337:龍脈の回廊、新ギルド会館とオルコトリア
「こりゃぁ、フェスタ中より大がかりなんじゃねぇかぁー!?」
「本当だぜな、工房長」
蜂の巣を突いたような有様の、新ギルド会館。
階段には上下の動線を効率化するため、選任の人員を配置。
魔法杖に乗って荷物を運搬する者のために、大窓や扉が開放され――
じつに大がかりだった。
「今回のお食事会の規模は、そこまで大きくねぇはずだがなぁ」
「じゃあ、まえと何が違うんだぁ?」
一階エントランス、鉄塊を担ぐ小柄な職人たち。
「さぁなぁ、さっぱりわかりゃしねぇが――」
「――しいて言やぁ」
「「「しいて言やぁ?」」」
「シガミーの行儀が、良くなったな!」
「「「ちげぇねぇや! がははははっははははっ♪」」」
大爆笑の鍛冶工房一同。
「鍛冶工房の皆さまぁー、正門入り口にぃー荷物をぉー置ーかーれーるーぅとぉー、こまるぅんでぇすよねぇー!?」
イライラした様子の一本角が、巨大な木箱をメキメキミシリと片手でつかみ上げた。
顔だけを見れば、まさに麗人だか――
左右の腕の太さがちがう、その姿は――
怪力自慢の鍛冶方でさえ、おののくほど異質で――
「わ、わりぃわりぃ、いま始める所だぜ!」
「ひぃっ、おっかねぇー! まるで鬼だぜ、ありゃ」
「何か言ったぁー!?」
ごきりっ――ガキバキ、メキメキミシミシミシッ!
細かった方の二の腕も、倍に膨れ上がった。
大柄な体躯が、ひょいと持ち上げた木箱は二つ。
おなじ木箱を鍛冶方4人で、運んでいる所を見ると――
怪力な鍛冶方8人分を、一人で持ち上げていることになる。
「ぬぅ、さすがは鬼族だぜぇ――ぬおらぁ!」
がしり――ミシミシミシメキメキッ!
ひとつだけだが、なんなく担ぎ上げる工房長ノヴァド。
彼は普段から持ち歩いている、鉄塊で鍛えられているからか――
怪力さが、頭ひとつ抜けているようだ。
お互いに木箱を、高く持ち上げてみせるが――
同じ怪力でも、身長が倍ほどちがえば、威圧感もひとしおだ。
オルコトリアのまわりから、職人たちが遠ざかる。
「おぉーい、こっちに運んでくれやぁー!」
クエスト掲示板も自動発券魔法具も、何もない一画で――
図面を手にした鍛冶方の一人が、こっちに来いと指図する。
「ふぐわっ、うごらっ、ぐぎわっ、らごらっ――――!!」
鬼が物置小屋程度の木箱を、ふたつ担いで歩き出す。
ズドゴシィーン、ゴガガシィーン!
「うぉりゃ、どぉりゃ、うごりゃ、どごりゃ――――!」
怪力自慢のヒゲ自慢も、巨大木箱をひとつ担いで歩き出した。
ドゴゴォーン、ゴドズゴォーン!
ふたりの歩調に合わせ、グラグラ揺れる一階ロビー。
右往左往していた人々が〝何ごとか!?〟と、立ち止まったのは、ほんの少しの間だけ。
それぞれ急ぎの仕事を、抱えているのだろう。
「どっせぇぇぇぇいぃ――――!」
とても女性とは思えないような、逞しい雄叫び。
ドッズズズズズズウゥゥン――――!
床に置かれた木箱から――コロコココロロッ!
ちいさな部品のような物が、落ちた。
「ふぅぅんっ!」
ズズゥゥゥン――――!
もうひとつの木箱も、床に下ろされる。
「ふぅーい! 一気に運んでくれて助かったが、気をつけてくれやぁ……ひそひそ……なんせ、こいつぁ――」
口に手を添え内緒話。
鬼が身を屈める。
「行儀が悪ぃ方のシガミーの……置き土産だからな」
「シガミーの!?」
目を丸くする鬼。
肥大した体が、シュルシュルとしぼんでいく。
「そうだぜ。なんでもなぁ、この図面通りに組み立てると――最上階まで一瞬で登れるらしい」
「一瞬で? 今だって順番待ちがなければ、5分と掛からないでしょ?」
あきれ顔の、名物受付嬢。
「そこがシガミーの、シガミーたる所以だな、ガハハハ♪」
バサリと広げられた図面には、細長い筒が描かれていて――
その中には、丸い大球が描かれている。
そして、その中には――まるで猫の魔物のような。
「これ、おにぎり? さっきどっかに走ってったのを見たけど……」
困惑する――名物受付嬢の、理性的な……いや旧ギルド会館を粉々にした方。
「どうも違くてな……なんて言ったか?」
「トークゲ木型とか言いましたぜ、たしか」
輪になって図面を眺めていた鍛冶方のひとりが、覚えていたようだ。
「そう、そんな名前だったぜ!」
何もない壁をゴンと叩くと――
ギギィィィィッ――ゴパァ!
