275:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、史上最美味クッキング
「したごしらえは、終わりましたかしらぁー?」
パタパタパタ、鼻緒のねぇ草履。
「おう、この山で最後だぜ」
石突きを切った白っぽい茸を、半分にして鉄鉢へ入れた。
「こうしてると、シガミーが初めて食堂に来たときを思い出すよ」
皮を剥いた芋を、かるく放って鉄籠に投げ入れる。
「あらん? お二人とも見事な手際ですわね♪」
しゃらあしゃらした格好に、リオレイニアのと同じ前掛け。
青年の手つきは、堂に入ったものだったが――
姫さんが身を屈めて、手元をのぞき込んだ途端。
グサリッ――――「痛っ!?」
「うっぎゃっ!? 何してるのっ、ニゲルってばっ! シガミー、傷薬は有る?」
パタパタパタ。
「おうよ! おれぁ、薬草師だからな!」
蘇生薬に回復薬に、多種多様な治療系新薬。
久々の本職としての、ご用命だ。
ひっくり返した鉄籠の上に、ごっちゃりと並べてやった。
「あーもぉー、レーニアー?」
おれとレイダが三人ずつ入りそうな特大の鉄鍋を、ゴロンゴロンと転がしてた給仕服が――こちらを向いた。
鉄鍋をエクレアに任せて、駆けよる白仮面の女。
「……何をしているのですか?」
自分の腰のベルトからポーションを出そうとして、指から血を垂らしている青年。
事態をちゃんと把握した、元ヴォルトカッター兼給仕長は――
おれが並べた中から、ふたつの小瓶を手に取った。
「シガミー、この回復薬(小)と栄養薬(黄色)を頂いてもよろしいですか?」
「勿論だぜ♪」
やや心配な様子の姫さんを、尻で退かした給仕服が――
「どうぞ飲んでください。それと、お疲れのようですのでコチラも」
顎をつかまれ、流し込まれる。
「むぐ――ごくん。甘苦っ――!?」
シュワワ――指の血が、光の霧になって消える。
「さ、これでもう安心です――お嬢さま、お下がりください♪」
さいごにペチリとニゲルの額をひっぱたく――家事並びに生活魔法の達人。
「痛った!? リオレイニアさん、今のなんだい? 必要ないでしょ!」
下に落ちた血は当然そのままなので、リオが雑巾で拭った。
「気付けがわりです。なんでしたらもう一回、して差しあげましょうか?」
持ちあげた平手で、追い払われる青年。
ニゲルに、かける言葉もねぇ。
おい、こりゃ無理じゃねぇーのか?
あの城壁を乗りこえて、ニゲルが姫さんにたどり着くのは――至難の業だろ。
ふぉん♪
『イオノ>前途多難にも程が、まさに岩壁ね』
ふぉん♪
『>トッカータ大陸における恋愛観や結婚観の、
さらなる調査が必要かも知れません』
「お姫ちゃぁん! 陣頭指揮を近くで見たいから、肩に乗・せ・てぇー♡」
テーブルの上の肉の様子を見てた、御神体がリカルルを呼びつけた。
§
あとは料理するだけになった、茸や野菜の山。
それは、木さじ食堂の1日分の仕込みくらいに積みあがっている。
そういや〝おにぎり〟の野郎は、女将さんの迷惑になってねぇだろな。
ふぉん♪
『>ガムラン町から出かける前、
口頭による品質評価をいたしましたが、
八歳児程度の受け答えが出来ていました』
「(八歳児か――なら大丈夫だと……良いな)」
今から作るうまいらしい飯を、女将さんの分も持って帰ってやろう。
さて、大机六つ分にもなった食材の山。
かまどが五つに、鍛冶工房にあるような大竈がひとつ。
「イオノファラーさま、ほんとうに私が取り仕切ってよろしいんですの? こんなおとぎ話……にすら出て来ない……貴重な食材ですのに?」
「いーのいーの♪ あたくしさまも天狗も、お姫ちゃんのお料理にわぁー、一目置いてるのよょぉん♪」
ココは〝かりゅうのねどこ〟地下三階。
仮の根城にしちゃ、かなり立派な部屋。
広いし明るいし、土間も走り回れるくらいあるから、こうして全員で飯の支度も出来る。
「そうですねー、とても良い花嫁修業になると思いますよ――お嬢さま? うふふ?」
白い仮面が黒板を眺め、冷ややかな声を発した。
お嬢さまの口元が、かすかに引きつる。
料理や家事の一切合切を、叩き込んだ者としての矜持か、それ以上の口出しはなかった。
「は、はははははははははははぁーなぁーよぉめぇー!?」
どうにもリオレイニアとニゲルは、ウマが合わない。
「ニゲル、〝は〟が多いよ?」
天狗と鬼娘みたいな関係なのかもなー。
ちなみにひとりで洞窟を抜け出したのがバレて、リオレイニアにえらく怒られた。
折檻こそされなかったが超怖くて――死を覚悟したほどだ。
そして、2号店を任されていたニゲル店長も、おなじく怒られた。
小せぇ魔法杖で、チクチクと突き刺されてなー。
店番を代わってくれたらしい、ルコルとニャミカにも――今から作る飯を持って帰って食わせてやろう。
もちろん本店の、猫頭青年にもだ。
「よぉっし! 気合いを入れて、うまい飯を作らねぇとなっ♪」
立ちあがると――
「にゃみゃが、にゃがにゃ?」
私は何をすれば、イーの?
