339:龍脈の回廊、おにぎり追跡本部
「おにぎりもシガミーモ不在なノで、手間取りマしたが――ギルド屋舎ノ修復なラびに点検ガ、終了しマした」
「暗くなる前にすんで、助かったわねぇん」
女神と眷属が夕焼けの町並みを、見下ろしている。
ここはギルド屋舎最上階の、コントゥル家邸宅。
リカルルやコントゥル家関係者が、住む場所だ。
それなりの数になる護衛や使用人は、元からガムラン町にあった邸宅にも分かれて暮らしている。
大穴は、綺麗な曲面の壁でふさがれ、風雨にさらされる心配は無い。
それでも、散らかった室内を片付けるのに、大勢の人員が働いている。
その中には鳥の仮面を付けた、元侍女長の姿もあった。
「お邪魔するよっ――シガミーが見つかったって、本当なのかいっ!?」
大きく開けたままの玄関ドアから、駆け込んできたのは――恰幅の良い女性。
そうとう慌てていたのか――エプロン姿のまま、巨大な木さじをたずさえている。
木さじ食堂の愛称で親しまれる、隠れた名店のオーナーシェフ。
元宮廷料理人にして、投げ木さじと古代魔法の使い手。
サボる従業員の後頭部めがけ、自在に飛んでいく大きな木さじ。
その追尾能力から、逃げられる者はいない。
「あら女将さん。あなたも、いらしたのですわね」
自分もたった今、到着したばかりの――コントゥル辺境伯家長女、リカルル・リ・コントゥル。
最上階への階段ルートは全部で三つあり、見知らぬ者は途中で護衛に止められる。
家主が小脇に抱えていた板を、開けたままの玄関ドアに立てかけた。
『おにぎり追跡本部』
板には、そんな文字が書かれている。
「ようコそ。コッヘル夫人。現在、状況ヲ確認中デすが、シガミーノ痕跡ヲ察知しタおにぎりが、行動ヲ開始していまス」
女神の眷属であるINTタレット迅雷が、不規則な機動で飛来する。
コッヘル夫人とは女将、トゥナ・コッヘルの愛称だ。
コッヘル商会を営む家系であり――
その商会には、高位の魔術師が多数在籍している。
かの悪名高き吸血鬼令嬢を改宗させ――
数々の大事業や救世をおこなったことは――
あまり知られていない。
「おにぎりの行く先に、シガミーが居るんだね?」
握りしめられた木さじが、みしりと音を立てる。
「ソレはまだ、わかりませんけれど、ひとまずお入りになって――たまたま居あわせたニゲルが、おにぎりを追跡中との報告が入った所ですわ!」
勝手知ったる自分の家――ズカズカと入っていく伯爵令嬢。
ゴツン――「ぴゃぎゃ!?」
なにかを踏んで転びそうになる、お嬢さまを――
「お嬢さま、お怪我は?」
華麗にお助けする――白い鳥。
目元を白い鳥の仮面で隠した侍女は、元コントゥル家侍女長にしてお嬢さまの幼なじみ。
ガムラン最強冒険者パーティー『聖剣切りの閃光』の元メンバーでもあり、生活魔法と魔法杖を華麗に操る、ガムラン町の財政にも精通する才女である。
現在は新興冒険者パーティー『シガミー御一行様』ならびに、飲食チェーン『猪蟹屋』所属。
「あっぶなっ――レーニア!? ココになにか落ちてましたわよ、スグに片付けて!」
仮面の侍女が、まくれ上がってしまったお嬢さまのドレスを、そつなく直してから――
玄関先に散らばる、小物入れや本を片付け始める。
「ニゲルひとりで、大丈夫かねぇ――おや女神さま」
広間へ通されたコッヘル夫人が、テーブルの上をうごくものに近寄る。
「おかみさん、ごめんなさい。おにぎりも借りっ放しなのに、ニゲルまで追っかけて行っちゃったら――仕出しとか仕込みとか、大変でしょ?」
大きな頭をテーブルに付ければ――ごろぉりん♪
とうぜん前転する。
「え、ウチの食道かい? あははっ、ぜんぜん平気だぁね♪」
根菜の皮むきをするときのような、手慣れた手つきで拾いあげる。
「なら良かったわぁ。迅雷、おにぎりからのぉ応答わぁ?」
「まダ、ありマせん。ニゲルと連絡ヲ取れレば、状況モわかるのですが」
「女将さんさぁ、ちょっと聞くけどさぁ? 急ぎのときってさ、この世界の人たちわぁ、どうしてるのぉさ?」
艶やかな顔のまえまで、持ちあげられた根菜が尋ねた。
「そりゃ、人を走らせるさね。変異種が出て、その討伐隊を募るときなんかには、冒険者カードの〝緊急のお知らせ〟も使ったりするけどね」
「あー、緊急時連絡網ねー。あとはぁ、御姫ちゃん……リカルルちゃんの通信機くらいかぁ……ちょっとまってぇ、つ・う・し・んー・きぃー? なぁーんかひっかかるわねぇん?」
あたまを抱え、身もだえる根菜を――不気味に感じたのか、女将がそっとテーブルに根菜を放した。
「イオノファラー。ニゲルのスマホノ複製ハ、お持ちですヨね?」
「あー、どうしたっけ? パーツ取りするのにコピーさせてもらったぁついでにぃー、割れた画面を直して返してあげたんじゃなかったっけ――?」
通常の運動エネルギー兵器では破壊できないとされる(例外あり)、疑似アーティファクト。
その御神体の体を包むローブのような服は、一体成形されており可動部分は一切無い。
ローブの腰のあたりをゴソゴソとまさぐり(手足にも可動部分はない)、隠しポケットから取りだされたのは――
根菜の身長よりも、すこし大きな――
神々や眷属が用いる、いつもの黒板よりは厚みがある――真っ青な板。
その縁を、ちいさな手で押す――ヴォゥンパッ♪
起動音と共に、スタート画面が表示される。
青板に飛び乗った根菜が、数字のゼロの上で――
四回飛び跳ねると――ヒュパ♪
「でたわよっ、ホーム画面!」
「設定かラWIFIヲえらび、スマホ間ノWIFIダイレクト通信のピアデバイス欄かラ――女神像通信網ヲ選択してくダさい」
「えぇー、そんなのあったっけぇー…………あった! けど押せないよぉ?」
細やかな操作をするため、迅雷の細腕に抱えられる御神体。
指示された項目はグレーアウトしており、押せなかった。
「緊急です、SPを使用してください」
「はぁーい、神力課金っとぉ――わっ!? 68MSPも取られたっ!」
ぽーふぉん♪
波打つ四角い枠の形が、上隅に表示され――
「こレで、スマホ間接続にヨる通話が可能になりまシた」
ゴトン――テーブルに落ち、横たわる迅雷。
神力課金には、神力も使われるのかも知れない。
「ほぉんとぉーぅ? けどさこれさぁ、うぷぷっ♪ 近年まれにぃ見るほどおぉー、面白ぉい状況じゃぁなぁぁいぃ――ウケケケケケウケケッ♪」
「まえにシガミーがこぼしてたけど……本当に、神さまたちのやってることは、さっぱり訳がわからないねぇー」
首を振るコッヘル夫人の、ボバボーンとした豊満で潤沢な体つきが、プルリと揺れた。




