２７６：ダンジョンクローラー（シガミー御一行様）、実食＆エラー
「アレらられろらっ――――!?」
奇声を発するんじゃねぇやい。
折角の、お前さまご垂涎の飯だってのに――
「静かに、食いやがれやぁ――！」
想像通り、ややこしい名前に見合った手間がかかった。
これはもう、飲まなきゃやってられねぇ。
とぷぽぽぽん――♪
ちょっとだけ酒瓶に残ってた澄み酒を、木の杯に注ぐ。
果物の汁と混ざっちまったが、コレはコレでうまい。
「シガミーちゃん、お行儀が悪いですよ？」
となりのフッカさんが、おれをたしなめる。
「そうですね、一時期はずいぶん、かわいらしくなりつつあったように見えましたが」
ななめ向かいのエクレアが、良い面をかすかにゆがませた。
「っていうか、なんでそのフワッフワの金髪の、華奢な体の中身が――」
エクレアの向かいが姫さんで、隣がリオレイニア。
その向かいが、ニゲル。
五百乃大角が急かすもんだから、席を向かいにしてやれなかった。
ゆるせニゲル。
「にゃみゃがにゃーっ♪」
迅雷、さすがに飯どきは、脱がせで良いぞ？
「――レイダ、コの強化服ハ着たまマでも食事が取れマすが、食事時ハ脱いダ方が良いかト――」
「あたくしさまのぉお肉ーがぁぁ、なぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――!?」
「やかましぃ――――さっきも言ったが、綺麗さっぱり溶けちまったんだから仕方がねぇだろーがっ！」
まだ肉は残ってる。それに迅雷の『大事な物』の棚に、ひとかかえ分は確保してある。
それだって、もともと採れるはずだった分からしたら、何倍もの量だ。
「（あとでまた、溶けねぇように作ってやるから――いまは我慢しとけ）」
ふぉん♪
『イオノ＞ほんとう？ 嘘ついたら、またミノタウさんを倒してもらうからね？』
「（だから縁起でもねぇことを言うな、本当に作ってやるから。それにこのなんだっけ……）」
ふぉん♪
『＞ビーフストロガノフ改め、
さしずめ〝野菜ゴロゴロシチュー〟です』
どうも当初の手はずとは、ちがう仕上がりらしい。
仕方ねぇだろ。五百乃大角の霊刺秘……作り方どおりに作ったら、こうなったんだからよ。
「このシチューってぇのか？ 姫さんは立派に作りあげてくれたぜ？」
うまそーなにおい。赤みがかって色鮮やかな汁。
「――はイ。シガミーが持ツ調理系、薬物系、化学系、そノ他クラフト系スキルのスベテヲ駆使しテ作られタ逸品ニ違いはありマせん――」
この音声は、おれと五百乃大角にしか聞こえてない。
みんなにも渡してある耳栓は、全部の話が聞こえるわけじゃない。
神々のあれこれや飯の調達まわりの内緒話は、こうしてうまいことおれだけに割り振られる。
「そ、ソレに関しましては、ついついミノタウロースの歌に没頭して、煮込みすぎてしまったというか――――本当に申し訳ありませんでしたわ」
胸元を押さえ、ふかく体を前に倒す伯爵ご令嬢。
そもそも、伯爵令嬢が手ずから作ってくれたもんだ。
ニゲルを見習って……いや、泣くほどは見習わなくてもいいが。
「あ、お料理はとっても素晴らしい出来よぉ？ みぃんなぁ、そしてお姫ちゃん、本っ当ぅにありがとうふふぅ――――ぐひひひへへへっ♪」
いつもの調子に戻ったか。いまはその下卑た笑いも許してやる。
ふぉん♪
『＞どうぞ、ご存分に召し上がり下さい』
「じゃあ――――いただきまーす、ぱくり♪」
女神が口を付ける。
御神体の大きさからしたら、自分より大きな器と匙を――
「器用に食いやがるなぁ」
なんせ飯を食うためだけに、この世界を作ったヤツだからな。
