32:大道芸人(幼女)、鍛冶工房はあつい
「シガミーッ、生きてるー!?」
扉を蹴破り、飛び込んできたのはレイダ。
「おう。なんともねえぞ。わりい、ギルド長。小屋をこわしちまった」
「はぁはぁ、ふーっ。無事でなによりです……この小屋は物置にしか使っていないので、少しくらい壊れても平気です」
肩で息をするギルド長。大あわてで駆けつけてくれたのだ。
「ギルド長どノ、この大量の使イふるしの避雷針はどうサれるのですカ?」
「コレは、組成が変化し魔術特性がなくなったオリハルコンを、保管しているだけですが……」
「この良質な電解鉄を有効活用しないのは、冒険者ギルドの……いえ、このガムラン町の損失ではないのでスか?」
§
質が低下した希少金属は、市場に出すこともできなくて、小屋にためこまれていたのだ。
「シガミー嬢ちゃんよう、ほんとうにこんな、やわらけえ鉄でそんな魔剣が打てるってのかい?」
ここはかれら、小柄な種族たちの鍛冶工房。
製鉄や金属加工のための設備が、ところせましと並んでいる。
「ほんとうだぜ、前にいたとこじゃ、〝白鋼〟なんて言われて刀の材料にされてた」
おれとそんなに変わらねえ背格好の、この怪力おやじは食堂の常連で、鬼娘とも顔なじみだ。
なまえは何だったか――「(ノヴァドです、シガミー)」
「(そんな名前だったな。あちい……迅雷は暑くねえのか?)」
ノヴァドたちの工房で、これから始める実演の手つだいをしてるが、暑くて倒れそうだ。
「(はい、問題ありません。まもなくデモンストレーションを開始できます)」
がやがやがや――野次馬が集まってきてる。
§
おれたちには、ちょっとした目論見があった。
そのためには、あの小屋にあった大量の〝要らねえモノ〟を〝要るモノ〟にかえる必要がある。
〝いらねえモノ〟が、なまくらになった金属棒。
〝いるモノ〟が、いまからつくる――魔剣。
「(おい、ほんとうにできるんだろうな?)」
もういちど、確認しておく。
ここまで大がかりに話をすすめた以上、うまくいってくれねえと、立つ瀬がねえ。
「(超高純度鉄は〝浸炭〟することで、錆びず酸にも溶けない性質を保ったまま、表面を硬化させられま――)」
「(理屈はいらねえ――居合刀ができりゃそれでいい)」
「(はい。ひつような性能に達しなかったとしても、〝錆びることのない硬い鉄〟が確実に手にはいりますので、鋲や火箸などの日用品を提供可能です)」
「(――よし、はじめるぞー?)」
あたりをもういちど見わたすと、ギルド長が工房に足を踏み入れている。
「――迅雷どの、この泥が入った桶は何に使うのですか?」
鍛冶職人連中に指示をだしていた迅雷に、ギルド長がたずねた。
「こノ藁をまゼた泥で、部分的にコーティング……段階的な硬度調整をしマす」
ちなみに迅雷は、例の密談のほかにも、いっぺんに大勢と話ができたりするみてえだ。
つまり、おれがやることは、ほとんど無え。
「うん、さっぱりわからねえな。嬢ちゃんこいつぁ、何を言ってやがるんだ?」
迅雷とギルド長の話を聞いていた、工房長が音をあげる。
「大丈夫だ、おれにもわからん。だまされたと思って言われたとおりにやってみてくれねえか」
「しかしなあ、こんな剣の製法は――見たことも聞いたこともねえぞ?」
魔法で鉄を熱してたたき、剣のかたちに成形。水桶に入れて急激に冷ます。
くりかえす工程のなかの、〝熱する方法〟に〝炭〟をつかう。
変わったところは、それだけだ。問題はねえはず。
「――――お・ねぇ・がぁ・い、うぅふぅふぅ~♡」
レイダがギルド長に頼みごとをするときに、毎度やってるクネクネしたしぐさと台詞。
しゃらあしゃらした感じのを、見よう見まねでやってみた。
工房の外から、レイダがこっちを見ている。
なんだその、ジットリした目は。
ちょっと、おめえの真似をしてみただけじゃねーか。
工房長はおれから目をそむけ、鉄塊みてえな金槌を手にした。
目論見/計画すること。くわだてること。
純鉄/まじりのない純粋な鉄。
浸炭/炭素の少ない鉄に炭素を吸わせ、表面が硬い鋼にすること。
鋲/頭が大きくまるい釘。
火箸/炭火をつかむための金属製の箸。




