346:龍脈の回廊、バリアントと化け猫とゴーレム馬改
「ギギュ――――!!!」
青年よりも、猫の魔物よりも太い――亀の足。
それが凄まじい勢いで、突き出される!
「ふっみゃぁごぉう、みゃにゃごにゃ――♪」
ふぉん♪
『おにぎり>あたらなければ、へいきだもの♪』
「ぽきゅぽきゅぽきゅむぅーん」と亀の足を避け、果敢に突進する、猫の魔物(黄緑色)!
「ああもう、こっちは走り続けたあげく、おにぎりの背中で揺られて――疲れ果ててるってのにっ――――!!」
ドゴゴドゴゴゴドゴゴゴッゴォゴン!
舞う砂塵に、制服姿がのみこまれた。
ザッギィィィィィィィィィィンッ――――――――!!!
抜刀される〝鍵剣セキュア〟。
ガムラン町の鍛冶工房で作られた、参考価格2ヘククの安物。
廉価の理由は、怪力自慢の工房長をもってしても――
「持ち上げるのにコツが要る」と言わしめた――
超重量のせい。
攻撃力はたったの34だが、彼が手にすればソレは――
安物の剣のように、軽々と持ち上げられる。
きらめくセキュア――その正体は、聖剣のなれの果て。
ガムラン最強とうたわれる某伯爵令嬢により折られた、魔王討伐の必須アイテム(未使用)。
多少の心得がなければ、出来ない――
真っ向から打ち合うことを、避けるための構え。
それは巨大亀の足を、背後へ受けながした。
ドドゴゴゴゴォォォォンッ!
爆発する地面。足を止める亀。
亀の足は一本ずつしか、地を離れない。
先行する猫の魔物が、亀の甲羅下へ到達した!
ぽぎゅぎゅむっ――!
両手を地につけ屈み込む、自律型強化服おにぎり。
いままさに空圧を溜め込み――巨大亀を下から突き上――――フッ!?
おにぎりを陽光から遮る、影。
それは――――ドドドゴゴゴゴガガガガァァァンッ!!!!!
亀の頭突きだった!
「にゃみゃごにゃっ♪」
ふぉん♪
『おにぎり>くびがながいもの♪』
物置小屋で言うなら、数件分。
ガムラン町、旧ギルド屋舎でいうなら一階フロア程度。
新ギルド屋舎なら、地下五階猪蟹屋二号店店舗およびバックヤード程度(工場部分含まず)。
そんな巨体からは想像できない、亀の素早い動き。
蹴りをかいくぐれば――
上空から亀頭が飛んでくる。
ぽっぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅむむむんっ――――♪
直上からの頭突きをくらい、潰される猫の魔物。
その中身は、ほぼ空気だ。
押し込められた全長が、三分の二程度に――縮まっている。
「ああもう、ぽぎゅぽぎゅうるっさいなぁ――――チィィィィィィイェェェェェイイイィィイイィィィイヤァァァァァァァッ!」
動きを止めた亀頭をめがけ――突進する〝安物の聖剣〟使い。
その歩みは誰にも――ニゲル本人にも、止められない。
〝勇者の歩み〟スキルの詳細を知るのは、行儀が悪いシガミーだけだ。
§
「んあぁあぁ!? おい、なんだ!? 地揺れか――ニャッ!?」
棒をつきたて、耐える化け猫。
「まったく、誰の仕掛けかしらねぇが、おれぁちゃんと壁の模様を並べただろうが! さっさと道を、あけやがれ――ニャァ!」
どなってやったぜ――化け猫の声が重なるから、締まらねぇけど。
おれの声が届いたのか――――ゴゴゴゴッゴオッゴンゴン、ガッチャリ♪
模様が描かれた壁――『翼を広げた鷲のような動物』の壁画は、扉だったらしい。
向こう側には何もなく、コッチと同じような通路があるだけだった。
「これで先に進めるぞ。おい、さっきの地図を見せてくれ――ニャァ」
ふぉふぉん♪
浮かびあがる八枚重ねの、光の板。
その一番上のを、手に取る。
「んーっと、いま居るのがココで、下への階段があるのがコッチで――お? この先は階段まで通じてる――ニャァ」
よぉーし、手間取っちまったが、どんどん行くぞ。下にいきゃぁ、なんかあるだろ。
ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅ――化け猫は、薄暗い地下迷路を進んでいく。
§
「ひひん、ひひひぃぃぃぃん?」
嘶く子馬(成体サイズ)。
ぽっきゅらぽっきゅら――狭い室内の外周を、ゆっくりと歩く。
リビングの家具は、収納魔法具に仕舞ったのか、全て取り払われている。
「カワイイ♪」
「ギュチギュチ言わないだけでも、すごく良くなりました♪」
「――けど、どうして疑問形なんでしょう? くすくす?」
子供、メイド、首をかしげる幼女。
「それは、たぶん――単発型バレルの搬送経路を取り外してつくった、油圧式バランサーを利用して発声しているためらぁん」
ツナギ姿の王女。
四人は部屋の真ん中に立ち、子馬の動きを目で追っている。
「今度こそ完成!? これならきっとニゲルさんも、飛び乗りたくなるよねっ?」
なぜならそれは、〝自分が飛び乗りたくて仕方ない〟から。
その感情に突き動かされた子供が――
椅子を手に、子馬(成体サイズ)を追いかけ回す。
大きな背によじ登るには、椅子が必要になる。
「一応確認しますけれど、落下や暴走の危険は有りませんか?」
そう王女へ尋ねながら、レイダを――
うしろから持ち上げる、新米メイド・タター。
子供は椅子から手を放し――ぶらんと大人しくなった。
子馬には、木と革で作った鞍と鐙が取り付けられている。
「心配ないらん、私の呪文で起動した以上、私が睡眠中でも言うことをきくらぁん」
ぽすんと子馬の頭を触り、子馬の足を止める王女。
「ではどうぞ、レイダ。手綱はないから、首に抱きついてください」
メイドに大きく振り上げられ――子馬にまたがらせてもらう子供。
子馬(成体サイズ)の首は垂直にそそり立っているので、子供の小さな体でも苦労ぜずにしがみ付けた。
「わわっ、結構高い♪」
大はしゃぎである♪
「うふふ、怖くありませんか?」
はしゃぐ少女を見て、微笑むメイド。
「ちょっとこわいけど面白い♪ 面白い♪ 面白い♪」
「面白い♪」マシーンと化したレイダが、鐙をかるく押しつける。
間の抜けた早足――ぽっきゅぽぽっきゅぽぽん♪
「レイダ、せまい所で走っては、危ないですよ!」
慌てるメイドが、静止する間もなく――ヴッ!
取り出した細長い木の枝……魔法杖で玄関ドアの横を突く。
「ピンポロロン♪ ピンポロロン♪」
玄関ドアから廊下へ繰りだす――ぬいぐるみの子馬。
「ちょっとまって、レイダちゃん! お外はあぶないですよぉ――!」
追いかけるメイド。
「さてでは、重要なことを決めなければなりませんらぁん!」
「そうですね、王女さま、くすくす?」
部屋に取りのこされた二人が――ヴッ!
がたがたがたん、がたがったん!
テーブル、椅子、ホワイトボード。
かちゃかちゃがしゃ、かちゃちゃん♪
そして、お茶の用意。
「その大きな板は、なんですらぁん?」
紙束や、女神謹製の黒板を取り出した王女が、問いかける。
「こちらのフェルトペン……柔らかい筆記具で、字が書けますわ♪」
そう星の神が答えると、王女は茶の用意以外の全てを――ヴッ!
格納した。
キュキュキュキュキューッ♪
『子馬ちゃん』
まずホワイトボードへ書かれたのは、そんな言葉。
キュキュキュキュキューッ♪
『弾劾のゴーレム号』
負けじと王女のフェルトペンも、言葉を紡ぐ。
『おすしちゃん』
『贖罪のレイジングバレット号』
『てんぷらちゃん』
『煉獄のイエロウグリイン号』
『かきあげちゃん』
『狂瀾の』
交互に書き出される――何らかのせめぎ合い。
「王女さまは――どうしても修飾語を、付け足したいのですね?」
手を止める星の神。
「そういうわけではないのですらん。ただちょっとこう、恐ろしさのような物を名前にだけでも込めてあげたいのですらぁぁん!」
譲れない思いを打ち明ける、その眼差しは揺らがない。
「それはそれは、技師として立派な親心です……か? くすくす?」
その目がかすかに、困惑にゆがんだ。