それくらいは、お手の物なんだろう。
とにかく、この場が収まって良かった。
「じゃぁ、おれも――ぱくり♪」
ぱくぱくぱくぱく――――もぐもぐもぐ。
ぱくぱくぱくぱく――――もぐもぐもぐ。
息をするのももどかしい――――ぱくぱくぱくぱく、もぐもぐもぐもぐ。
こいつぁ、前世はもちろん。
この来世でも、お目に掛かったことのない。
どういう味、いや、考えなくて良い。
下手に考えると、〝解析指南〟しかねねぇ。
そんな暇があったら、匙をうごかせ。
ぱくぱくぱくぱく――――もぐもぐもぐ。
ぱくぱくぱくぱく――――もぐもぐもぐ。
だれも言葉を発しない。
かちゃかちゃ、がつがつ、もぐもぐ。
かちゃかちゃ、がつがつ、もぐもぐ。
「っはぁぁぁぁぁぁ――――ぅぉぃっしぃーかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♪」
カチャーン♪
美の女神が匙を落とし、器が――鳴り響いた！
速ぇーよ。さすがは飯の神だぜ。
「「「「「「おいしい、しかもすっごく♪」」」」」」
強化服二号を脱いだレイダ。
その他全員、総勢六名。
一字一句、おなじ言葉。
その十二の瞳は、驚愕に満ち。
はー、ふー、はー、ふーぅぅ♪
二の句が継げずにいる。
だってなぁ――匙は置いたってぇのにいつまでも。
吸う息までが――うまいのだ。
「ぅぅぅうぅぅぅぉおおおっかわりぃぃぃぃぃぃぃいぃぃっ――――――――――――♪♪♪」
神の声に我に返った元給仕長が、パタパタパタ。
五百乃大角の、ひときわ大きな皿を受け取る。
アレだけの巨大鍋なら――五百乃大角に食い尽くされることもない。
男はどっしりと構えて――がたん！
立ちあがる青年――それに続く、顔の良い大男。
え、待って？
男わぁ、どっしりとだなぁ――おれにも寄こせやぁ！
がたん――小さな手が、大きな器をつかむ。
そうだぜおれぁ、小娘だったぜ！
じゃあ、遠慮なく！
やいおまえら、我先に群がるんじゃねぇやい！
その飯はおれんだ！
巨大鍋に向かって器を突きだす、その様は。
まるで死霊。
おれもおまえらも、今生の生き物ではない。
ほら、鍋の向こうから、美の女神（本物）も手を振ってる。
がぁぁん、ぐわぁぁん、がががっがぐらわらわん――――♪
突然鳴り響く、杓子で鉄鍋を叩いたような音。
「「「「「うわひゃひ!?」」」」」
うるっせぇ――――!?
「あれ、おれぁ――器を持ってなにをやってるんだ？」
気づけば、巨大鍋の前。
みんなが器を手に、リオレイニアに詰めよらんとしてる。
ふぉん♪
『＞シガミーの状態異常無効スキルよりも、
リオレイニアの仮面並びに鍛え抜かれたメイド魂の方が、
効果が高いようです』
ふぅん、そーなんだー。
ふぉん♪
『イオノ＞これ、このお料理。
人が食べたら、駄目なヤツ？』
え、そんなことないよう。
ふぉん♪
『＞薬物依存関連分子は検出されていません。
大脳辺縁系への作用は、純粋なアミノ酸構成によるものです』
ふぅん、だからぁ、わからんよねぇー。
ふぅんわぁぁ――♪
魅惑で蠱惑な狂乱の香りに、ふたたび包まれる。
甘露甘露。その飯を寄こせ。
「一列に並んでください。列を乱さないよう――お願いしますね？」
静かな声。
仮面の下。見えているのは口元だけだが。
彼女の表情は、手に取るようにわかる。
すんでの所で踏みとどまった、おれたちは――おとなしく一列に並んだ。
大脳辺縁系／大脳の内側にある領域。食欲などの本能や情緒をつかさどる。情動脳、内臓脳ともいわれる。
甘露／天から降る甘い液体。おいしい物のたとえ。甘露水や甘露酒の略。
