349:龍脈の回廊、子馬包囲網
「そこの馬! 止まれぇーい!」
威風堂々とした声音が、超ギルド会館6F廊下へ響き渡った。
ここは多少ひらけていて廊下の片側は、なかば道具置き場のように使われている。
シィ……ン――――ぽきゅぽきゅぽっきゅら♪
張りつめた空気をぶち壊していく、間抜けた爪音。
「えぇー? だぁれぇー?」
なにせ、子馬の首は太い。
レイダから正面は見えない。
「よいしょ?」
馬の首にしがみついたまま、上半身を横にずらし前を見る。
点在する、要らない木箱や分類前の本、要修理の壊れた道具。
それらをかき集めて作られた、バリケードまでの距離は数十メートル。
「衛兵さんだっ! どうしよう、お父さんに怒られる!」
青い顔の子供は――ポケットから取りだした帽子を、目深にかぶった。
通路に陣取り待ち構える、衛兵たちの数は10名を超えている。
すでに大事だ。
「レイダちゃぁん、とまってぇー!」
悲痛な声の主は、袖の留め具を子馬の尻尾に引っかけている。
メイド・タター。ネネルド村出身の新米メイドは、涙目だった。
帽子の首紐を顎にかけながら、子供がうしろをみる。
「うん、そうだね! はやく止まらないとね……安全な所で!」
はいやぁぁ――ぺちり!
それは威力のない、子供の平手。
それでも子馬へ意思を伝えるのには、十分だった。
「ひひひひぃん? ひっひひひいひひひぃぃん!?」
子馬は嘶き? 加速する!
「こらっ、止まらないか!」
横から網を投げてきた衛兵に対し――「ひひぃん?」
ゴドガッ――「ぐわぁ!?」
手前に置いてあった踏み台を蹴飛ばして、網を防いだ。
「「いまだっ――!」」
ピンと張られたロープは――ぽっきゅらっ♪
難なくジャンプ!
「「突破されたぞー!」」
子馬は見た目に反して、とてもお利口だった。
ぽきゅらら、ぽっきゅらららららっ――――!
子馬、実に軽快な走り。
コワァーン!
「あー、あー、コホン♪」
カブキーフェスタの催しでも使われた、拡声の魔法具。
その声は、子馬のすすむ先。
陣頭指揮をとる高貴な人影から、発せられている。
「こら〝レイダ〟ならびに〝てんぷーら号〟。とまりなさい! これ以上の暴走は、この私が許しませんよー!」
派手な甲冑姿。
取りいそぎドレスを着替えず、上から甲冑を身につけたのだろう。
いつにも増して、派手さが際立っている。
「ぎゃっ――お嬢さま!? レイダちゃん、いますぐぅー止まってぇー!」
お屋敷を首になったら、故郷の村が路頭に迷いますぅー!
全開の泣き言が、通路に木霊する。
「ありゃりゃ、もう私だってバレてたのか……けど、〝テンプーラゴウ〟ってなんだろ?」
小首をかしげる子供。
おなじく大首をかしげた子馬が、軽快に大ジャンプ――――ぽっきゅむぽぽぉぉん♪
「ぎゃぁぁぁあ! レイダちゃん! か、壁は走る所じゃ、ありませぇんよぉう――――!?」
ガムラン最凶と、その他大勢を大きく迂回し――
バリケードを突破した。
ぽきゅらら、ぽっきゅらららららっ――――!
実に軽快な走り。
子馬にまたがる子供と――引きずられるメイド。
「レーニア! あの子のカフスは……特別製なんですの?」
メイド見習い、少女タター。
彼女は以前にも、やはり給仕服の留め具が引っかかり――
おにぎり一号の爆走に、巻き込まれたことがある。
「いいえ、数種類の形から選べますが――私が付けている物と変わりはありません」
鳥の仮面の元侍女長が――
大きな太杖をポケットから取りだし――
ヴォヴォヴォヴォォォン!
子馬へ向かって、力一杯投げた!
一直線に飛んで行く――魔法杖!
手をはなれた杖が一瞬、速度をゆるめる。
その隙に駆け足で近より、持ち手のあたりをつかみ直す――
ガムラン一の(隠れ)モテ女。
彼女、リオレイニアの持って生まれた、その美貌。
仮面なしに出歩こうものなら、ありとあらゆる異性が彼女に恋をするのだ。
いや、日頃のリカルル嬢の言動から、美貌は同性にも作用しているようで。
現にパーティーメンバーである、シガミー(行儀の悪い方)、レイダの両名も、彼女の素顔に心を奪われたことがあるし――
美の女神も、彼女を一目で見初めた。
才女にして、生活魔法並びに高位の魔術使い。
その本性は――性別問わず、女神をも魅了する素顔の持ち主だ。
「レ、レーニアァ――――!?」
悲痛な声に振りかえるレーニア。
その瞳に、甲冑ドレスの姿が映った。
「お、お嬢さまっ!? あ、危ない――――杖よ!」
ヴォヴヴォヴヴォォォォォンッ!!!
急停止する杖――に、しがみ付いていたリカルル嬢が、すっぽ抜けた!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――!?」
彼女リカルルは、抜けない聖剣を腹いせに寸断する――
異常なまでの行動力を、備えている。
以前は〝聖剣切りの閃光〟という高等魔術由来の魔眼で――
現在は生まれ持った日の本の稲荷由来の〝狐火・仙花〟で――
圧倒的な攻撃力も有している――が。
その無限に近い攻撃レンジは――光学的だ。
彼女自身が持つ先制攻撃スキルをもってしても――物理的な間合いは精々、豪剣士の数倍。
「レーニアァ――――コォン!?」
ぼぼぼぉ――――ぼわっ♪
口から目から鼻からも――仄暗い狐火をまき散らす。
つまるところ、ガムラン最凶だって肉体的には常人の数倍。
それを越える慣性に抗うことは出来ないようで。
じたばたと藻掻く狐火まみれが、子馬を追いこし飛んでいく。
ここにニゲル青年が居たならば――物理現象をねじ曲げ命に替えても、その御身を守ったのだろうが。
どがっしゃぁぁぁぁん――――――ぱりぱりぱりりぃぃぃん!
「お嬢さまっ!!! 杖よ――――!」
ヴォヴォォォォ――――ヴヴヴヴヴゥン♪
ふたたび杖を飛ばし、駆けだす仮面美女。
こんどは手を放さず――つまり全開の勢いに、引っぱられている!
「くくくぐっ――――!!!」
杖は彼女を、彼女は杖を――――加速する。
その視線が一瞬だけ、握った杖を見た。
「きゃぁぁっ――リカルルさまぁ!」
杖の向かう先から、子供の声。
「ひひぃぃん? ひひひぃぃん?」
子馬の疑問に満ちた嘶き。
ぽっきゅらぽっきゅらぽ!
割れた窓へ駆けよる――黄緑色の子馬?
希代の生活魔法使いにして、魔神の再来と謳われる美女が――顔をあげた!
「――――きゃぁあっ!?」
ヴォヴォヴォヴォォォォンッ――――ぎゅぷばが!
急発進からの急制動――からの急加速。
制御不能に陥った杖が、子馬の尻に激突した!
子馬は弾き飛ばされ、レイダもろとも――割れた窓から飛びだした!
「「「きゃぁぁぁぁぁぁっ――――ひひぃぃっぃん!?」」」
落ちていく諸共。
いまココに、女神関係者シガミーが居たならば――
この状況でも――最適なムーブで、切り抜けたことだろう。
だが、彼女たちの真下に居たのは、しょぼくれた様子の鬼娘だった。




