36:魔剣イヤーイ使い(幼女)、姫さんと殿さん
「シガミー!」
どっがっ!
「いって、あぶねえ、怪我すんだろうが!」
あんまりはしゃぐな、レイダ!
ここは天守閣がねえが、城に見えなくもねえ石造りの建物の中。
「心配したんだよ。シガミーは目をはなすと、すぐに爆発するんだから!」
「いや、まるでウケねえもんだから、もっと力ぁ込めなきゃって思ったら――込めすぎちまった」
「剣で瓶とか、お鍋を、お野菜みたいにスパスパ切るから、おどろいて声も出なかったのよ!」
どかりと、そばにあった椅子に座るレイダ。
その眼差しが、おれの手にピタリ。
おれの両腕には包帯が巻かれている。
「(やっぱり、魔術はまだ使えねえのか? 真言のせると、両手が燃えちまう)」
「(シガミーの現在のLVは4です。まえに聞いたレイダの話によれば、LV7を越え、森のクエストを受けるようになれば、すぐに魔術が使えるようになるはずです)」
シャァァァァッ――――扉のない入り口を覆っていた大布が、横にひらかれた。
「シガミーちゃぁん、シルバーバックルを魔剣で真っぷたつにしたって、ほ・ん・と・お?」
白装束……白い給仕服に身をつつんだ狐耳が、とびこんできた。
「(汁刃爆る?)」
「(シルバーバックル、きのう切った白銀の盾のことです)」
「あーありゃ、魔剣じゃねえよ……ただの鉄の刀……おれがもと居たとこの、ふつうの剣だ」
「え? ただの鉄の剣?」
狐耳の大きな耳がピクリと動いてコッチを向いた。
「ひょっとして、それってそれってぇ――このあいだギルドの鉄柱をブチ切ったってやつぅー!?」
レイダをそっと押しのけ、はい寄る狐耳。
今日は、パリッとしたギルドの制服じゃねえから、物腰が柔らかく見えねえこともなかったんだが――
「はぁはぁ、わ、わたくしも盾とか鎧とか聖剣とか、あと魔物とか魔王とか、いろいろ切れるんですぅよぉう? はぁはぁ――――ガシリ」
ひめさんの手が、壁にかかった細剣をつかんだ。
ぎらぎらとした、月の光をたたえた瞳。
その目を昼中にするなって、言ってんだろうが!
「まてまて――」
おれの居合刀は、とうぜん取りあげられちまってる。
そのとき――――シャァァァァッ!
「そこまで! 公の御前である!」
扉がわりの大布がひらかれ、大勢が部屋に入ってきた。
「あら、お父さま」
われにかえる狐耳。
ん、父上ってこたぁ――――!?
「へへぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!」
おれはやわらけえ寝床に、ひれ伏した。
§
やっぱりここは、狐耳が住んでる家らしくて、使用人の数も衛兵の数も、やたらとおおい。
しかも、いまは殿さんまで逗留中で、護衛のそりゃあ物々しいのがゴロゴロしてる。
戦闘狂の(うたがいがある)狐耳が浮き足だつのも、しかたねえかもな。
「では、こちらの魔剣の製法を伝えたのが、アーティファクトというのは、たしかなのだな――?」
豪奢な箱に入れられた、おれの小太刀が、兵士の手で運ばれてきた。
殿さんのあたまのうえに狐耳は生えてなくて、ちいと残念だった。
けど話してみたら、殿さん……ガムラン町……なんとか藩の藩主は気さくな名君だとわかった。
「(コントゥル領のラウラル・ジーン・コントゥル伯爵です)」
殿さんは、そんな名だったな――――
居合刀の作り方は、日の本生まれなら、なんとなくわかる。
それをあの捨ててあった鉄の棒で作れるよう指示したのは、まぎれもなく空とぶ棒だ。
「――へえ、そうでござる」
「「「「ござる?」」」」
「(大和言葉の一部は訛りにきこえるようです。私やイオノファラーの話す言葉……訛りのない、みやこ言葉をお使いください)」
「――おう。いや、はい。そうで……す。へへぇー」
寝床に這いつくばる。
「伯爵さま。シガミーはまだ小さくて、礼儀作法もできないのです。おゆるしを」
レイダがおれを、かばってくれている。
けど、すこし馬鹿にされてる気もする。
「伯爵さまにオかれましてワ、ご機嫌麗シく」
棒が殿さんのまえに進みでた。
「そなたが――たしか迅雷ともうしたか。その洗練されたすがた、さすがはイオノファラーの眷属であるな」
いや、その形は独鈷杵って法具を真似しただけで、そこまで煌びやかなものではねえんだが……。
「シガミーは孤児で記憶がありマせんでした。哀れに思ったイオノファラー神にヨり私、迅雷がつかワされたといウわけです」
「おお、なんと慈愛に満ちたことか――」
なんて言った殿さんほか全員が、組んだ手を鼻先に押しつけはじめた。
もと坊主のおれが言うのも何だが――なんか怖えな〝五百乃大角〟信仰。
なんせ、「めしを食うために、この世界を作った」って、豪語するヤツだからなあ。
「(上位権限により非公開です。それとイオノファラーです)」
逗留/旅先に短期間、滞在すること。
戦闘狂/命がけの戦いに情熱を注ぐ人物。




