353:龍脈の回廊、怪談猪蟹屋とギルド長つうこんの極み
レイダが饅頭を裏返してみせると――
饅頭の裏側がまるで、丸茸を押しつけたように凹んでいた。
「そ、その形! まさかっ――!?」
「イオノファラーさま!?」
驚愕する仮面と金槌。
「ぷはははっはっ――そのふてぶてしい顔! まちがいねぇ、イオノファラーさまぜ!」
「ぷっふふふうっ――っていうか最上階で、本日の準備をなさっているはずでは?」
緊迫した空気が砕け散る。
テーブルの上を必死に探すが、そこに愛くるしい……いつも食べすぎてはくるしいくるしいと嘆く、美の女神御神体の姿はない。
「「「「あれ? 居ない?」」」」
全部の物を、テーブルから持ち上げるも――
ソコには何もない。
コトコトコトッ――コトットン♪
響く足音は、まるで「おかわりおぉー、およこしなさぁい」
と言っているようで。
「不気味だが――怖くはねぇな」
「不気味ですが――怖くはありませんね」
「きゃははははっ♪ 面白いねっ!」
「な゛んか居るんでしょ!? はや゛くどっか行って!」
ただ一人逃げ腰の鬼が、両手足をワチャワチャ蠢かせた。
§
「テンプーラ号、その棒はコチラらん」
子馬のような生物(生きてはいないが)へ向かって、手を差しだすラプトル王女。
「ひっひひぃぃん? ひひぅん?」
ぽっきゅらぽっきゅらら♪
立てかけてあった棒をくわえた子馬は、少女メイド・タターの元へはせ参じる。
「あーもー、こっちじゃなくて、王女さまのところへ行ってあげてください」
にげるメイドの尻を、追いかける子馬(成体サイズ)。
横になった棒の端が、木箱に激突する。
「懐かれましたらぁん」
おなじくメイド姿の女性。
眼鏡を掛けており、どこか立ち振る舞いに品がある。
子馬で戯れ……メイドで戯れる子馬へ、ジトリとした目を向けた。
「ひひひひっぃぃん!? ぶぅるるるるっる!?」
ガチャガチャガチャン――パリーン♪
視線に怯えた図体の大きな子馬が、蹈鞴をふんで周囲の物をなぎ倒す。
「「ああもう!」――らぁん!」
ここはギルド5階の、広い通路。
散乱したガラクタを、片付ける二人。
慌ただしい周囲をよそに、彼女たちは黙黙と散らかった(散らかした)荷物を片付けて――――「ひひひぃぃん?」
ぽこすん♪
「あっ、こらっ! 変なものを食べるんじゃ有りません!」
目のまえで子馬が、ちいさな木箱を丸呑みにすれば――
「「こらっ、ぺっしなさい、ぺっ!」」
メイド二人が舌を出すのも、無理からぬことであろう。
彼女らは身分や生き方は違えど、ここ数日寝食を共にし――
おなじ『監督不行届き』の襷を、袈裟懸けにしている。
「アナタのお腹には新開発の自律機構が、みっちり詰まってるらん!? どーいうことなのらぁん!?」
不可解な物を見るような目で、子馬の腹をさする王女。
だがこれは、簡単なことだ。
子馬の設計製作者である、ラスクトール第一王女ラプトル姫――
狂信的な魔導工学者のあずかり知らないパーツが、存在していただけである。
もちろんその部品、軍事転用可能な精度を誇る〝全天球レンズ〟を作ったのは――
悪鬼羅刹とまで言われた、日の本の元僧兵――
行儀の悪い方の旧金髪幼女だ。
「おや、アナタ方はコチラにおいででしたか」
靴音を響かせ、やってきたのは――
「「ギルド長――さん」――さまらん」
姿勢を正すメイドたち。
「さまは止してください、王女殿下」
はらりと解れる長髪。
少女メイド・タターの頬が、朱に染まる。
そう彼、レムゾー・クェーサー(39)は――
とても凜々しく優形で痩せ型の、イケおじであった。
彼はレイダ・クェーサーの父親であり――
当然、『監督不行届き』の襷を、袈裟懸けにしている。
「この戒めは、全面的に私が背負うべき物であり、あなた方に否はありません」
首を垂れる、顔とスタイルの良いギルド長。
眼鏡は掛けていない。
「いいえ! 場合によってはレイダちゃんに、危険が及んでいたのですから――当然です」
パンと、よれていた襷を張る少女、ネネルド村出身。
「そうですらぁん! この子にも、キツく言って聞かせますのらん!」
パンと、子馬の尻を張る王女殿下、央都自治領出身。
「ひひーん? ひぃん?」
やり返しこそしないものの、王女の背中を鼻で押し返す――
黄緑色の夏毛の子馬(等身大)。
「しかし君は、とてもカワイらしいですねぇ」
子馬に近寄り、その長い顔をなでるギルド長。
彼はこの子馬、〝天ぷら号〟が未知のアーティファクトで出来ていることを、知らない。
「では私も、山積みの仕事がありますので、コレで失礼いたしますね」
「「はい、ごきげんよう」――らぁん」
腰を落とし、片足を引くメイドたち。
靴音を響かせ、去っていくギルド長。
彼がこのとき眼鏡(アーティファクト)を掛けていたら、事態は風雲急を告げ――ていたのかも知れない。




