342:龍脈の回廊、竪穴式おにぎりとニゲル隊員
「――がちゃ、ガサガサッ――もしもし、聞こえてますかっ!? 不肖、西計三十六! 全身全霊をもって、拝命させて頂きまぁーすっ!」
寿司は〝箱詰めで唐揚げが添えられている物〟と考える、新時代的な彼にしては古めかしい宣誓。
ゲームか何かの受け売りと思われる。
ドッガッぽっきゅドドドドッぽっきゅぽきゅッガ、ドッガぽきゅぽきゅドドドドンッ――――ぽぽむぅーん♪
やがて耳障りな騒音が音量を増し、コントゥル家邸宅に木霊した。
「うるっさぁぁいっ!? スゥマァホォー壊れぇたぁあー?」
耳をふさぐ御神体。
「いいエ、WIFI出力安定、バッテリー残量83%。通話ニ異常はありマせん。ニゲルが掘削現場に近づいたようです」
ヴォォォヴォン♪
「――おぉーい、おにぎりー! その下にシガミーがいるんだろー?」
やる気をみなぎらせた追跡隊員総員一名が、追跡対象に肉迫しているようだ。
「――にゃみゃがにゃやーにゃ? みゃ、にゃがみゃご!」
ギルド最上階に、猫族共用語が(略)。
「おにぎりの声? なんて言ったのかしら?」
耳を押さえた伯爵令嬢が問う。
「「このしたになにかいるような? そんなきがするもの!」と言っていマす」
ヴォ・ォ・ゥ・ゥン♪
まるで時計の針のような、小刻みな動き。
ドッガッぽっきゅドドドドッぽっきゅぽきゅッガ、ドッガぽきゅぽきゅドドドドンッ――――ぽぽむぅーん♪
耳障りな騒音が(略)。
ドッガッぽっきゅドドドドッ(略)――♪
耳障り(略)――。
掘削はいつまでも続く。
「ちょっと、何も無いじゃありませんのっ!?」
激高するお嬢さま。
「イオノファラーさま、向こうの様子を見ることはできないのかい?」
進言する女将。
「迅雷、衛星映像出せぇるぅー?」
ヴォォォン♪
クルクルと回転する、INTタレット迅雷。
ふぉふぉふぉふぉふぉおふぉぽこん♪
地図の上に、映し出された画面。
それは青々と茂る深い山中。
真上から見た景色が拡大され――
木々の切れ間を――とらえた。
そこには、真っ黒い穴。
その奥で何かが――黄緑色が蠢いている。
「ちょっと、ニゲル! サボってるんじゃ有りませんわよ?」
映し出された平面に指を突きたてる、リカルル隊長。
穴のかたわら、苔むした倒木にだらしなく座る青年の姿を――
高貴な指が、突き抜けた。
「――えっ!? リカルルさま、いや……追跡隊隊長殿! サボってはおりませんっ!」
いつまでも止まらないおにぎりに、やる気もそがれ――
脱力しきっていた青年が、飛びおきたっ!
「ニゲルくぅーん、ウケケケッ♪ 上見て手を振ってみてぇー♪」
「――上ぇー?」
黒い服を着た青年の姿が、さらに大映しになる。
青年はいぶかしみながらも、ちいさく手を振ってみせた。
「ぷふふふっ、面白いですわねコレっ! ニゲル、上を向いたまま穴のまわりを一周してみてっ♪」
「――リカル……隊長殿、それは隊長命令ですか?」
「はい、隊長命令ですわ。早く、お回りなさいなっ♪」
ニゲル隊員は上を向きながら、ゆっくりと穴の周囲を一周――――グラッ!
