290:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、ねこのまものとアレ
ドアを開け、入ってきたのは――
「くふくひゅらーん♪ さぁ一体どんなマモノが、ひっかかったのかしらーん♪」
どうしてこう、この世界の女供は。
強いヤツほど、そしてかつ、たぶんだが――
高貴なヤツほど、傾いてやがるんだ!
央都で催された宴会。
あの場にいた貴族の連中に似た、しゃらあしゃらした服。
ソレに大きな……逆さにした鉄瓶みたいな、丸い兜。
兜には注ぎ口が二つ付いてて、ソコから一房ずつ髪が垂れている。
そこまでは……まぁ良い。
高貴な身分で、冒険者筆頭のヤツも居るからな。
しゃらあしゃらしたまま気ままに冒険に出て「せめて頭だけでも守れ」と、お付きの連中に言われたのかもしれんし。
だが、その肩、胸元、袖裾に靴、しまいには背中にとんでもなく――どでけぇ!?
「(おい迅雷、ありゃなんだ? まさか、馬か?)」
やたらと沢山、体に付けられているのは。
寸足らずの四つ足。
そんな、魔物か動物――特に馬みたいな……角が生えてない鹿みたいなの。
そういう生き物に似せて作られた、人形か?
「(そのようですね、馬車を引くために使役される、足の長い魔物に酷似していま――――――ザヴユギュキ!)」
「っきゃぁぁぁぁ! 魔物ららーん!?」
迅雷の念話を聞くやいなや、胸元の馬人形をカラダから引きちぎって――
思い切り投げつけられた!
っていうか、魔物っておれのことかぁー!
ぽこん♪
猫耳頭にぶちあたったが、全然まるで痛くねぇ。
コッチは二号を着てるしな。
その油断が、あだになった。
ここは人っ子一人居なくても、曲がりなりにも敵の本丸。
そして罠だらけの城中を、平気で歩いてるヤツなんて。
まともであるはずがなかったのだ。
馬人形が、広がっていく。
「みゃ――――――――!?」
覆われる視界。
黒い何かで、包み込まれる。
「(なんだぜこりゃ!? 迅雷!?)」
返事がねぇ、それと二号が急に重くなった。
「――、――――♪」
なんかボソボソと、声が聞こえる。
迅雷ー! 五百乃大角ー!
聞こえてねぇのかぁ――――!?
闇のなか――ガチャガッチャガチャ、ゴッドドゴゴゴ、ゴドゴドゴドドン!
地を割るような、うるせぇ。
ガチャガッチャガチャ――ゴッドドゴゴォォン!
どこかへ運ばれているのか?
やべぇ、やべぇな。
迅雷もダメ、五百乃大角も居ねぇ。
二号は動かねぇし、どーすりゃ良い?
あ、まさか、この城に誰も居ねぇのは――
「(さっきの女の何かの魔法か、何かのスキルかぁ!?)」
こいつぁいけねぇ、どーにかしねぇと。
魔物がすでに倒されてるなら、おれも同じ末路をたどる。
そしてもし、どこかに連れ去られてるってんなら――
おれは魔物たちが閉じ込められた場所へ、放り出されることになる。
§
パッカパッカポッコポッコ♪
しばらく前から騒音が止んで、これに乗せられてる。
暗闇の中、揺られること――どのくらいか。
迅雷の画面が何も映し出さなくなっちまったから、まるでわからねぇ。
「んぎぎぎぎっ――――痛ってぇなっ!」
シシガニャンの袖から、むりやり自分の腕を引っこ抜く。
「ひかりのたま」
魔法が使える?
あまりにも近くてまぶしいから、頭の上の方に球を追いやる。
首に掛けた紐をたぐり、冒険者カードを取りだした。
『〇〇○/△△/××
現在時刻 10:27』
たしか玉座の間に飛びこんだのが、九時過ぎくらい。
それほど時間は、過ぎてなかったが――
クエスト期限は、明日夕刻まで。
町に戻るのに一週間はかかりそうだし、火龍の三号店は「壊る」ちまうなー。
パッカパッカポッコポッコ♪
しかし、この揺られ方は、まちがいなく馬だな。
眠くなるぜ。
さっき投げつけられた馬の人形に、乗せられてんのか?
いや、人形はせいぜい……1シガミーの半分の半分だった。
「ふわぁーあふぅ♪」
パッカパッカポッコポッコ♪
ううむ、眠い。
程なくして――――ぱかり♪
急に明るい場所に放り出された。
「こんにちらぁーん、ねこのまものらーん♪」
どうも、ふざけてるわけじゃなくて、地声がこうなのだな。
鉄瓶を脱いださっきの女が、目のまえに居る。
ココは、無数の魔法具箱で照らされていて、昼間のように明るい。
鉄格子ごしに見た女の顔には、まるで表情というものがなかった。
「にゃみゃごにゃ――ぁ!」
あっ、猫語しか喋れねぇぜ。
どうする?
迅雷が、黙りやがったままだ。
まだ飯……神力は十分残ってたはずだ。
どういうわけだか、画面を通して外の様子だけは見聞き出来るのが、せめてもの救いだった。
「温泉入浴八町分!」
猫耳頭を開ける呪文を、唱えてみたけど外れない。
「ららぁあぁん?」
女は仁王立ちで、猫耳頭を値踏みしている。
すこし離れた所に、別の檻が有って――中には。
ぐぅううわぉるぅぅぅぅうっ♪
石吐き狼の色ちがい。
まるでレイダが乗ってた特撃型みたいな、縞模様。
体も大きいし、なんか強そうなのだけはわかる。
アイツは、何を吐くんだろーなー?
なんて考えてたら――――ガガンガンゴゴガガン♪
「みゃにゃにゃやーみゃん!」
びっくりするじゃねーかよ!
女が杓子で、格子を叩いたのだ。
うるせぇぞ!
静かにしやがれやぁ、っていうかスグ出せいま出せ、とっとと出せ――みゃにゃぁ♪
ヴッ――――じゃりぃぃん♪
錫杖を出した。
「えっ? いま武器を出したらぁーん?」
後ずさる女。見てくれは悪くないが、不気味に思えてきた。
声質は五百乃大角や妖狐と、似たようなもんなのに――
何を考えているのか皆目つかめねぇのだ。
ギィィ――――戸が開く音。
そっちを見たら、ソレが居た。
「にゃ、みゃぎゃみゃぁぁぁぁっ――――!?」
宝石のような、きらびやかな瞳。
八つある瞳はひしめき合い、天高く伸びていて――
口のような穴からは、大筒のような円筒が――
三本も突き出ていた。
ソレは自分の背に大鍋を乗せ、音も立てずに目のまえまでやってきた。
おれはソレを、〝絵に描いてもらって〟、見たことがあった。
ゴーレムとかいうやつだ。
実物を見るのは、もちろん初めてだ。
ニゲルが逃げるのも無理からぬと、つくづく納得した。
その蜘蛛みたいな姿をしたソレは、直視出来ないほど――歪な姿をしていた。




