345:龍脈の回廊、子馬と低警戒度バリアント
「ポポポーン、ピピピピッププンッ――ギュギギィギギチッ♪」
その場で、足踏みをはじめた馬が――嘶いた。
リビングの椅子やテーブルは、片付けられている。
散乱していた部品も、ひとつも残ってない。
「動いた? できたの!? やったぁっ♪」
室内で跳ねる子供。
目のまえには、黄緑色の子馬。
しかし、その体高は子供が登れないほど高い。
「でもこれじゃぁ、ニゲルさまを〝捕縛する檻〟がありませんらぁん!」
眼鏡をはずし、地団駄をふむ王女。
「お腹には、必要な部品を――ぜぇーんぶ、押しこんじゃいましたからね」
改造作業の熾烈さを思わせる大量の、配線の切れ端や余ったネジを――
王家の紋章入りの鉄箱へ、放り込んでいくメイド。
「けど、どうして……仕舞われた物を、一度出すと――元どおりに、入らなくなっちゃうんだろうね?」
腕を組み、首を傾ける子供。
「不思議ですよね?」
腕を組み、首を傾けるメイド。
「らぁん?」
腕を組み、首を傾ける王女。
「くすくす?」
腕を組み、首を傾ける幼女。
その向きは、ひとりだけ反対方向だ。
「けど、これは快挙ですよ♪」
興奮のメイドが、黄緑色の子馬を撫でた。
「そうだね、この子はゴーレムのくせに――よいしょっと!」
ガタガタ、コトリ。
近くへ置いた椅子の上。
飛び乗った子供が――
「えへへっ――すっごくカワイイ♪」
子馬の大きな腹に、抱きついた。
「百歩譲って、カワイイのは容認しても――ニゲルさまを捕縛できないなら、何の意味も無いですらぁん!」
悄気る王女殿下の肩に、優しく手を乗せるカヤノヒメ。
「要するに、ニゲルさんを一定時間、お馬さんの周囲に留めておくことが肝要なのですよね、くすくす?」
正確無比な滑舌。鈴の音の声色。
だがその目は――
「「そうかな?」」
腕を組み、顎に拳を添えるタターと――
その真似をするレイダ。
「いちおう、そうなるらぁん?」
斜め上、天井に埋め込まれた魔法具を見つめる、ラプトル姫。
「でしたら、妙案が御座いますわ♪」
「「「みょうあん?」」」
「はい。ニゲルさんは二号店の備品選びの最中、かわいらしい物に度々、心を奪われておりましたわ♪」
金糸のような髪をなびかせ、一回転。
ポムンと子馬の足を叩く。
「「「その心は?」――って言うんだよね、こういうとき?」らぁん?」
一歩下がり、星の神へ正対するメイド。
子馬に抱きついたまま、椅子の上から幼女を見下ろすレイダ。
ひとり神妙な眼差しの王女が、期待と不安の混じった視線を――
シガミー邸の家主へ向けた。
「このかわいらしいお馬に、ニゲルさんを乗せてしまいましょう♪」
その目が幽かに、細められた。
§
「低警戒度のバリアントを検出、低警戒度のバリアントを検出。ただちに調査ならびに迎撃行動を開始してください!」
それは、最上階に轟く大音量!
「何コレ、うるっさい!?」
「なんだいこれ!? 変異種が出たってのは、本当かい!?」
わめく御神体と女将。
「これは――すべての領主邸宅へ設置された、警報魔法具ですわ!」
リカルルが壁の調度品をガチリと、90度回転させた。
ガチガチガチガチガッチャリッ♪
暖炉の上。細剣が掛けられていた壁が――ぱたんとひっくり返る。
そこには、区域地図と対応した伯爵領家名のリスト。
そのなかの一つが、チカチカと光を放っている。
「女神像ネットワークへ照会。詳細ナ出現地域ヲ特定――表示中ノ地図へ重ねマす」
ふぉふぉぉん♪
『凡』
それは大きな――
「これが変異種ぉ? 尻尾がぁ付いたぁ、お化けみたいねぇん?」
「表示形状はサンプルでス。ソレよりモ出現範囲ノ中心地点ヲ確認してくだサい」
『凡』は『▼』に重なっている。
全員の目が、見開かれた!
「ああもう、レーニアがあんなことを言うからですわっ!」
「それをいうなら、お嬢さまが先にニゲルの不幸を願うから――」
壁のボタンを押し、警報音を止めるレーニア。
「はいはい、そこまでぇー。おにぎりにわぁ、いざってときのための蘇生薬をたくさん持たせてあるからぁ――大丈夫よぉん」
大丈夫とは言いつつも――足下がおぼつかない、全長10数センチ。
「イまココにシガミー……天狗が居てクれたらと、ツい考えてしまいまスね」
銀色の全長約30センチが、ヴォォォォンと旋回する。
以前、シガミー扮する天狗は、ガムラン町を壊滅しかねなかった――
巨大な角ウサギ変異種を、ほぼ単身で撃破した経緯がある。
「そうわねぇ、けどぉ――いまここから飛び出しても、どっちにしろ間に合わないでしょぉー。ニゲルが居あわせてくれて、助かった……あれ?」
美の女神が、かしげた首の重さに耐えきれず――ごちり!
「どうしまシた、イオノファラー?」
黒く細い機械腕を伸ばし、御神体を助け起こす――眷属。
その細腕の手のひらには、赤く光る光学レンズが埋め込まれている。
「うん、まさかコレさぁ――〝おにぎりが掘り当てた〟――なんてことはないよねぇ?」
細腕――機械腕に持ち上げられた御神体が、問いかける。
「そりゃぁないだろう? 変異種は地中から現れるって聞いてるけど――大きな地震や崖崩れが前触れとして、必ずあるはずだろう?」
大きな木さじを、点検する女将。
「そうですね――まさか危険な変異種を好き好んで――」
メイド・リオレイニアが、細身の聖剣(まがい物)を主人へ手渡す。
「――ほじくり返す人も居ませんわ……よ?」
ドレスの上から革ベルトを巻き、受け取った細剣を差し込むご令嬢。
「「「「あははっははっ♪」」」」
交錯する四人の視線が――地図の上の『凡』に集中する。