「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ――――!?」
穴の縁が崩れ、あわれ隊員は転落。
おどろく暇もなく、遠ざかるマヌケ顔。
「あっはははっはっ――――なっ、なんですのあの顔っ――――あっはっはははははっ♪」
ばしんばしん――テーブルを叩く、ご令嬢。
メイド姿のリオレイニアは、かすかに肩をふるわせている。
「楽しそうねぇん。まぁ、下にはおにぎりが居るぅしぃー、落ちてもぉ大丈夫でしょ♪」
女神のお墨付きに、女将の顔もほころぶ。
ドッガッぽっきゅドドドドッぽっきゅぽきゅッガ、ドッガぽきゅぽきゅドドドドンッ――――ぽぽむぅーん♪
ゼロ距離からの耳障りな大騒音が、コントゥル家邸宅に木霊する。
「(うるさいからぁ、おにぎりの掘る音だけ消してねぇん♪)」
回転する迅雷。
「――(もぅ、リカルルの)……隊長のせいで、酷い目にあったじゃないかぁ! うるさあぁぁいいぃぃぃい!」
騒音は消え、青年の泣き言が響き渡る。
おにぎりの背に立った彼が、耳をふさぎ天を仰いだ。
高らかに笑う、ご令嬢。つられてほころぶ女神と女将。
メイド姿は、かすかに肩をふるわせている。
ふぉふぉぉん♪
直上からの映像が、深くなる縦穴の中を――小刻みにズームしていく。
その都度、青年の顔が横長や縦長に大きくブレた。
ご令嬢の高笑いは、いつまでも止まらない。
いくら高性能の超々望遠カメラでも、静止軌道間で被写体ぶれでは荷が重い。
穴の底から天をあおぐ顔が、面白く映ってしまうのは――仕方がないことだ。
「――おにぎりっ、うるさいよっ――――あっ、そーだ! シガミーからもらった耳栓っていうか、イヤホンがあったっけ!」
被写体は、ごそごそと何かを取りだし、耳に押しこんだ。
一部始終をみつめる、3名とひと柱と1眷属。
「――ふぅ、静かになった♪」
手にしたスマホで、ペアリング。
「――これで、みんなの声が聞こえれば――ねー、なんか喋ってみてくれない?」
直上を向いた青年のおもしろい顔――が直下の振動で、時計回りを始めた。
「あーははははっははははっ、なっつ、何ですのアレっ♪ とうとう、ま、回り出しましたわっ――――♪」
ぱしぱしぱしん――テーブルを叩く、ご令嬢。
「――よし、声が聞こえる♪ けど……回り出すってなんだい、リカルル隊長?」
青年本人は、微速回転していることに気づいていない
回転し残像をのこす知人の顔が――かすかに傾く。
それは、面白くないわけがないようで。
ドゴンッ――――じっと耐えていたメイドの腰が曲がり、テーブルに上半身をうずくまらせた。
「ニゲル隊員。リカルル隊長からぁ定期連絡があるのでぇ、しっかりはたらくよぉーぅに。どこまで掘り進むのかぁ、しっかりぃ見っ届けてねぇーん♪」
「了か――――ピプッ♪」
切られるスマホ。
「そういやぁ、茅野姫ちゃんわぁ? おにぎりの位置を特定する手はずだったんじゃ?」
今さら気づく御神体。女神といえど万能ではないようだ。
「あら、カヤノヒメさまなら、さっき三階の階段で見かけましたけれど?」
乱れた髪を手ぐしでなおす、ご令嬢。
メイドはテーブルに、這いつくばったままだ。
「三階? じゃぁ、シガミー邸に用事でもあるのかねぇー?」
女将が「やれやれどっこいしょ」と、椅子に腰掛けた。
「迅雷、女神像に繋いでぇみてぇー?」
「了解しまシた」
ヴォヴォ・ヴォン♪
銀色の先端が、階下のある地点を指ししめした。
§
「やっぱり、ただの行き止まりだよ――ニャァ?」
ヒュンッ――ボッゴガァァン!
おれは、岩壁を輪っかの付いた棒で、力一杯突いてやった!
爆発する壁、舞い上がる土塊。
「ごっほごほ、けほけほっ――ミャ!」
化け猫の毛皮を通して、土や石のにおいが漂う。
毛皮に穴は空いてねぇのにな――さすがは化け猫か。
おれが話すと、化け猫の鳴き声も聞こえて来るし。
「かてぇ壁が奥にありやがる。穴が空かねぇんじゃ、突き破って進むのは無理か――ニャァ?」
パラパラリッ――きらり!
なんかあったぞ!?
がさごそ――散らばる土塊。
それは板っぺらみたいな、割れ方をしてる。
その裏側は、朱墨をぬったように赤かった。
「血!? じゃねぇな、こっちのは黄色いし、コッチのは青みがかってる――ニャッ?」
さっぱりわからん?




