮面の奥、隠された瞳は見えない。
冒険者カードには高額決済のための、サブ機能が備わっている。
約30万パケタを日本円に換算するなら、約45億円。
超高額な稀少素材が頻出する、魔物境界線ガムラン町。
そこを拠点にする冒険者は――
レア素材による収入も、レア装備による支出も大きくなりがちではある。
「それにしたって、レーニア? これでもし、シガミーが勝ちでもしたら――」
計算のための薄板を指で弾く、リカルル。
その顔が青ざめた。
「ざっと135万パケタ! 豪気どすなぁー、ケェーッタケタケタケタケタァ♪」
笑う伯爵夫人にして、妖怪狐。
興奮のあまり京都訛りが出ている。
§
ドッギャドッギャドギャギャギャギャァァンッ!
鉄の体も悪くねぇ。
ちいと重いが重いなりに、さばくことは出来る。
場合によっちゃ、こうして――
生身の体よか、自由が利く場合もある。
ふぉふぉん♪
『スラスター点火:5秒』
シュゴゴォォォォォッ――ォォォォォッ、ッガァァァァァァンッ!
背中から突き抜ける衝撃!
吹き飛ばされた体が、打ち出された太刀を――――追い越した。




