356:龍脈の回廊、二つの巨影
ぼごごごごがっがががぁっぁあっぁぁあぁぁん!
地中から飛びだす巨大な影。
それは天高く舞いあがり――ぶわさささぁぁぁぁっ♪
弧を描くように翼をひろげた。
形はまるで、アルファベットの『Q』のよう。
「こんどは――鳥かっ!」
安物の聖剣の、柄と鞘をつかむ青年。
この剣はいつも錆び付いていて、力を込めないと抜刀できない。
彼の上空、約50メートル。
高さにして、彼が元いた世界の女神像全長ほど。
羽ばたきもせず、まるで無人飛行機のように漂う巨獣が――
クッケェェェェェェェェェェェェェェェェッツツツツツツ――――!!
びりびりびりびりびりっ――――あまりの鳴き声の大きさに、倒れる青年。
「ぐっ――たまたま耳栓してなかったら、気絶してたかも知れない」
上空の鳥を睨みつける彼の――勇者の歩み。
神速を誇るそのスキルには――加速するための直線が必要になる。
敵の間合いまで届く足場は、空中にはない。
「いや――――あるっ!」
いろいろあって流れ着いた、ガムラン町。
魔物境界線でスーパールーキーと持てはやされつつも今まで、その実力の一端すら披露することがなかった。
いま彼の視線の先にあるのは――巨大な鳥へのパスポート。
「うにゃみゃぎゃにゃぁ――!?」
掘り当てた鳥に、吹きとばされたらしい黄緑色だ。
フッ――青年の姿が、消失する。
抜刀から納刀までの間がない、その神速。
大地を蹴り――
猫の魔物を蹴り――
垂直に――加速する!
「ッチィィィィィィィィィィェェェェェェエエエエエエエエエエェェェェえぇぇぇぇっぃぃぃぃいぃいいぃぃぃぃぃいっっぃぃいいぃぃいいいぃィィィ――――――――――――!!!」
ザギィィィィィィィィィィィィン――――♪
鳥の首を寸断する、安物の鍵剣セキュア。
凄まじかった気迫に反し、巨鳥は血の一滴も吹き出さず、落ちていく。
討伐戦は、あっけない幕引きとなった。
「あれ? 斬れちゃった! まあ変異種って言っても、大きいだけの動物だもんなぁ――」
彼が屠ったのは、仮にも変異種である。
この台詞を、彼の思い人に聞かれなかったのは、僥倖と言えよう。
空中で剣を納め、姿勢をととのえる青年。
仮にも勇者として召喚された彼には、造作もないことではある。
ぼごごごごがっがががぁっぁあっぁぁあぁぁん!
爆発する、地面に開いた穴。
ぼごごごごがっがががぁっぁあっぁぁあぁぁん!
「えぇー、さっきおにぎりが試し掘りした――――!」
どうやら、鳥が出たのは三つ目の穴で――
その一つ目、二つ目にも――
モ゛ッゥゥゥゥモ゛ォォォォォォォォッォォォォォ――――――!
ブヒゥブヒィィィィィィィィィィィィィィィッィィ――――――!
次々と地中から飛びだすのは――巨大なだけの動物だった。
「ふぎゃみゃにゃ、ごぉごごぉぉぉーーーー♪」
青年に蹴られた猫の魔物が、嬉々として――下を向いてクロール。
それは次々に出現する追加の〝巨大動物〟を、掘り当てる気満々な――その姿勢。
「ちょっとまっておにぎり! ストップ! やめて、ほんとやめてぇーーーー!?」
青年の叫びが聞こえたのか、魔物はくるくるくるるるん♪
地中へダイブするのを止め、ぽっきゅりぃーん♪
と地上へ降り立った。
モ゛ッゥゥゥゥモ゛ォォォォォォォォッォォォォォ――――――!
ブヒゥブヒィィィィィィィィィィィィィィィッィィ――――――!
「むあにゃみゃにゃ、みゃんにゃみゃん♪」
ふぉふぉん♪
『おにぎり>どちらも突進系だもの、チョロいんだもの♪』
そう言って、慌てた様子で青年に駆けよる猫の魔物。
「どうチョロいのかわからな――ぽぎゅごかん♪」
元スーパールーキーは着地するなり、魔物に蹴り返された。
「――――亀に鳥に牛に猪ぃ、ぜぇーんぶ食べられるヤツ、ばっかりだよねぇー!」
そんな嘆きが、深い森に木霊した。
§
月の光が蕩蕩と、辺りを菫色で満たしていく。
化け猫は腰を落とし――得物にしてはやたらと太短い、巻物を水平に構えた。
§
「はっ!? いまなにか! たしかに、なにかおいしそうな気配がぁ!」
何もない明後日の方向を見つめ――じゅるりと口元をぬぐう御神体。
「ど牛マ猪タ? イオノファラー?」
試食代わりの昼食も済み、ふたたび活気を取りもどす諸々会会場。
「低警戒度のバリアントを検出、低警戒度のバリアントを検出。ただちに調査ならびに迎撃行動を――――♪」
それは、最上階に轟く大音量――――ピタリ。
飛んできたリカルルが――暖炉の上の調度品に、手を伸ばしたとき。
けたたましい声が止んだ。
怪訝な顔の令嬢と――何かを察知した御神体の視線が交差する。
「検出された低警戒度のバリアント反応、消失しました。検出された低警戒度のバリアント反応、消失しました。該当領域の管理者は、すみやかに関係各所へレポートを提出してください」
察知された変異種の反応が、消失したことを知らせる――けたたましい声!
近くに居たリカルルが――「ぎゃひぃん♪」と嘶く。
「なんだいなんだい!? ……もう終わりかい?」
木さじを手に駆けつけた、前掛け姿の女将。
「どうやらそのようですわ、くすくす♪ ニゲルさんは本当に優秀です――ニャン♪」
しゃらあしゃらと金の髪をなびかせ、猫耳メイド・カヤノヒメもやってきた。
「いいえっ、まだニゲルと決まったわけでは、無くってよ!?」
どうしても、彼の剣の腕を認めたくない令嬢が、鬼の形相で――
青板をとりだし、通話アプリをタップした。




