343:龍脈の回廊、続々・ゴーレム馬について
「ピンポロロン♪ ピンポロロン♪」
玄関横に設えられた魔法具から、騒々しくも落ちついた音色が発せられた。
「ぐぬぬぬぅ、ど、どなたかいらっしゃい――ましたよ?」
大きな曲がった板を力ずくで、さらに押し曲げていたタター(16)が玄関をみてから、テーブルに陣取る二人をみた。
どうやら手が離せないらしい。
「誰だろう? イオノファラーさまやリオレイニアさんは、夜遅くまで忙しいって聞いてるし――はぁーい♪」
所せましと置かれた、配線や筐体や、アーティファクトのような機械群。
それを雑に蹴飛ばしつつ――玄関ドアへ駆けていくレイダ(12)。
「まさか、ニゲルさまらぁん♪」
巨大なネジを鉄の骨格に取り付けながら――夢みるラプトル王女殿下(21)。
「王女さま、ニゲルさんの夢は――うぬぬ――お休みになってから、み、見てくださいぃ――ぐぎぎぎっ!」
ひきつづき、板を折り曲げるメイド。
膨れる頬、寄る目頭、おちょぼ口。
彼女は誠心誠意、王女のゴーレム改造に協力しているのだ。
けっして面白い顔を、訪問者に見せたいわけではない。
「はぁーい、いまあけまぁーす」
壁に触ると、ひとりでに開く引き戸。
「こんにちわ、皆さま♪ くすくす?」
ソコに立っていたのは、行儀の良い少女シガミー(10)。
「カヤノヒメさま、お帰りなさい♪ きょうは早かったんですね♪」
いまシガミーの体の中には、この町が有る星を司る――惑星ヒースの神が存在している。
「はい、〝オルコトリアさん砲弾事件〟のあおりをうけて、今日明日は休業になりましたわ」
レイダが、お行儀良いシガミーの手を取り――
室内へ招き入れようとして、その足を止めた。
「あっ、ゴーレムの部品だらけで、足の踏み場もなかった!」
所せましと置かれているのは、大小様々な魔法具や謎の部品。
無骨な鉄製の骨格や、それらを繋ぐ配線。
アーティファクトのようにも見える、用途不明な装置。
その中でも奥の壁に立てかけられた、黄緑色――
丸々と太った、子馬のぬいぐるみは――
特に異彩を放っている。
それは王女の服に張りついていたものに、瓜二つだったが――
その大きさは、胴体部分に成人男性がスッポリと収まるほどもあった。
中身はすべて、室内にぶちまけられ――何も取り付けられていない、空洞。
それでも室内に散乱する機械群の、すべてを納めるには――もう一匹くらいは必要そうだ。
よく見れば、首と胴体と手足がバラバラにされ――
黄緑色の毛皮でかろうじて筐体が繋がり、馬形を保っている。
そして馬の胴体には、『ピンク色の猫の魔物によるMOD試作機/エコノミーモードで起動せず』――などと書かれた紙が、木製のクリップで留められていた。
「くすくすくす♪ おかまいなく――タターさんはいつも表情が面白……豊かで、心がなごみますわ♡」
「んぎぎぎぎっ――えっ、いつも!? いつもはしてないですよね? ねぇ?」
ふぅふぅはぁはぁ――息を整えるタター。
図面の通りに、ちゃんと曲がったらしい板を、テーブルに立てかけるメイド。
ちなみに、図面端には『馬タイプゴーレム14式/ケットーシィガミー&ラプトル』などとサインが入れられている。
どうやらこの図面は、行儀の悪いシガミーが引いた物を元にしているらしい。
「こんにちわですらぁん、カヤノヒメさま……そろそろ、こんばんわかしら?」
万能工具を置き額の汗をぬぐう、王女ラプトル。
「ラプトル姫さまも、ご機嫌うるわしくぞんじますわ。うふふ♪」
キョロキョロと自室をみわたす、星の神。
「すみません、いますぐ片付けますので――」
メイドが、手近なパーツを拾い上げる。
「それは……活力変圧器ですわね? こっちのは、二枚板式の発動機……いえ、人造筋肉でしょうか?」
さっきメイドが面白い顔で、必死に曲げていた板を指さす少女。
「「「これが何か、わかるの!?」」――のですらぁん!?」
星の神の言葉に、唖然とする三人。
「いちおう、神々の技術……イオノファラーさまたちの持つ技術水準は、履修済みですわ♪」
くるんと一回り、くすくす?
