293:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、ニゲル事変(二回目)と魔海
「ふぅ、まさかこんな所で、おこもり……じゃなくてドルイド姫に遭遇するとは……」
黒い騎士の表情は、苦渋に満ち満ちていたらしい。
「いま、お父さま……コントゥル伯爵から外交ルートで手を回して頂いていますわ」
狐面を頭の上に跳ねあげた剣士も、通信機を手に困惑の表情だったとか。
「情勢ヲ鑑みルに、こノ場に伯爵夫人が居あわせナかったことは――不幸中ノ幸イかと」
空に浮かぶアーティファクトが、冷静な声で話す。
「そーですね、領民であるシガミーを……拐かされたと知ったら――」
頭上を漂う棒のようなアーティファクトを、じっと見つめる給仕服の――
その背が、ちいさく震えた。
ギャリザキィィン――――!
剣戟の鋭い音。
ゴッゴン、ガガァン、バッガッ――バラバラバララァァッ!
散らばる、棒や球や鉱石。
累々と横たわるのは、かつて人の形をしていた物。
「消えてぇ、なくなれぇぇぇぇぇっ――――――――!!」
目にも止まらぬ速さで、異形の怪物を解体していくのは――
頭に猫の耳をのせた青年。
「それにしても、ニゲルさん。す、凄まじいですね」
ケープを羽織った女性が、驚愕する。
「本当でしたのねぇ――シガミーが、「おれでも敵わねぇ」なんて言ってたのは……」
狐面をおろし、戦いの支度をととのえる剣士。
面越しの瞳に金色の光が、宿ったとか宿らなかったとか。
「鬼気迫るものが、ありますね――」
ガッチャリと、大盾をかまえる騎士。
「ニゲルさん、まるで冒険者みたい!」
呑気な様子で――
「ウヌゥ――相対したくない相手だ」
はたまた剣呑な様子で――
まるで踊り狂う青年を、見つめる子供たち。
タパァ――ン♪
突然の号砲は、青年の心の臓めがけ飛んで行く。
すたん――すとん。
凶弾を歩幅の振幅でかわし――歩を進める青年。
尖った目を持ち、口から鉄弾を吐く異形の怪物。
ソレが、〝一匹だけ立ちつくしていた猫の魔物のような生き物〟に飛びかかった。
ぽっぎゅむ?
魔物は一瞬で、怪物の腹に収められる。
「いぃなぁくぅなぁるぇぇぇぇぇぇぇぇっ――――――――!」
猫耳のせ青年に、寸断される瞬間――ボッゴォ♪
怪物は地に沈み――姿を消した。
コカカァァァァァッ――――!
すっかり錆が落ちた、光り輝く剣を――じっと見つめる高貴な瞳。
「ちっ――逃げられたかっ!!!」
忌々しそうに、剣を鞘に収めていく青年。
その耳が、狐耳と正対した。
「迅雷くーん――首尾わぁ?」
「はイ、シガミーへノメッセージヲ三件、記述しマした」
こんな按配に九号の書状は、したためられたんだそうだ。
コレはぜんぶ、あとから聞いた話になる。
魔王城城下町へたどり着いた一行は、大量の怪物――
ゴーレムの襲撃に遭ったらしい。
「私ひトりおめおめと逃げかエってきてしまいましたが、シガミーハ大丈夫でシょうか?」
ヴォォォォン♪
「仕方ないでしょ、演算単位が使用不可な空間に逃げられちゃったんだから! むしろ二号にロック掛けて、シガミーの保全を図れただけでお手柄、お手柄ぁー♪」
カシャ――『(Θ_Θ)』
ヴォォォォン♪
浮かぶ球に乗った根菜と――
空飛ぶアーティファクトが――
大きなテーブルを取りだし、何らかの算段を始めた。
§
「ごっほ、がっはっ!?」
ソレは火龍の寝床で最初に吸った、焼け焦げた空気。
アレと似ていた。
ダッダッダッダッダダダッ――――グゥワォウルゥ♪
けっほけっほげっほ――!?
酉の方角から来るぞ!
燃え散る火花の如き熱気。
ソレでいて――極寒の吹雪に混じる雹のようでも有る。
その濃霧を疾走する――のは石吐き狼に似ていたが、
色がちがっていて、縞模様が浮き出ていた。
檻に捕まってたのと、同じ種類だな。
妙に息苦しい!
気がよどんでやがる。
えーっと……神力棒は、どうやって取りかえるんだったか。
ヴッ――指輪に二本、いれて置いたうちの一本を取りだした。
神力棒をつかみ、おにぎりに突き出す。
これが精一杯だった。
グワォウゥルルルルゥ、グワォウゥルルルルゥ、グワォウゥルルルルゥ、――――♪
消えかかる景色。
飛んできたのは、石は石でも――
透明な石だった。
まるで、ゴーレムどもの目玉みたいな。
ぽっこきゅむっ――――ゴガンッ!
それをかるく蹴りかえす、おにぎり。
ギャワウゥウゥゥウンッ――断末魔。
目玉に目玉を貫かれた、目玉吐き狼が事切れた。
あたりに漂っていた、唸りや足音が遠のいていく。
げっはごがはぁっ――く、苦しい。
きゅむ――かちりっ♪
何かが脇腹あたりに、差し込まれた気がして――
ふっしゅごわぁぁっ――――ずっはぁぁぁぁぁぁぁあっ!
息が出来るようになった!
はぁはぁ、杓子姫もどうにかしねぇと、息が出来なくて死んじまう!
「今すぐ、引き返せやぁ♪」
おにぎりが真っ黒い布……迅雷式隠れ蓑を取りだした。
口にくわえた黒布で。
片腕で器用にぐるぐると、第一王女とやらを巻きあげた。
まだ目を回したままなのか、ピクリともしやがらん。
――――死んでねぇだろうな?
蘇生薬が効いてねぇんじゃ?
「にゃみゃがぁ――♪」
おにぎりが、なんて言ってるのかはわからねぇが。
ソレが〝心配事じゃねぇ〟のだけは、ちゃんとわかった。
お? ジタバタできる!
息が出来るようになったら、体が動くようになったぞ?
「おにぎり、はなせやぁ♪」
言うが早いか――どばったり!
おれは、投げ捨てられた。
ひゅぅぅうぅっぉぉぉぉぅ――――焼け焦げた、ぬるい風が吹く。
一面の赤い景色。
振りかえると――遠くの方に、石造りの建物が見えた。
ひとまず戻るべきだろうな――ぽきゅ♪
おれが歩を進めると――ぽきゅむ♪
「やい、おにぎり! なんで、ソッチへ行く?」
なぜか背を向ける、極所作業用汎用強化服:自律型一号。
ぽきゅぽきゅぽきゅきゅむ――♪
しかも軽快な足取りで。
ぽっきゅぽっきゅぽっきゅぽっきゅぽっきゅ――♪
一号のあとを追い、一直線にドカドカと走り去る、特定作業用突撃用強化服:特撃型たち。
やべぇ――こんな訳のわからん所に、置いてかれたら……死んじまう。
ぽきゅぽきゅぽきゅぽきゅ♪
おれは碌に金剛力も出せなくなった二号にむち打って、必死にあとを追った。




