334:龍脈の回廊、にゃみゃごぉ♪
「なんかさあ……もぐもぐ……あ、それおいしいからぁ、もう一皿ぁもらえるぅ……もぐもぐ♪」
付け合わせだか御神体だかわからない、皿の上。
「なんでしょうか、イオノファラー?」
食事の邪魔にならないよう、短くなった空飛ぶ棒。
「えっとさぁ……もぐもぐ……あたくしさまってさぁ朝から晩までぇ、ご飯ばっかり食べてなぁい?」
御神体につられ、軽い食事を始めたまわりが――ピタリ。
長テーブル席に陣取っていた面々は、話をするのに場所を借りていただけだったが――
いつまでも腹を鳴らす御神体を見かねた受付令嬢が、人数分の軽食とオススメコースを一人前、注文したのだ。
「朝昼晩ノ食事ニ加えテ、おヤつに夜食――だケでは満チ足ラず、朝飯前ニ昨夜ノ残り物マで平らげてイるのですから……当然でハ?」
まわりの音が止んだのは――カチャカチャ、コトン、カチャッ♪
一瞬だった。
「うんまぁ、そうなんだけどさぁー……もぐもぐ……ほらほらぁ、王女さまも元気出してぇー♪ 人はねぇ、どんなに悲しくて辛くてもさぁ、食べれば幸せ、絶対に死なないんだからさぁ……もぐもぐ……あーそれじゃぁ、とっておきのぉおー、出しちゃおっかなぁー♪ 迅雷君、アレお出しして差しあげてぇー♪」
食事をしに長テーブル席へご案内されたのは、伯爵夫人と第一王女の二人だ。
そのうちの一人、ラプトル王女が意気銷沈している。
スプーンにもフォークにも、手が伸びない。
焦げて破けてしまった馬の人形。
その頭をやさしく、なで続けている。
「アレとイうのは、アレのこトでしょうか?」
直立してると燭台に見えなくもない棒が、おうかがいを立てる。
「そうわよ、決まってるじゃぁないの」
「出せ」とフォークを向ける、付け合わせ。
「デは――」
ヴッ――ことん。
それは深めの器。
香り立つ芳醇な香り。
「あらぁ? コレはなんですらぁん? 嗅いだことのない香りですらぁん♪」
落ちていた肩が、持ち上がる。
「幻のミノタ……幻の〝野菜ゴロゴロシチュー〟よ。普段わぁ出ませんがぁ、今日わぁ特別でぇす、えへん♪」
§
「さっきまで居た、霧の中とは別だなぁ……おらぁ!」
ぽきゅ――ゴゴォォン!
ビギッ――ズッガァァァンッ!
ひび割れ崩れる、ちかくの壁。
「さて、ドコに良きゃぁ良いんだ?」
おれには、帰る場所があったはずだ。
そう考えたら、目のまえに光る板が現れ――
ふぉん♪
『▼――――ガムラン大平原/主軸龍脈第一階層
Q:1 D:278 P:73667』
どこかの場所を表した――地図か?
