348:龍脈の回廊、化け猫のしくみ
だるい。そして生暖かい。
化け猫の中は、映し出される文字の灯りで――
幽かに明るい。
けどソレも、じっとしてたらだんだん弱くなり――
やがてうっすらと見えるだけになった。
起きてるのか寝てるのかわからない、微睡。
ふかい暗闇の中、色が見えた。
斑のような、些細な濃淡。
そこへ意識を向けると――
それは、化け猫みたいな形になった。
これは……おれか?
もうひとつ、色斑がみえた。
暗闇の中にある黒。
茶色がかったそれは――人の形。
ぼんやりと光る長い棒は――手にした剣のようにもみえる。
なんだこりゃぁ、夢かぁ? 夢だな。
なんか、ずっと遠くの方には――走る馬みたいな斑も、見えるしな。
すやぁすやぁ――――なんて心地の良いことか。
ずっと、いくさ場に身を置いていた身としては、鈍にも感じる。
けどそれが良い。
ぽぎゅるん♪
「うわ、うるせぇ!?」
なんだぁい――!?
妖怪の鳴き声みてぇなので、起こされた!
暗くなっていた目のまえの文字が、光を取りもどす。
ふぉふぉん♪
『FATSシステムメッセージ>目の前に 表示される文章を 声に出さずに 頭の中で 音読してください』
「はぁ? どういう意味だぁ」
体を起こし辺りを見るも、その文字のほかには――
隅で小さくなった、地図しか見えない。
ふぉん♪
『ヒント>一冊の本があると想起してください』
「本だぁ? どこにある?」
もう一度、あたりを見わたすも、やっぱり何も無い。
かたん。
ふりむくと、簡素な台が置かれていた。
なんだ? この暗闇で、なんではっきりと見える?
「よっこらせ」
立ちあがると、地面が平らだった。
閉じ込められたのは、足場が悪い階段のはずだ。
ぽっきゅぽぎゅと、台に駆けよる。
「こりゃぁ、俺がお山で使ってた文机みてぇな形だな」
ひとつ角が欠けてて、木枠の足がひび割れてる。
「……いやまて、こりゃ本当に俺が使ってたやつじゃんか!」
ひっくり返してみたら、裏に『猪蟹』が書いてあった。
「どーなってやがる?」
化け猫、つまり俺が机のまえに座ると――
ひとりでに、すぅーと引き出しが開いた。
自分たちで作った簡素な机の引き出しが、こんなになめらかに開くことはない。
中には巻物ひとつ。
マジック・スクロールとは違う、太巻きの文書が入ってた。
「外題がねぇぞ、密書かぁ? いやちがうな、封がされてねぇ」
紐をほどいて、しゅるりと引っ張り、中を見た。
『一膳の机 引き出しには 一本の巻物 その中には こう書かれている』
どう書かれてやがるってんだ?
押え竹にくるくると巻き取りながら、先をすすめるが――
「おい、何も書かれてねぇじゃねぇか! まさか、あぶり出しか?」
こんな暗くて狭ぇ所で、火起こしなんぞ出来るかってんだ。
仕方がねぇから、もうすこし先を読んでみる。
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』。
『何も 書かれていない』と書いてあった。
「馬鹿にしてんのか?」
シュルルル、シュルルルッ――――
またしばらく文字がなくなる。
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』
「またあった」
そっくり同じ文面。
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』
シュルルル、シュルルルッ――――『何も 書かれていない』
かるく七、八回引き出すごとに、『何も 書かれていない』と書いてある。
「まておかしいだろ、引いても引いても終わりがねぇぞ――この巻物!」
うぉらぁ――!
おれは端をつかんで、巻物をとおくへ放り投げた。
投げてから暗闇で巻物を探すのは、大変かとも思ったが。
窮すれば通ず――巻物は暗闇に紛れることなく、灯火のように道を照らしていく。
暗闇に平らな地面が、どこまでも続いている。
その色は、墨を流したような漆黒。
巻物が放つ光が漆黒に、化け猫の影を落とす。
音もなく転がり、どこまでも逃げていく無限の巻物。
必死にあとを追いかける。
「まてよ、こいつぁひょっとしたら……こういう種類の地獄なんじゃぁ?」
そう思ったとき――がちん!
巻物の足が止まった。
半時……いや小半時くらいか。
全力で走り続けて、ようやく一巻き分。
およそ人の世にあらざる物だ。
慎重に巻物を掴んで、上下に振ってみる。
波が起きて、しゅるるるるると巻物の最後まで届いた――がちん!
随分と、かたい軸だな。
ばっさばさっ――――しゅるしゅるるるるっ――がちん!
やっぱり軸は、金属製らしい。
何度か遠閒から床に、ぶち当ててみたけど――
別に何も起こらねぇ。
この暗闇は、階段の前後を塞がれた場所ではない。
何かが、何かの目的で用意をした――はず。
なら、手をこまねいてるのは、時間の無駄でしかない。
それにいまは、どうせ化け猫の身だ。
無造作に近より、軸を拾いあげる。
それは、精巧に作られた――菩薩像か?
ふくよかな下っ腹の、人外の天女?
美しい造形。手元や背中に、小さな箱をたくさん持ってる。
「こんな仏像は、見たことねぇぞ?」
誰の手による像だ?
ひっくり返して菩薩の足を見るが、何も書かれていない。
巻物をすこし戻ってみると――
『ヒント>アナタのイメージ想起がカスなら、隆起出来ないってことよねん! ダイブオンすること、まかりならないわよ!』
わけがわからん。
結局ここは、何地獄だ?
「失礼ねっ! ココは地獄じゃないわよっ! ウケケケケケッケエケケケケケケケケケケケケケッ――――♪」
とつぜん口をきいた菩薩像が――
けたたましい笑い声をあげた!
窮すれば通ず/困り果て事態が行き着くと、予想もしなかった活路がひらける事。




