300:仙果到達ルートC、秘伝のおねだん
「ちょっと待って――こらニゲルっ! 西計三十六くん、止まりなさい!」
浮かんだ球が、おれや第一王女には見えない――たぶんニゲルを追ってさまよい始めた。
ザッギィィィィィンッ――――ザッキィィィンッ!
シュカカッカカカンッ――――ゴコゴコゴコゴコォォンッ――バララッラッ!
錆びた音が、途中から聞こえなくなった。
えらく硬ぇ物を斬って、聖剣(安物)の錆が落ちたな?
何が起きてるのかは、なんとなくわかった。
おれは耳栓を、耳に付けた。
「ニゲルが斬ってんのは……ひそひそ……ゴーレムなんだな?」
ふぉん♪
『>はい。約1500体の多種多様なゴーレムを、
ひとりで殲滅しています』
うーん、ニゲル……とうとうやっちまったか。
あの剣の腕が認められるのは、悪いことじゃねぇんだけど。
あの姫さん……向こうの跳ねっ返りのほうの姫さんが、どう出るか見当が付かねぇ。
「ソッチは……ひそひそ……ドコなんだぜ?」
さっきの『会計を同一にする金銭的共同体』うんぬんってのが、気になる。
ふぉん♪
『>ココは魔王城に隠されていた階層です。
ゴーレムたちを追跡した所、たどり着きました。
現在は階層中央の転移陣から現れたゴーレムに、
襲撃されています』
どういうコトになってんだぜ、まったくよ。
「ねぇー、お野菜色のケットーシィちゃん、テーブルまで運んでらぁーん?」
こっちの姫さんは……首謀者にしちゃ、随分とおっとりしてやがるし。
テーブルにたどり着いた彼女は、自分で椅子を引いて座った。
ゴソゴソと取り出したのは、さっき作り方を教えてやった、色々な物を映し出せる木の板。
それに、なんだありゃ?
菱形の透明な石が浮かべられた台座には、骸骨の形があしらわれていて――
とても一国の姫が持つ物には、みえねぇ。
カチリ――ピピププン♪
ゴーレムを作るとき、骨にはわせた鉄線。
ソレで繋がれる木板と、趣味の悪ぃ何か。
チチチィーッ、カリカリカリッ――――ビュパァン♪
夜中にガムラン町のギルドに忍び込んで、女神像に迅雷がなんかしたときみたいな――結構な騒音。
クルクル回る菱形の動きに合わせて、いろんな図案や文字が現れては消えていく。
「うふふふふふふららぁぁーーん♪ これは、とっても便利らぁん……あと何枚か欲しいらぁん♡」
木の板の評判が良いぞ。
神々の知恵を使わずに文字板を作ろうとしたら、ものすごい手間が掛かって――
死ぬ思いをしたことは……もう忘れたらしい。
ゴーレムの材料で言やぁ――だいたい百匹分の小さな素材が要るし――相当な贅沢品になる。
迅雷が居りゃジンライ鋼と隠れ蓑を、木板に埋め込むだけで済むけどな。
「で、必要最低限の……ひそひそ……損害ってぇのは?」
聞きたくはない。
どうせ碌でもねぇことに、決まってる。
ふぉん♪
『>ニゲル青年がかわした召喚契約に基づく、
戦闘評価の出来高収支です』
戦闘評価だぁ?
わ・か・ら・ん。
「うふふうふふっ、さすがは未来の旦那さま(仮)♪ とても良い仕事らぁぁぁん♪」
さっきから、聞き捨てならねぇことが――ぼろぼろぼろぼろ出てくる。
杓子女とはいえ、こいつさまは王女であらせやがるから、問い詰めるわけにも口を手でふさぐわけにもいかねぇ。
いまは様子を見よう。
椅子に座って横から覗きこむと――
『馬』か?
あと『鳥』に『鹿』に――
『人』の形もある。
その形は墨で塗られていて、大体の姿しかわからねぇが――
歪さがよくわかった。
尖った形が、まるで隠れてねぇ。
「ゴーレムだな?」
その五、六個ならんだ『形』の下。
三桁の数字が、どんどん目減りしてる。
「この数字は……何でぇい?」
どんどん減っていく。謎の数字。
「ソレは、ゴーレムの在庫ですらん♪」
そして逆に増えて伸びる、謎の棒。
「じゃあ、コッチは?」
棒は増えることを拒むように、ピクピクと耐えていたが――
すぐに、増える一方になった。
「ソレは、ゴーレムに対する戦闘評価……ええっと、ニゲルさまの剣筋につけた……お値段かしらぁん?」
ニタリとした表情。
「剣筋につけた、値段だとぉう?」
そんな物、門外不出で奥義で秘伝に決まってる。
いくさ場じゃ、よその斬り合いを見てる余裕なんかねぇしな。
ニゲルの太刀筋は、おれでもふせげねぇ。
そんな物、人の身で支払えるもんじゃ有るめぇよ。
一国の姫なら――お抱えに出来るのかもしれんがぁ。
「ふぅん、この棒がニゲルの俸禄……収入になるってんなら良いことだが」
まだウチの二号店も始まったばっかりだったし、そこまで払ってやれてなかったしな。
「いいえ、そっちじゃないわらん。そっちは機能停止したゴーレムの総原価ららん♪」
んううんむ? この画面、ソッチでも見れるか?
ふぉん♪
『>はい。約200フレーム、
三秒ほどの遅延が発生しますが、可能です』
ふぉふぉん♪
『馬:321/評価アベレージ32%』
『鳥:173/評価アベレージ47%』
『鹿:61/評価アベレージ76%』
『狼:85/評価アベレージ43%』
『人:52/評価アベレージ41%』
『ラプトル:1/評価アベレージ0%』
おれの目尻から映し出される画面のにも、おなじゴーレムの絵が立ちならんだ。
「おい、これでニゲルの取り分は……ひそひそ……いくらくらいだ?)」
ふぉん♪
『>ありません』
「(はぁあああ!?)――取り分がねぇってのは、どーいうこったぜ!?」
話がおかしい。
隣にすわる杓子王女を、睨み付けてやった。
「あらん? お嬢ちゃんには、この数字の読み方がわかるのかしらぁん?」
「おうよ――どーいうこった?」
「おかしい所は、ないわらぁん。だって、同じ倒し方ばかりしてたら、その評価……価値が下がるのは当然でしょらん?」
はぁぁ? 同じ倒し方?
何を言ってやがるんだ?
むしろ、同じ斬り方をしねぇつもりで――コレだけ数を減らしてる青年の異常性。
それに気づいてやれるのは――おれしか居ねぇだろう。
そう思った直後。
居たのだ。
彼の無数の剣筋。
そのたぐい希なる勇者としてか、はたまた日の本の血によるものか。
ソレに気づいて――
「コォ――――ON!」
真言を発した奴が。




