288:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、魔王の玉座
「一体、何ごとですの?」
赤い甲冑、赤の狐面。
壁には大穴。ずっと遠くから明かりが差し込んでいる。
大穴は4枚の岩盤を、一直線に貫いていた。
「いまの地響き、ただ事ではありません!」
黒い甲冑、大盾に大剣。
瓦礫を軽々と蹴飛ばし、通り道をつくっている。
「シィーガァーミィー? どーこーにー居るのぉー?」
波打つような模様の魔物に、大事そうに抱えられる子供。
気の強そうな表情。細長い魔法杖を手にしている。
「ぁあぁれぇー? なんかぁもぉうぅー、魔王城にぃいるぅみたぁいよぉぉう?」
全身を左右で色ちがい。奇抜な色の魔物に抱えられているのは――
気の弱そうな子供。そして、その手のひらの上。
大小ふたつの実がくっ付いた、根菜のような形。
アーティファクトらしき物体は片耳を押さえ、まるで……ここに居ない誰かと会話しているようだ。
「危険です! ひとりで魔王軍相手に戦うなんて、無謀です!」
新緑のような鮮やかなケープ。
魔術師らしき女性が、魔法杖を握りしめる。
「そうですね、いくらシガミーでも。スグに引き返させてください!」
仕立ての良い給仕服。仕事着にふさわしい、洗練された立ち振る舞い。
真っ白なエプロンのポケットから、取り出されたのは――
太さも長さも申し分のない、本格的な魔法杖。
ヴォヴォゥヴォォォォォンッ――――!
浮かべた杖に尻をのせ、クルリと旋回させる。
すぐさま飛んで行こうとする彼女を――根菜が呼び止めた。
「ちょぉおっとまってぇっ! なんかへーきみたいよ?」
大穴をのぞき見て、ひとりで納得している。
「どういうことですのっ!?」
大穴を飛びこえ、奇抜な魔物を振りかえる。
「魔王城までの道と、魔王城には人っ子ひとり居ないってさー♪」
瓦礫をぽきゅぽっきゅと――飛び越える魔物。
「どういうコトでしょうか?」
魔術師の飛んでない方が、杖に乗り浮いてる方へたずねた。
「わかりませんが、戦わなくて済むのなら、ソレに越したことはありませんよ」
ふうと一息ついて地面に降り、魔法杖をポケットにしまう。
「人っ子ひとり――居ない?」
かすかに首をかしげたのは、黒い制服に猫耳の飾りを頭にのせた青年。
革製の胸当てをつけ、腰には安物っぽい剣を差している。
「そうわよねぇー♪ じゃぁん、あたくしさまたちも、魔王城へ向かいましょぉう――え、なぁにぃ? 城壁の中には――罠があるから気をつけろぉー?」
偉そうな根菜はやはり片耳を押さえ、誰かと話をしている。
「罠が――仕掛けられてる?」
青年の首が、もう少しだけ傾いた。
§
ギギギギィィィィィッ――――軋む扉。
長い間、手入れがされていない証拠だ。
「っていうか、この城は誰が建てたんだ?」
ふと気になった。魔物はふだん囓ったり、囓られたりしてるわけで。
とても、大工や左官が出来るとは、思えない。
「(ゲールのようなエリアボスが、スキルを使って建てているのでは?)」
うーん、そうなんのか……なぁー。
エリアボスになると頭が良くなるらしいし、〝魔法が使えなくなる岩〟を生やしたりしてたもんな。
「(極論を言えば、イオノファラーもしくはFATS……神々の船が、この世界を作るときに一緒に建てた可能性もあります《・》)」
うーん、それだと味も素っ気もなさ過ぎる気がするけど……そーなのかもなぁー。
「んぅ? なんだここわぁ、今までで一番広いぞ?」
天井がとても高く、青いビードロの窓が天井近くまではめ込まれている。
