279:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、おかわりと食い道楽
「どーぞ、熱いから気をつけてっ――」
リオと同じ給仕服を着込んだレイダが、「私が運ぶ!」って言って聞かねぇからまかせた。
案の定、転けて「「ぅぎゃ――!?」!?」
ってなったが、おれが器に飛びつき――
元給仕長が重力軽減の魔法をかけて、事なきを得た。
「ふぅ~~っ。それにしても……アレとやり合うのは、気が引ける」
暴れ狂う大蜥蜴をみてるだけで、挫けそうだ。
幸いなことに、奴らは小さな入り口を入ってこられない。
リオレイニアの〝ひかりのたて〟も、当分持つし――テーブルに両手を投げだす。
迅雷、なんとかしてくれやぁ。
「それでしたら、この拠点から上に掘りすすんで階段を作ったら、どーかしら?」
上を指さす伯爵令嬢。
母上の「壊る」に対する、言及がねぇ。
クエストならびに、かりゅうのねどこが失敗したら〝壊る〟ことに、まるで疑いをもってないのだ。
皿から目が離せない五百乃大角が、「火龍の半身をぉー、となりの広間にー閉じぃ込めぇてぇーしまうのぉねぇぇ――――――?」
牝狐の「壊る」に対する補足説明がねぇ。
「(おい、交換条件てなんでぇい?)」
「よぉく味わって、おあがりなさぁい。もしも食べかたがぁわからぁないよぉうでしたらばぁー、食べるお手本をみせてぇ、あげてもいーけどねぇー!? ぐひゅひゅひ♪ そのおつもりでぇー?」
おれの話を、聞いちゃぁいねぇ。
美の女神はレイダ大になったゲールに……ゲールの飯に余念が無い。
さんざん食ったばかりだし、ほどほどにしとけ?
人の飯を取り返すのは女神として、いや人としても本来あるまじき行いだからな。
ふぉん♪
『>「一式装備ご依頼人とぉ話を付けてきたからぁ」と、
言っていた経緯から、ミノタウロース素材の恣意的運用、
ひいてはフィレ肉の先行試食に関する話かと』
それはわかる。
〝かりゅうのねどこ〟がガムラン町の政に関わるほど、大盛況になるらしいことは魔術師組の様子でわかったし。
カチャカチャ――はぐはぐもぐもぐ――ごくん。
「コレは――なんと言えば良いのかわからぬが……嬉しさのあまりに叫びたくなるな」
ニゲルの黒い店長服。
ギルドの制服よりは簡素な。
その子供用。
ソレに身を包んだ火龍の化身(少年)が目を輝かせ、なれない匙でシチューをすくっている。
「えへへへっ、そーいうときはねー、おいしいっていうんだよ?」
レイダは本当に、火を吐く蜥蜴が好きだな。
ベッタリじゃねーか。
ふぉん♪
『>ガムラン町に定住している子供は、
いまだにシガミーとレイダの二人だけです。
フェスタ開催までは、男児を見ることすらなかったので、
よけいに珍しいのだと思われます』
「……もぐもぐもぐ、ごくん。火がなくて、マナが通らぬ場所に放せば、じき冬眠する――カチャカチャ」
「そいつぁ、おれたちが落ちてきた――魔法が使えない階層のことか?」
「そうだ――火龍には効果覿面だ」
それ、言っちゃって良いのか?
ふぉん♪
『>全魔物に対する裏切りですね』
だよな。
まぁ信用してくれてるっていうよか、群れのボスに対して絶対的な服従をしてるだけなんだろうが。
「よし、じゃあ食い終わったら、ソイツを頼むぜ」
「もぐもぐもぐもぐ……出来ぬ……もぐもぐもぐ、ごくん♪」
「なんででぇい?」
なんででぇい?
