320:惑星ヒース神(シガミー)、虚空をさまよう
ぽっきゅぽっきゅ――ぽきゅむ♪
破けた腕をどうにかこうにか、縛りつける。
これで、おれの中身が出て行っちまうことは、なくなった。
「ふぅ、ひと安心だなぁ」
あたりを見わたすも、何も無い。
ただ、地面を何度か踏みしめると――
踏んだ所が白く、まるで氷か張ったみたいに色が付くようになった。
ピキパキと割れそうな音もするから、あまり強くは踏めないけど。
ぽきゅぽきゅぽきゅきゅむ♪
この足音がなんだかはわからないけど、何もない霧の中で音がするのは頼もしく思えた。
「この化け猫がなんだとしても、おれを救ってくれたことにかわりはねぇ」
大事に着てやることにする。
「さぁ、ここはどこだ?」
わからねぇやぁ。
「じゃあ、おれはだれだ?」
わからねぇやぁ。
「じゃあ、どこへ行けば良い?」
わからねぇやぁ。
なんせ、この霧の中で見つけたのは――
この化け猫一匹だけだからなぁ。
「なにもわからんなぁ」
それでも強い光が、どっかに行ってくれたのは助かった。
§
「ねぇ――ルリーロちゃん……もぎゅもぎゅ♪」
「もぎゅもぎゅもぎゅ……なぁんでぇすぅかぁー?」
猪蟹屋一号本店、フロアを一望できる奥座敷。
低い平テーブルの上に、山盛りの冷えた揚げ芋。
そのまわりに並べられた小鉢の数は、十個ほど。
「この柚胡椒なんて、良くなぁい?」
「柚胡椒? どれぇ、もぎゅ? こほっ、こほっ!?」
「あれ? お口にぃー合わーなぁーいぃー?」
「こほっ――か、香りがつよぉて、かないませんわぁ!」
「また、京都弁になってるよぉ? そんなに、おいしくなかったぁ?」
「久々に使うてしもたら、ついつい口をついて出てしまいますなぁ――わては……わたくしわぁ、こっちのバベキュウ味の方がぁ好みどすぇー♪」
§
「すこし、あるいてみるかな」
ぽきゅぽきゅぽくぽくむぎゅっ♪
縛った方の手が短くて、歩きづれぇけど普通に歩けてる。
「はしれるかな?」
ぽっきゅぽっきゅぽっきゅきゅぽぽきゅきゅむっ――♪
んゐ?
ぽっきゅぽっきゅぽっきゅきゅぽぽきゅきゅむっ――♪
ぽっきゅぽっきゅぽっきゅきゅぽぽきゅきゅむっ――♪
ぽっきゅぽっきゅぽっきゅきゅぽぽきゅきゅむっ――♪
結構速く走れるぞ!?
「こりゃぁいいやな、へへへ」
飽きるか倒れるかするまで、走り続けてみるか?
――――――――ををん。
ん、なんかうるせぇなぁ。
音がした方を見――――――――ヴォォン!
「んっぎゃぁっ――――!?!?」
赤い光。
脈打つ大きな血色の光。
そんなのが唸りをあげて、飛びかかってきた!
さっきの眩しいヤツに、また見つかったらしい。
「うっぎゃぁぁぁぁ――――!?」
走る。
強い光から遠ざかる!
ぽっきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅ――――――――ヴォォン!
§
「ねぇ、イオノファラーちゃぁん?」
「そうわねぇ、魔山椒コンソメ味もぉ、おいしぃよぉー?」
「いいえ、そうでわなくてぇー。シガミーちゃんのぉー数字がぁ、増えてるみたいだけどぉ――?」
「んぇ!? 増えてる? 迅雷どー言うことぉ!?」
ごとん――――ヴュゥゥゥンッ♪
テーブルに現れた、大きめの黒板。
ソコには、例の三つの数字とおぼろげな地形。
それに、シガミー(カヤノヒメ)の健康状態などが表示されている。
ふぉん♪
『>どうやら、何かから逃げているようです。音声を出します』
「うっぎゃぁぁぁぁ――――!?」
「「シガミーの声っ!」」
「迅雷、メガホン出して!《・》」
ふぉん♪
『>通話を試みることは可能ですが。
店内では迷惑になりますので、
コチラをお使い下さい』
ヴッ――それは小さなマイクスタンド。
立てた爪楊枝のようなソレに、駆けよる御神体。
「ココワァン――――シガミー、聞こえるぅー!?」
「だれでぇーい、おれぁ死神じゃねぇやぁーぃ!」
「「返事きたっ!」」
「シガミー、無事なのっ!? ソコはドコなの!? いますぐ帰ってきなさぁぁぁぁぁいっ――――!!!」
まばらな店内、猫の頭の青年がチラリと振り向く。
「おれは御武家様じゃぁねぇやぁい。まぶしぃぃやぁぁーぃ!」
「もう、なにいってるのっ!? とにかく、そっちじゃないわよっ! どんどん遠ざかってるわよっ!」
上の数字が増えて、下の数字との差が開いていく。
上の数字が黄色になり、とうとう赤くなった。
「シガミーちゃぁん!」
「シガミー、引キ返してクださい」
黒板に話しかける、狐の耳のご婦人とアーティファクト。
「だからぁ、おれぁ死神じゃねぇやぁーぃ!」
「埒があかないわねぇっ!」
コトコトコトコトトトッ――地団駄を踏む御神体。
「もっきゅもっきゅもきゅもきゅもきゅもきゅ――――♪」
「この音わぁ、シガミーの足音ぉー?」
コトコトコトトトト――――!
跳ねる御神体!
「そのよウです」
ヴォォンヴヴヴヴッ――――!
うなるアーティファクト!
「あぁあぁもぉう、どんどん離れてしもてますやないのぉっ!」
その鋭い視線は、テーブルの上の御神体へ。
その首へ、釘付けになる。
バシィィンッ!
狐夫人の平手の一閃。
御神体の丸い頭を、ペチリ。
§
「うをわぁぁぁぁああっぁ!?」
な、なんでぇい?
赤い球から逃げてたら、どこかから話し声が聞こえてきやがった!
「だからぁ、おれぁ死神じゃねぇやぁーぃ!」
ぽっきゅぽっきゅぽきゅぽきゅぽきゅきゅきゅむ♪
走る走る。
霧の中をドコまでも。
「あぁあぁ■ぉう、どんどん■れて■■■■■■ないのぉっ!」
なんて言ってるか、わかりゃしねぇ。
――――ぞっぶぅん!
急に足下がぬかるんだ!
「うっぎゃぁぁぁぁっ――ち、血の池地獄かぁ!?」
あたり一面が真っ赤に染まり――
おれの体が、沈んでいく。
おれはジタバタともがき、すんでのところで赤くねぇ地面にたどり着いた。
「はぁはぁはぁはぁ――――し、死ぬかとおもったぜ!」
§
「ちゃいますぇ! そっちに行ったらあきませんぇ!」
ペチペチペチリと御神体の頭を平手で叩く、伯爵夫人。
「うぅむ、面妖な!? あたくしさまの頭を叩くとぉ――」
ぺちぺちと執拗に叩かれる、御神体の頭。
痛くはないのか、まるで動じない美の女神。
ふぉん♪
『>はい。シガミーの進行方向が変えられるようです』
「そうっ、そっちどすぅぇ――――♪」
数字が緑色にもどり――御神体を叩く手が止まった。




