284:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、魔術構文と卵酒(二級)
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「むにゃがぁっ――――!?」
目を覚ますと画面の中に――危険な印が四つ。
この向きだと、下から何かが――たくさん上がってくる!?
ヴッ――――じゃりりぃぃぃぃんっ♪
錫杖を取りだし――た所で。
「こらっ――!」
額を平手でひっぱたかれた。
「――ジャラジャラ、うるさいでしょ!」
子供に錫杖を奪われる。
ここは――っ!?
(どどどどどどどどごぉぉぉぉぉぉお――――)♪
とおくから滝の音が聞こえる。
「ふう、ニゲルに続いてシガミーまで目を回すだなんて。思いもよりませんでしたわっ♪」
に・た・り♪
おれの横には青年が青い顔をして、倒れていた。
リオが風の魔法を、そよそよと掛けてやっている。
おれたち二人に、ああしてくれていたんだろう。
おれやニゲルが寝てるのは――シシガニャン特撃型、九号と十号。
着ることは出来ないが、やんわりと抱えてくれるので――たしかに寝床になる。
離れたところにある岩には、薄桜色の二号がだらーんと干してあった。
迅雷が本気を出せば、すこしくらい口から戻した所で一瞬で綺麗にできる。
口元を触る、汚れてない。
胸元を見る、姫さんのお下がりの上下がつながった服。
やっぱり汚れてない。
「むにゅぅ――!」
錫杖に押しつぶされるレイダを、助けようとして「ウヌゥ――!?」
仲良く並んで重い棒に押しつぶされる、子供たち。
――――すぽん♪
錫杖を回収してやる。
あれ?
おれぁ耳栓してねぇ。
二号は干してあるし、耳栓もなくて。
しかも迅雷はいま、どっかから――――ヴォォォォゥン♪
飛んできた。
なんで――『► ◄ ►』『◄ ► ◄』『► ◄ ►』『◄ ► ◄』
いつまでも〝危ねぇ印〟が出てんだ?
赤みがかった▲から、音は出てねぇが。
「シガミー。頭ヲ浮かせてくダさい」
金糸の髪が迅雷に吸いよせられ、くるくるとうしろ髪を結いあげた。
目尻から、赤いひかりが差しこみ――
ふぉん♪
『>二号のフィルターや内部モニタを、
クリーニングしたので、陰干ししています』
よくわからんが、あたりに日の光はない。
「(おい、あの〝危ねぇ印〟は何だぜ。落ちつかねぇったらありゃしねぇ!)」
ふぉん♪
『>シガミー、よく見てください。
アレは動体検知のアイコンではありません』
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あぁあぁあぁん?
よーくみればソレは――並んで座るシシガニャンたちの耳が、光っていただけだった。
「なぇんでぇい。脅かすんじゃねぇやい」
十号の腕を振りはらい、おれは起きあがった。
照らされる病人二名。
すこし赤みがかっった光の色は、なんだか落ちつく。
床板に敷布……椅子やテーブル。
みんなくつろいでやがるぜ。
「ニゲルー、だいじょぶかぁー?」
声を掛けつつ〝卵酒(二級)〟をとりだした。
おれの酒瓶から採れる澄み酒を使った、女神印の本式とはいかんが――
これだって――気付けにゃ十分だ。
ただ、眠くなってもいけねぇから、水で薄める。
「んぅわーひ?」
よかった、生きてはいる。
青年の葬式を出さずに済んだ。
「これ飲むかぁ? あったまるし、疲れもとれる」
湯飲みに注いで、ひのたまを入れてやった。
こぽん♪
かるく煮出した卵酒は、酒精が抜けてちょうど良い。
ちいさい机を出して――あちゃちゃちゃっ♪
こと、ことん――そのうえに置いた。
「ありがとう、もらうよぉー」
ふるふると震える手で、湯飲みをつかむ。
情けない。情けないが――
元から冒険者連中は荒事や強行軍に、慣れっこなのだとしても。
レイダはおろか、ひ弱な少年になってしまったゲールまでが。
疲労の色なく、はつらつとしてやがる。
いまは岩に隠れて、じっとコッチを見て……何をしてんだか。
ちぃと気になるな。
いつも「ヒーノモトー生まれはコレだから」なんて言われてたが。
ガムラン勢のがよっぽど、頑丈じゃね?
迅雷が震え、耳にさわる感触――すぽん♪
「――類推でスが、蘇生薬ノ存在が大きイのではないかと――」
どういう?
「――いザ、命ノ危機に際したとしテも、こノ秘薬が有レば瀕死ノ状態かラでも生きかえル保証が常ニ有るとシたら――」
まちがいなく――剣筋が鈍るぜ。
「――イえ、そういうこトではなく――」
どういぅ?
ずぞぞぞずー♪
ふはぁ――うめぇ♪
「――苦境ニ対スる気ノ持ちヨうの話でス。「死ぬほどのことは滅多にない」、そノ安心感ハ前向きナ心根ヲ支エ、ひいテは打たれ強さにもつながっているのではないカと?――」
ん-? まーそーかも知れねぇなぁ。
「おいレイダ。おれやニゲルがひっくり返っちまったってぇのに、よくも無事だったな?」
聞いてみる。
「えー、だってリオレイニアさんが〝かるくなる魔法〟を、ちゃんと掛けてくれたもの!」
素直に駆けよってくる子供。
あー、錫杖を奪ったから、おれに怒られるとでも思ったのか。
冒険者たちといつも一緒に居るから、ついつい忘れちまうが。
レイダはガキだ。
ついでのあの美の女神もガキだ。
おれも体はガキだが、中身はガキじゃねぇ。
ソコの所は、忘れねぇようにしねぇと。
ふぉん♪
『>リオレイニアの魔法に関して、気になることが判明しました』
どうした急に?
ヴォォォンッ――あらわれる、見たことのない枠。
『(▶)――リオレイニア重力軽減魔法の詠唱』
そんな表示。
「――ふわふわうかべかるくなれ――」
リオの声だ。
「――ふわふわうかべかるくな……るかも――」
またおなじ声、コレがどうし――「るかも?」
「――はイ、どうやラMPノ節約をしているようなのデすが――」
「はぁぁぁぁっ、シガミー。これすっごく暖まるねぇー♪」
じつに、呑気なもんだぜ。
元気になったおれたちに、もう送るそよ風はないとばかりに。
リオレイニアさんが立ちあがった。
おれだけじゃなく、ニゲルにも風を当ててやってたのは――
ふぉん♪
『>節約したMPに対して魔法発現確立は、
推定64パーセント……六割程度と推測されます』
「(罪滅ぼしってワケか――――おいコレ、誰にも言うなよ?)」
「――了解しマした――」
「ニゲル――?」
「なんだい、シガミー?」
「今回は不覚を取っちまったけど、オマエのことは……おれがちゃんと守ってやるからな」
小娘の形じゃ締まらねぇが――同郷のよしみだ。
一応見得を切っとく。
「うっわぁ、男らしい」
なんてつぶやいたフッカが、レイダとリオレイニアに岩の影に連れて行かれた。
「そうなのっ! シガミーはそーいう所が有るのっ♪」
「ええ、普段はご老体かと思うような言動が、ちょっとした弾みでこう、なんていいましょうか――」
「まるで……凜々しい男の子のようですよねえ」
大事にしてくれているらしい、ケープが揺れる。
「そう、そうなのっ♪」
「うふふふ――はぁ♪」
雁首をそろえ、コッチを振りかえる三人。
耳が赤いな。
「どーしたぁ、オマエらも調子悪いんなら、卵酒飲んどけ――」
おれは湯飲みを、人数分並べた。