「この小さな体には――まだ熱量が足りぬようだ」
ぐきゅるるるっ――――♪
「ゲールはまだ、お腹が空いてるみたいっ!」
空になった器を、かいがいしく受け取るレイダ。
振りかえった先に、巨大鍋はなく。
ふぉふぉん♪
収納魔法の中。
『<New>』の文字が張りついた、巨大鍋の和菓子。
それにしがみ付く――五百乃大角(和菓子)は、人知れず抵抗を続けていた。
そう、オカワリをさせまいとしているのだ。
ち、ちいせぇ。
ふるふるふる――和菓子が首を振る。
フッカに持たれたままの、御神体の首も一緒にうごく。
「(駄目だ、よこせ)」
妖狐ルリーロに「壊る」されるよか、良いだろうが。
すっく――きゅっ♪
五百乃大角が鍋アイコンの上に立ち、拳を構えた。
寸法だけじゃなくて〝神となり〟までもが、すこぶるちいせぇ。
おい、この世界を作り、曲がりなりにも統べ、あまつさえ全てを喰らう――腹づもりでおれを、この地に喚んだんだろう?
「五百の〝腹〟よぉ、お前さまは食い道楽の――まさに神髄だろーが?」
うまいもんを食うよろこびは、人一倍わかるはずで。
ふぉん♪
『>美の女神とは?』
「じゃあ、あとひと皿だ。それで手を打て、また作ってやるから!」
「嘘ついたら、「食る」からね」
この辺一帯くらい尽くすってか。
やりかねないのが、恐ろしいから、聞き流しとく。
「わかった」
ドズゥゥン♪
巨大鍋が現れた。
「――さぁ、おかわりどーぞ♪」
ごとん。
§
ズズズウズズズゴゴゴゴゴゴゴン!
せりあがる岩壁で、火龍の間が仕切られていく。
ズズゥン、ドズズゥゥン――群青色の箱に閉じ込められる大蜥蜴。
しばらくの間、地響きがつづき、やがて納まった。
「ふぅー。ほんとうに、大人しくなったぜ」
「あの壁の色は、コレと同じですわね♪」
姫さんが手に持つのは、おれがやった小太刀(群青色の新色)。
「ソウダ。マナを枯渇させるドレイン・フィールドを作りだす壁だ……ミノタウロースには効かなかったが――」
そっと、差し出された器を受けとるレイダ。
ゲール少年はニコリと笑い、真上を指さした。
「んぁ? 天井がどーしたぁ?」
ソコソコの高さの岩天井には、神力で灯る魔法具が取り付けてある。
ヴォヴォゥン!
ひかりのたてを解除する、リオレイニア。
火龍の間に入り、あたりを探るエクレア。
「階段が滅茶苦茶に壊れていて、とても歩いて登れそうもありません!」
なんて声が聞こえてきた。
「〝魔法が使えない岩〟の影響か私の魔法杖では、とても全員を乗せて往復はできません」
もどってきた給仕服が、大きい方の杖を握りしめている。
「そうですわね。ただでさえ、お母さ……名代の巨大な杖でもなければ、自在に空を飛ぶわけには参りませんもの」
リオが乗り物代わりにしてる、大きい方の杖。
アレはフッカの魔法杖と長さも太さも、そこまで変わらない。
気軽に飛んでたけど相当な熟達にしか、出来ねぇ芸当ってワケか。
「あっ、じゃぁ、迅雷ならどうだ!?」
思い出した!
上の魔法が使えない階層で、彼女は〝超特大火球〟と〝階層を満たす大波〟を出してる。
「――そうでスね。可能ト思われマすが、私が橋渡しシないと通れない経路ヲ道とは呼べないのデは?――」
「ワレは、同じオイシイを求む」
振りかえれば少年が、小さな匙を握りしめている。
「あー、上まで掘る分の、飯を寄こせってのか?」
「それわねー、〝おかわり〟っていうんだよ」
御神体へ向かって、三度突きつけられる器。
さっきと同じ、やり取りののち――
「もうひと皿だけだからねっ――それとコレよりもおいしいものを見つけたら、かならずあたくしさまかシガミーに教えること! いーい?」
「――さぁ、おかわりどーぞ♪」
ごとん。
レイダが三皿目をおくと――
「ソレならひとつ……もぐもぐ、ごくん……心当たりがないでもない」