首をかしげて見ていると――
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉぉん♪
板が倒れたと思ったら、大雨で池の水が増すように――
積み重なっていく、光る板。
その最後、一番上の真ん中に――
ふぉん♪
『蟹』
なんて文字がでた。
「なんだかしらねぇけど――この『蟹』が、おれだってことはわかるぞ?」
よくよく見れば今いる細い道の形が、『蟹』の所にも描かれている。
「するってぇと、なにか? おれはこの道を……ひのふのみの……八つも通り抜けねえと、たどりつかねぇってぇのかぁ!?」
おれがいるのは一番上の板で、行き先らしい場所は一番下の板にある。
一枚一枚が、そこそこ広くて入り組んでいる。
そんな光る板にして、八枚分だ。
相当な時間が、掛かりそうなことだけはわかった。
「ううむ? ちいとも腹が痛くはならねぇから、厠の心配はなさそうだが……そのうち腹は減るだろうなぁ?」
目のまえの地面に、食べられそうな草も茸も生えていない。
というより苔のひとつも、生えちゃぁいねぇ。
途中で食えそうな獲物でも、捕まえられりゃ良いんだがなぁ。
「えええっと、こう行ってこう行くと行き止まりか、じゃぁこう行ってこっちに行っても……行き止まりじゃねぇか!」
おれがいる一枚目を手に取ってみたが、わからん。
仕方がないからまずは――ちかい方の行き止まりを目指すことにする。
§
「えっ、みんなも食べたぁいぃですってぇぇぇぇっ――――!?」
テーブルに置かれた〝幻の野菜ゴロゴロシチュー〟は、ひと皿しかない。
「だ、駄目だもんねっ! もう中鍋で三個分しか、残ってないんだぁからねっ!」
ラプトル姫用に出した、ひと皿を守るように――立ちふさがる御神体。
「それデはせメて食べタことがない人だケにでも、振ル舞ってはいかガですか?」
短い体をコツンと、丸茸に当てる飛ぶ燭台。
「ルリーロさまと、カヤノヒメちゃんかぁ……じゃあ、もう二人分だけ出してあげますぅ……ノヴァド工房長わぁ、残念だったわねぇん。もちろん、ほかのみんなは我慢してくだーさいっ! なんせこの、あたくしさまが我慢しているのですからぁっ!」
ふたたびフォークを、棒に向ける丸茸。
「「「「えっ、イオノファラーさまが、食べ物を我慢っ!?」」」」
チラチラとシチューの器を、物欲しそうに見ていた全員が驚愕した!
「シガミーが戻るマでは手ヲ付けないと、願掛けヲしたのです」
ヴォン♪
クルと半回転する棒。
上下はなく、どちらの先も同じように尖っている。
「か、神であらせられるイオノファラーさまが、願掛けというのもおかしな気がしますが――わかりました」
メイドが息を吐いた。
「そうですわね。それにあのお味をもう一度味わったら、一杯程度で我慢できるとは思えませんものっ」
お嬢さまも、深い息を吐く。
「シガミー……行儀ガ悪い方のシガミーが帰還すレば、確保してアるミノタ……幻ノ食材ヲ調理シて、まタ大鍋にたくサん作るこトが可能デす」
「たくさん作る? あっ――薬草師の生産数倍化スキル!」
柔らかそうな猫の魔物の顔の菓子。
ソレを手にしたレイダが、シガミーの初期スキルに思い当たった。
「はいそウです。レイダは細かなこトに、気づク才能がありまスね」
ヴヴヴヴッ、蜂の動き。
「あのギルド長の血を継いでしまっ……継いだのですね。ゆくゆくはギルドの事務方にスカウトしたいですわ」
名物受付令嬢が、サボりがちな仕事に思いを馳せる。
「あぁらぁぁん、すっごくおいしぃですららぁぁん! なんですの、このお味! お父さ……いえ国王陛下にも召しあがって頂きたい、逸品ですらん!」
目を輝かせるラプトル王女殿下。
「うふふ、気に入ってもらえたぁみたいねぇん♪ そこまでおいしそうな顔をされるとぉ、振る舞ったぁ甲斐がぁ有るわぁねぇぇん…………しょうがぁなぁいわぁねぇぇー。今日は二号店を貸し切ります!」
ちいさな手足を広げ、そりかえる丸茸。
「どうされルのですか?」
「この、ミノタ……幻の食材おぉー使ったぁー〝野菜ゴロゴロシチュー〟おぉー、みぃーんなぁにー振るぅ舞ぁいまぁーすっ♪」
「ということわぁ、イオノファラーちゃぁん? ミノタ……幻のぉ食材のぉ、お披露目おぉするってことぉー?」
なりゆきを見守りつつ、ひたすら〝シェフのお任せコース〟を食していた伯爵夫人が――とうとう声を上げた。
§
蜂の巣を突いたような有様の、新ギルド会館。
ギルド職員と、町中の料理人と、大道芸人が右往左往する中。
「にゃみゃごぉ♪」
人知れず雄叫ぶ、猫の魔物。
魔物はダンスをやめて、猛然と超女神像の間から飛び出していく。
ふぉん♪
『おにぎり>みつけたものっ!』
首に提げた木板には、そんな文字が書かれていた。