「(この間取り……)おそラくココは――玉座ノ間デは?」
壁には……3シガミーはありそうな長剣。
敷布に燭台、何個かの椅子。
なかでも、ひときわ大きな椅子が目を引いた。
「エクレアかオルコトリアなら、ちょうど良さそうだ」
ここまでの行軍は、さすがに疲れた。
みんなが来るまでここで待ってても、良いかもしれねぇなぁ。
その天井にまで届きそうな――硬くて重い椅子によじ登る。
「(魔王の玉座。なかなか、お似合いですよ、シガミー)」
「よせやい、縁起でもねぇ」
§
「シガミーには、このまま魔王城を先行偵察してもらうとして、例のお茸さまおーさがしたぁぁいぃーわぁねぇー♪」
「ぐずぐずしてたら、魔王軍が帰ってくるのでは?」
「どーなの、ゲール?」
と子供が元気にたずねる。
「わからぬぅ、魔王が消滅しても魔物たちの生に影響はない」
根菜を抱え、苦悩する子供。
「じゃぁ、ココに居た魔物はどうしたのかしら? 魔王を倒したときは、雑魚の相手は極力避けたので、ほとんど手つかずで残ってる筈ですけれど?」
瓦礫まみれの大穴を軽々と、飛び越えていく赤い女性。
「万が一、魔王軍が何ものかに倒されたとしても、後続の魔物がワレのように、魔海から召喚されているはず」
と子供が、遠慮がちに答えた。
「マカイ? なにそれ、私、はじめて聞きましたわよ?」
「魔物が棲まう赤い大地のことだ。人の世から見ることは出来ないから、知らぬのも無理はない」
ぽっきゅぽっきゅぽぽっきゅぅん♪
体の真ん中をスパリと割ったような、凄まじい色合い。
そんな魔物が、子供を抱きかかえ――大穴を慎重に乗りこえる。
「「「「「「ううぅうん?」」」」」」
ピタリと足を止め悩む、冒険者ならびに魔物然とした者たち。
「え、何を悩んでいるのん? 簡単な話じゃないのよ?」
大人しい子供に抱えられた、根菜兼アーティファクトが小首をかしげた。
「「「「「「簡単な話?」」」」」」
さらに悩みを深める、冒険者ならびに魔物然とした者たち。
「だあかあらぁ――みんなどっか行っちゃったってことでしょ!?」
「どっか行っちゃった?」
青年の首が、わずかにもう少し傾く。
それはまるで、なにか信じたくない事柄から、目を背けているようで。
「「「「「「そりゃそうだ」ですわ」な」ね」よね」……と考えるのが妥当ですね」
「そ、それなら私っ、マジック・スクロールをさがしたいですっ!」
とは、魔術師の女性の言葉。
「そうですねぇ、罠があるというのは気になりますが……」
とは、大盾と大剣の男性。
「たしかにユニークスキルを獲得できるマジックスクロールは……もし見つけたら一財産ですけれど」
とは、仕立ての良い給仕服。
「もっとも、そんなものを見つけようモノなら……私が個人資産の全てをなげうってでも、買い取らせていただきますわぁ♪」
とは、赤。
「じゃぁ、あたくしさまも、お茸さまが見つかった暁にわぁ――猪蟹屋の資金が許す限り、買い取らせていただきますわぁ♪」
とは、ぽたぽたと涎をたらすアーティファクト。
§
「じゃぁー、そーいうことだからぁー。魔王城のマッピングよろしくねぇーん♪」
抹品愚ぅ?
「(地図を作ることです。シガミーが魔王城内を見て回れば、ひとりでに出来あがります)」
ふぉん♪
『>現在の魔王城踏破度――32%』
けっこう見て回ったと思ったんだが、まだ三割しか見てなかったか。
じゃぁざっと、うろついてみますかぁねーぇ――カチリ!
それは椅子に腰掛けたのち、椅子から腰を浮かすと作動する仕掛けだったらしい。




