30:E級冒険者(幼女)、魔物図鑑ととんがり屋根
おれの前世の修行は体現することに特化していた。
体がうごきゃあ、道理がとおせる。
魔物に狩りの手順があるなら、そいつをこなすのに、おれの自在にうごく体が邪魔になるこたぁあるまい。
そう考えたおれは、ある場所に向かった。
§
「食える魔物で……ちがうな。食ったらうめえ魔物で強えやつは居んのか?」
ここは冒険者ギルドの書庫。
「まだ該当すル魔物は見つかりマせん」
長机の上につみあげたのは、本の山。
細腕を器用にのばし、一冊をひろい上げ、丁をめくる独鈷杵。
「草原で狩れる小さいのでも、おいしいよね。女将さんの店の料理は特に」
子供も手近なのをえらんで、ぺらぺらとめくっている。
「そうだなー。昼飯はいつも木さじ食堂だしなー」
貝や角ウサギを納品するついでだ。
ときどき食える草なんかも届けるけど、そっちはまったく金にならない。
「どれ、おれはこいつを読んでみるか――よいしょお」
大きくて重い図譜をひらく。
見たこともない、ふざけたかたちの魔物が、へたくそな絵で描かれていた。
前世じゃ、コレだけの書物を自由に見ることなんてできなかった、
それが、この冒険者カード一枚有りゃ、見放題って言うんだから――
この上なくありがてえってもんだぜ。
「(どうだ? なんか使えそうなことは、見つかったか?)」
「(イオノファラーの持つ情報と照らしあわせていますが、もどってくる情報に有益なモノは、まだありません)」
独鈷杵型の迅雷が、ひらいた書物のうえをころがる。
「(五百乃大角はうまいかどうかしか、知らねえみてえだしなー)」
どうやら、ころがるだけで読めるらしいが……楽だなソレ。
「(イオノファラーです、シガミー)」
「高く売れたり、LVとやらを上げんのに、うってつけなやつでも良いぞ」
「LVも経験値も高いのはやっぱり、マンドラゴーラだよ。ふつうは森のおくまで行かないと、いないはずだけど……このあいだはなんで、あんなところにいたんだろ?」
レイダは薬草なんかが、くわしく書かれた図譜をめくっている。
「あの大根は、そうとうめずらしい奴だったんだなー……なんか癪にさわるぜ」
おう゛ぉごぴゃぎらびゃ――――つい思い出しちまった。
「(〝経験値〟ってのわぁ修行の成果なんだっけか?)」
「(はいそうです。一定量を超えるたびに、実際の能力や技術が上昇するしくみです)」
うむ。出来高が効として表れるってのは実に、風情はねえが実理があるぜ。
「万鐃甲羅はあれから一匹もみねえ。森んなかに取りに行けりゃいーんだがなぁ」
鬼娘の話じゃ、おれたちが森に入れるのは、まだまだ先らしい。
「シガミー、このあいダのマンドラゴーラ討伐が成功したのは、ほかに魔物がイなかったからです。森の中でマンドラゴーラの攻撃にヨり行動不能におちいった場合、まず生きて戻れないとお考え下サい」
棒が書物をめくる細腕をとめ、こっちをみた。
「そうだね、『マンドラゴーラは状態異常にした魔物をべつの魔物に襲わせて、その死骸を養分にする』って、ここにも書いてあるよ」
青ざめた面でそう言われると、おれもさすがに怖くならぁな。
せっかくひろった〝来世〟だ。好きこのんで危ねえモンに近づくこたぁねえ。
レイダの貝釣りに、おれの角ウサギ狩りで、最低限生きちゃあいける。
「ここらで一発でかい獲物をって思ったけど……日の糧を稼げるようになっただけで、よしとするかー」
「えへへ、そうだね。F級クエストがなくなっちゃって、どうしようかと思ってたもんね」
う、そりゃ、おれのせいだから、攻められてる気がしないでもねえ。
「ぅふぇーぃ♪」と、おれは机につっぷした。
われながら、なんて覇気のねえ声か。
まどの外には荷馬車や冒険者たち。
ここは冒険者ギルドだからなー、いかつい連中ばっかりになるよなー。
みょうに細長い影が、冒険者たちを突き刺すようにのびている。
「なんだ、あの影?」
「どうしたの?」
レイダが机のむこうがわで、おなじように机につっぷした。
「いや、あの影がみょうにとんがってんなーって思ってよ」
「あれは、この冒険者ギルドの影だよ」
そういや、ギルドに最初に来るときに目印にしたっけ。
「風が吹いたら折れちまいそうだけど、なんか意味あんのかぁ――うけけけ♪」
いけねぇ、五百乃大角のがうつっちまった。
「意味はあるよ……えーっと、たしか……なんだっけ――うけけけ♪」
レイダにまでうつったぞ。人から聞かされるとやっぱり、魔物みてえなわらい方だよな。
「――今日もたのしそうですね。魔物のマネですか?」
背後の気配に気づかなかった。焼きが回ったもんだが、おれぁいま子供だからな。
「お父さん!」
細身の長身に飛びつくレイダ。子供か。
「いマは、ギルド施設の屋根形状にツいて意味があるのノかを議論していマし――」
ことのしだいを説明する迅雷に、ギルド長が飛びついた。子供か。
「や、屋根のかたちには意味がありますよ。ひひひひひとことで言うなら、〝カミナリが町に落ちななななないおまじない〟です!」
寡黙でうれいのある佇まいが、一転。
長髪をふりみだし、一心不乱に独鈷杵を愛でるギルドの長。
まだ〝宛鋳符悪党〟である迅雷への興味は、つきてねえみてえだぜ。
道理/正しい道筋や理屈。
出来高/収穫した作物などの総量。
実理/日々の実体験から得た道理。経験則。




