291:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、杓子女とねこのまもの
「にゃみゃがぁぁあぁっ――――!」
鉄の格子を横にはらう!
ガキュッ――――キィィン!
直刀の先が、折れて飛んだ。
「ぅらぷっ――!?」
女が足下に刺さった刃先をみて、取り乱す。
体に付けた馬の人形をちぎっては投げ、ちぎっては投げ――
ポポポポポポイッス♪
コッチへ向かって、バラ撒かれる馬。
この狭い場所じゃ、仕込み刀を振り抜けねぇ――すぽん♪
ヴッ――ぱしん。
錫杖をしまい、小太刀をだした。
投げつけられた人形の姿が――――異形に変わる。
目を形作る、鋭利な宝石。
口からは、銃口の空いた黒金の銃身。
四つ足は太く不格好で、馬らしくはなかったが。
長い顔と首と胴を見るかぎり、やっぱり馬のつもりらしい。
背骨にぶら下がる腹は大きくて、まるで人ひとりくれぇすぽんと収まりそうなほどだ。
「ふぬぅ、檻を囲まれた!」
迅雷迅雷五百乃大角よう、姫さんでも妖怪狐でも誰でも良い。
助けろやぁー!
ついさっきまで、こんなことになるとは思ってなかった。
ガムラン近くの岩場に生まれ落ちてから――現れた敵はすべて倒してきた。
今回も、錫杖と小太刀で事足りるはず――という奢り。
毎日が、それなりに楽しくて、研鑽を怠ってなかったか。
どこか心が、ゆるんでいたのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
§
「なんて焦ったときもあったが……もぐもぐもぐ」
こうして暮らしてみたら、ココもそれほど悪かねぇ。
「にゃみゃがにゃん、にゃみゃみゃごぉ♪」
飯のあとは、甘くねぇ菓子が食いてぇにゃぁ♪
小太刀を一本奪われたが、そのあとは何もされず――
飯の献立をコノ――目玉ギラギラ野郎が、甲斐甲斐しく聞きに来てくれやがる。
腹から飛びだす板。
ソコに描かれた飯の絵の中から、食いてぇ物を選ぶとソレがちゃんと出てくる。
最初のウチは〝死んだ角ウサギ〟、〝死んだ蝙蝠〟、〝死んだふた首の大鷲〟、くらいしか選べなかった。
描かれた絵を肉球で押すと、ほどなく死んだ何かが届くから――
自分でさばいて、料理して食った。
収納魔法具に入ってる食い物は、できるだけ温存しときてぇからな。
とにかく、五百乃大角対策で持ち歩いていた飯の支度一式が、役に立った。
そのうち〝鳥の丸焼き〟とか〝焼き魚〟とかが出てくるようになったのは、むしった羽や毛皮や鱗を、皿にのせて突っかえし続けたからかも知れない。
ときおり格子が開くから外に出ると、道先はひとつしかなく。
結局は別の格子へ移るだけだった。
それでも檻は次第に大きくなり、テーブルに椅子に厠に――なんと小せぇが風呂まで付くようになった。
袖から腕を抜いて冒険者カードをとりだし、現在日時を確かめるのにもなれ――
丸一日が過ぎた。
さっき選んだ菓子が届くのには、一時間くらいかかる。
「みゃにゃがぁー、みゃみゃがやーにゃん♪」
風呂にでも入るか。おれぁ祭りからずっと、働きづめだったからな♪
水も火も刀も槍も通さない服を着たまま、風呂に入ることに意味はない。
それでも(尻しか沈まねぇが)水に浸かる。
そして二号の中を〝みずのたま〟で満たし、首から下を水につけた。
すると暖かくなってまるで、風呂にでも入っているような気分になるのだ。
二号に溜まったぬるま湯は、厠で息むと勝手に落ちて流れていく。
コレはもとから強化服の仕組みで、普通に出来る。
猫耳頭をしたまま飯を食ったり、作った道具を口から外に取り出したりするやつの――逆をするのだ。
ただ、強化服の中に着ていた服や防具は、ぜんぶ腰の収納魔法具に仕舞った。
中には腰の革ベルトしか装備していない。
風呂のあとの乾燥の魔法も、だいぶうまくなったし……半年くらい住むか。
などと考えたころ、アイツがやってきた。
§
「こんにちらぁーん、ねこのまものらーん♪」
どうやらコイツぁ、地声がこうらしいらーん♪
例の女だららーん♪
この来世も広いもんだぜ。
色んなヤツが居るが、ゴーレムを操る女……か。
そんな酔狂な奴の話なんて……あれ?
どっかで聞いたか?
ガガンガンゴゴガガン♪
「みゃがにゃっ!」
うるせぇ、また杓子で格子を叩いてやがる!
お前さまは、そうやっておれの飼い主面をしてろ。
おれが、いかに快適に過ごし、だらけきっているのかも知らずになぁ。
この女は、猫族の猫族共通語をしゃべれない。
ゴーレムたちも、話すことは出来ないらしい。
おれが誰で、オマエが誰なのか?
ここはドコで、この牢は何だ?
なんていう話は、まるで出来ていない。
猫語を共用語に書きなおす板が、出せりゃ良かったんだが――
迅雷の収納魔法が使えないから、どうしようもねぇ。
というより、どうも首うしろに居るはずの迅雷が居ねぇっぽい。
つまり掛け値なしに、お手上げだ。
ガガンガンゴゴガガン♪
また杓子で格子を、叩く女。
目玉ギラギラのゴーレムが、付き従ってる。
今日のヤツは、人の形をしていた。
馬や蜘蛛の形の方が、まだましだぜ。
気持ち悪さに拍車がかかって、見るにたえない。
カタカタカタ――ン。
そのおぼつかねぇ足音もやめろにゃ。
気が滅入ってくるだろみゃぁ。
「にゃみゃがやー、みゃにゃん♪」
いいからさっさと甘くねぇ菓子を持ってきてにゃ。
ぬるくてあまりうまくない酒と、ツマミ代わりの鳥の丸焼きでもいいけどみゃっ。
ゴーレムの足音につづく――――ぽっきゅぽきゅぽきゅきゅ――――ん?
聞きなれた、ふざけた足音が聞こえてきた。
格子が開かれ――――ぽきゅぽきゅと踊り込んできたのは。
猫の魔物みたいな連中。
「ららぁーん♪ きょうはおともだちを、つれてきてあげたらぁーん♪」
ソレは、シシガニャンの群れだった。




