350:龍脈の回廊、一本角と眼鏡とカフスボタン
「オルコトリアッ――!」
そんな高貴な同僚の声が聞こえたのか――
肩を落として歩いていた、一本角が上を見た。
「ぎっやっ!? なにごと――――!?」
驚愕の鬼娘。
いつものギルド制服や、冒険者姿ではなく――
こざっぱりとした、ドレスのような服を身につけている。
鬼の口がいつまでも塞がらないのは、無理からぬことだろう。
降ってくるのは、ガムラン最凶受付嬢リカルルと、ギルド長の娘レイダ。
それと見覚えのない大きな子馬と、新人メイドのタター。
そしてさらに――不規則な軌道を描く魔法杖に翻弄される、魔神の再来。
「「「「うぉわぁあぁあぁあぁぁ――――!?」」」」
鬼娘に駆けよるのは、驚愕の鍛冶工房数名。
飛び散るガラスは、大気に溶け――
割れた窓を再構成した、窓枠が光った。
「おおーっ♪ 自己修復魔法具が、動いたぞぉー!」
「「「うぉぉぉおぉー」」」とよろこぶ、小柄な職人たち。
「こらっ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 蘇生薬持ってたら用意して!」
ごきりっ――ごきりっ、ばきばきばきょ!
骨の鳴る音。
両腕両足が倍に膨れあがり――
大柄な体躯が巨大化した!
一本角がバキリと伸びる!
パリパリリッ――――放電する角。
ぐぐぐぐ――どかん!
かがんだ体を一気に伸ばし、跳躍する鬼。
「たまの休日に、なにやってんのアンタはっ!」
鬼が、令嬢を抱きとめた!
「ふ、不可抗力ですわよ! それに、そっくり同じ言葉をお返し甚しますわっ! あぁ、もっと向こう!」
抱えられたガムラン代表受付嬢が、必死に手を伸ばした。
「よし、捕まえた! もう大丈夫ですわよ♪」
子供の足を捕まえ――たぐり寄せ抱きかかえた。
鬼>最凶>子供の――
親亀の背中に子亀、子亀の背中に孫亀状態。
「きゃっ、きゃやぁぁぁぁあぁあぁっ――――り、リカルルお嬢さまぁぁっ!?!?」
主人を助けたいものの、不規則な杖の動きを押さえ込むだけで精一杯。
「タターさん!」
子供が必死にメイドを抱きかかえようと、手をのばすが――
「当家のメイドは、自分の身は自分で守れますわ! あまり動くと落ちてしまいますわよ!?」
ぎゅっと子供を押さえ込む、甲冑姿。
「ひひひん? ひひひぃん?」
留め具は、いまだ外れない!
子馬が嘶き? ジタバタと足を動かした。
「ああもう。こら、お馬……てんぷーら号! アナタ、当家の者に擦り傷ひとつでも付けてご覧なさい? その首、落としますわよ?」
馬の耳に脅しをかける、ご令嬢。
彼もしくは彼女は、とてもお利口だった。
子馬がさらに大きく、ジタバタするうちに――ぽすむん♪
少女タターを、背に乗せることに成功。
「きゃぁあぁあぁあぁあっ、あぁあぁぁっ!」
前後逆だが、必死にしがみ付くタター。
「ひひひぃん? ぶるるるるん?」
落ちていく、子馬とメイド。
「ねえ、リカルルさま、〝テンプーラゴウ〟ってなにっ!?」
好奇心の塊と化す子供の髪が、フワリと持ちあがる。
ジャンプした勢いがなくなり、落下を始める鬼。
「アナタたちがギルド中を走り回っているあいだに、カヤノヒメさまから聞きましたのよ」
「カヤノヒメさまと?」
ごそり、甲冑の胸元から取り出したのは――丸茸……もしくは根菜の御神体。
「まだ繋がっているようですので、どうぞ」と、レイダの耳に押し当てるリカルル。
「――レイダさんですか? カヤノヒメです。それはお馬さんのお名前ですわ、くすくす?」
「わ!? イオノファラーさまから、シガミーの……カヤノヒメさまの声!?」
目を丸くして面白がる、子供。
「――おにぎりにちなんだ名前がよろしいと言うことになって、シガミーさんの故郷のお料理〝天ぷら〟から取らせていただきましたの、くすくすくす?」
半開きな上に白目までむいた、御神体。
〝美の化身〟の化身には、とても見えない。
「アンタたち――そろそろ下に着くから、口を閉じて!」
鬼の娘の言葉にそっと下を見る、お嬢さまとお子さま。
先に落ちたはずの子馬が――ぽっきゅむむぎょぽぉん♪
と飛びあがり、再び空へ舞いもどる!
「きゃぁぁあっぁあぁぁっ――――!?」
少女タターは叫び続ける。
「あっぶなっ――――!?」
身をよじり躱す、オルコトリア。
「ふう、タターもなんとか無事ですわね。まぁ、おにぎりの親戚みたいなのでしょうから――心配はしていませんでしたけれど――ほっ♪」
先に落ちた使用人の無事を確認し、安堵の息をつく名物令嬢。
どっずうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅうん――――ゴッバギャァッ!
新ギルド屋舎前、突き刺さる筋骨隆々。
「みなさまー、ご無事ですかー?」
暴走した魔法杖を御し、楚々と降りたつ鳥の仮面。
ガヤガヤと集まっていた人垣が――魔神の再来と謳われる、給仕服の登場と共に散っていく。
ぽきぱき――ふしゅるるる。
倍化していた筋肉が、その血を開放する。
巨躯を駆る一本角の麗人が、元どおりの太さになった。
脱力し尻餅をつく麗人。
美しい顔の鬼が、角を縮め――
リカルルを開放した。
「リカルルさま、降ろして!」
もがく幼い少女。
「さぁて、どういたしましょうかしら?」
そう言って、180度回転。
ソコに立っていたのは――
「こらっ、レイダァ! いつもはシガミーの影に隠れていて、目立ちませんでしたが――今日という今日は、お説教をします! いいですね?」
ギュギュギュギュィィィイィィィィィィィンッ!
ギルド長の眼鏡は、アーティファクトである。
興味の対象をよりくわしく調べるときと、感情が高ぶったときに〝摘み〟が激しく動く――謎の仕様。
ジタバタともがく子供を、しっかりと親元へかえすリカルル。
泣きわめく少女を抱えたギルド長の、長髪がはらりとほつれた。
「ギルド長も男手ひとつで、大変ですわねぇ――」
去って行く男の背中には、哀愁が漂っていた。
連日のギルド屋舎破壊――ぽっきゅらぽっきゅら♪
娘の教育――ぽっきゅぽっきゅむ♪
なぜかあとをついていく、間抜けた子馬の爪音と――
「お嬢さま!? あの降ろしてください! これ、外れないんですけど!」
厄介ごと(特に黄緑色関係)に巻き込まれやすい、メイドの叫び声は――
ギルド会館を下から上まで、響き渡ったという。