壁の一部が、ドアのように開いた。
「ッギャッ――――ま、魔物っ!?」
腰に下げた、包丁のような小型剣に手が――
「まてまて、魔物じゃねぇっ――よく見ろ!」
剣が抜かれるまえに、工房長が魔法具の明かりを付け、中を照らす。
ぬうっ――――!
それは猫の魔物……ではない。
「おにぎりっ……じゃない!?」
それは黄緑色ではなく、ボーダー柄。
「迅雷が来てな、「不足している資材は有りますか?」なんて聞くもんだから、「アレの試運転をするから、おにぎりを貸してくれ」って頼んだら――この縞々のヤツを、出してくれたんだぜ」
ぽぎゅりとボーダー柄の腰を叩くが、たたき返したりはせず――
「へぇーっ、このおにぎりは大人しいのね? テェーング……テング殿の使役獣、女神さまからの賜り物……たくさん居るなら、私にも一匹くれないかしら?」
メキッ――!
一本角を伸ばし、不敵な笑いを浮かべる――名物受付嬢の角が生えてる方。
「さぁな、そいつぁ迅雷に聞いてくれ。よぅし野郎どもぉ、取りかかるぞぉー!」
元から有った、構造上の空洞。
ソコへ、シガミー発案のパーツ一式を取り付け――
人が入れそうな、大きな玉を設置。
「「「「「「「工房長ー、出来ましたぜぇーっ!」」」」」」」
鍛冶工房総出の仕事は、手際がよく。
組み立てに要した時間は、ものの30分。
「ぃよぉしっ! オマエらぁ、良い出来だぁ!」
ガハハハハッと上機嫌、大玉を叩くノヴァド工房長。
「それで? こんな球に乗って、どうやって上まであがろうってのよ?」
縦長の空洞を補強して、密閉しただけの物だ。
「わからんがぁ、図面に寄りゃぁ調整次第で――魔王城まで届くくらいの、勢いが出るらしぃぜ?」
パシンと図面を叩く工房長は、心底たのしげで。
「ちょっと面白そうじゃないの? 私にやらせてよ、手伝ってあげたんだしさぁー♪」
「どうせテストは、しなきゃならねぇから構わねぇが……おまえさんなぁ、こう、建てたばっかりで……験が悪ぃーっつうかぁ――?」
ガシガシと頭をかく、彼の歯切れが悪い。
「なによっ、もう壊したりしないわよ!」
鬼の角が――パリパリィッ!
かすかに光る程度の、パルス放電。
昇圧されない雷撃に、実効的な制圧力はない。
鍛冶工房総員8名を――威圧しているのだ。
「工房長、ココはひとまずオルコトリアの旦那に任せて、始めましょうぜ」
などと言った鍛冶方が、張り倒される。
「そうするかぁ。じゃあオルコトリア、使い方だが――――」
「――えっ!? この使役獣に乗るの? どういうコト!?」
「ソイツに抱えられて、足下の穴に〝ひのたま〟を投げ入れてくれやぁ」
引き戸が開いた、丸い玉。
ソコに〝屈強なオルコトリアの旦那〟が足を踏み入れると――――
「にゃみゃにゃみゃぁー、ごぉー♪」
陽気な猫族の声――ぽきゅむぎゅり♪
抱えられる男の中の男。
「ちょっとまってっ!? この格好、恥ずかしっ――!」
俗に言う、お暇様抱っこである。
「総員退避ぃぃ――――っ!」
「えっ――!?」
「何っ――!? またオルコトリアかっ!?」
「やべぇ――!」
「にげろぉ――!」
「「「「「わっ、オルコ先輩がぁ、なんかやってる!? きゃぁぁぁぁっ――!」」」」」
名物ではない受付嬢たちが、我先にと外へ逃げていく。
「アンタらまで、あとで覚えてなさいよぉー。けどいいわ、ソッチがその気なら、コッチも気兼ねなく――ひのたまぁっ!」
火種が穴に落ちると同時――プッシュゥゥン♪
球の引き戸が勝手に閉じられ――ヴォヴォヴォヴォォォ♪
その表面が光の盾の文様で、埋め尽くされる。
縦に長い、すきま構造の出入り口。
閉じられた分厚い外扉にも、光の文様が浮かんだ。