その態度から、この年端も行かない自称星神には。
このぬいぐるみの中身の意味が、理解できてるようだ。
「ジンライさんが居ないと、構造がわからない部品が多くて困っていたらぁん!」
王女が、星神に泣きつこうとして――
足下の部品を、蹴飛ばす!
「あぶないっ!」
飛んできた鉄塊(小)を、靴裏でトラップするメイド。
「ふう、気をつけてください。怪我を……しても、この部屋に常備してある回復薬で事なきを得られますが、痛いのは良くありませんよ」
よいしょと、両手に乗る程度の鉄塊を持ち上げ――テーブルに置くメイド。
「ごめんなさいですらぁん! これを壊したら私のドルイドのスキルでは、元どおりに出来ない所でしたらぁん!」
鉄塊を布で磨く王女。
「ドルイドって……なんだっけ?」
メイドに聞くレイダ。
「たしか、森林の持つ知識や力を召喚する……血筋で発現する職業――〝自然使い〟のことだったと?」
王女を見つめる二人。
「はい、そうですらん。ふぅ、よかった壊れてはいないみたいですらん♪」
鉄塊を見つめる王女。
「そちらは……私にもわかりません、マナ伝導効率が高いわけでもありませんし……くすく、す?」
散らばるパーツ群を避け、テーブルに近づく星の神。
「伝導効率……はい、アダマンタイトやオリハルコンなんて使ったら、その一体だけでお小遣い……製作費が尽きてしまいますから、当然ですらん」
央都自治領第一継承者は、お小遣い制のようだ。
「すこし興味が湧いてきましたわ、うふふくすくす?」
少女は壁に貼られた、大きな図面をみた。
それには、鋭角なフォルムの――馬のような物と。
丸っこいフォルムの――ぬいぐるみが描かれていた。
ふたつの物体は内部構造を、線で結ばれているが――
「主要な部品位置や、類推される機能に――まるで相似がありませんねぇー?」
線をちいさな指先でなぞる、少女カヤノヒメ。
その顔は、とても真剣。
「そうなんですらぁん! ケット……シガミーちゃんの考えはもう、ダンジョンに隠された隠し通路のようで、さっぱりわからないのらぁん!」
工具箱から紙束をドサリと取り出す。
紙束を上から数枚、ぺらぺらとめくる少女。
「なるほど、これはひょっとして……機能を犠牲にしてでも、心理的な視覚効果を重視したのでは? それでしたら、おにぎりさんたちのような、完全空圧式に換装してはいかがですか?」
ツナギ姿のラプトル王女を見あげる顔は、やはりとても真剣。
「だ、だめですらぁん! ケットーシィの〝ぽきゅぽきゅ〟は、私には扱えない埒外の技術ですらん! 私のスキルで動かせないのでは、採用することはできませんらぁらぁぁん!」
白熱する議論。
「王女さまにわからないことが、わたしたちにわかるわけがないよね?」
「はい、カヤノヒメさまも楽しそうですし、ここはお二人にお任せしましょう」
リビングを抜けだし、奥の部屋に避難するレイダとタター。
そっと戸が閉じられ――
「――ドゥゥゥゥンッヴォィン♪」
「なぁに、この音ぉ!?」
ガラリ――引き戸が開けられる。
「王女さま、何かしましたかぁ!?」
突然の怪しい音に、戻ってくる子供とメイド。
「女神像通信のようですわ。たぶんイオノファラーさまからのご連絡かと思いますが――私がお受けしても、よろしいでしょうか?」
小首をかしげる、少女星神。
「「「どうぞどうぞ――女神像の?」――受け方なんて?」――わからないですらぁん?」
突き出される手のひら×3。
女神像が持つ小さな箱に、手を当てる見た目はシガミー。
「女神像通信オン――もしもし、こちらシガミー邸の、カヤノヒメでございますわ」
女神像が持つ箱から、飛びだす光の板。
「――あ、いたいたぁ♪ カヤノヒメちゃぁーん。わたしわたし、イオノファラーだけどさぁー、アレどうなってんの? おにぎりの追跡ぃー!」
光の板に描かれた小さな丸茸が、まくし立てる。
「イオノファラーさまの声だね」
「うるさ……よくとおる声ですね」
「らぁん」