と猫が寄ってきた。
ココは冷てぇ魔法が効いてるから、とても快適だけど。
それでも――A級冒険者が決死の覚悟で挑む、難関クエストの最中だ。
しかも――未知の魔物ミノタウロースが出没した、危険なダンジョンの最奥の奥。
これ以上、新しい魔物は出ねぇが、隠れてたやつが出てこないわけじゃねぇらしくて。
「その猫手じゃ、芋ひとつうまくつかめねぇんじゃ?」
〝極所作業用汎用強化服シシガニャン〟。
コレさえ着ていてくれたら、レイダは何があっても無事だ。
「(迅雷、コッチは飯作りに本腰を入れるから、レイダのことを頼むぞ)」
「――はイ。お任せ下サい。ですが一応オ伝えしておきまスと、私が付いテいれば生身以上のマニピュレートが可能……器用さヲ発揮できマす――」
「にゃがにゃが、にゃやーん♪」
ううん。なんか迅雷がうまく持たせてくれるらしいから、何でも出来る――にゃぁぁご♪
飯の支度でうるせえ中でも、耳栓越しの声ならちゃんと聞き取れる。
けどなんか――「ウケウケウケケケケッ――ぐひひひへへへっ♪」
美の女神のいつもの奇声とか、最近覚えた下卑た笑いとか。
しまいには――
「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」
炎の魔術師が――とつぜん歌を口ずさんだりしてな。
うるせえったらねぇ。
「〽谷から轟くその咆哮はー、あなたの心を震わせるーぅ♪」
どっぽどっぱと巨大鍋に注ぎこまれる――おれの澄み酒!
酒瓶を逆さにする料理番――どぽぽぽぱ!
もったいねぇ――!
「〽三歩、八歩、十歩ごと、地が揺れ空割り追ってくるーぅ♪」
薬味と、香りがする葉っぱを入れていく――フッカ。
「よし、コッチも始めるか!」
ミノタウの肉を切って塩を振り、油で炒める。
「〽角は突き刺さる、角は突き刺さるーぅ♪」
なんて口ずさみながら、甲冑を脱いで身軽になったエクレアが、饂飩粉をまぶしてくれる。
「〽走って、走って、できるだけ速くーぅ♪」
牛の乳で作った……固まった油豆腐とか言うのを入れて。
「〽でないと、ミノタウロースに突かれますーぅ♪」
姫さんがうたいながら、炒め終わった手鍋の肉を巨大鍋に入れろという――手振り。
だから、このミノタウの歌は何なんだぜ?
「〽隠れて、隠れて、音を立てないでーぇ♪」
弱火でじっくり。
「〽折れない角は鋭く、その目はアナタを見逃さなーぃ♪」
今度は、下ごしらえした具材を、手鍋で炒めていく。
焼き色が付いたら、みずのたま――からの赤く熟した野菜の実を――
「〽みんな灰色の角に、きをつけてーぇ♪」
ぐちゃ、びちゃ、べちょっ!
潰して手鍋に入れる。
「〽森の木陰、谷の底、お城の中庭、湖の底ーぉ♪」
ぐちゃ、びちゃ、べちょっ!
もうひとつ、入れる。
「〽ギルドの鉄塔、魔城の頂きーぃ♪」
ぐちゃ、びちゃ、べちょっ!
まだ足りねぇのか?
「〽ドコまでも届くぞ追ってくるぞ、灰色の角が追ってくるーぅ」
肩に五百乃大角を乗せた料理番が、訝しむような目で辺りをうかがっている。
なんだ?
「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」
今は黒くないエクレアが、背中から取り出したのは、見たことがある大きな木さじ。
それ、女将さんのだろ?
借りてきたのか?
「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」
気配を感じて振りむいたら、やっぱり木さじを構えた給仕服が。
「「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」」
魔術師も魔法杖を木さじに、持ちかえた。
「「「「〽大きな角持つミノタウロースにー、あーぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」」」――みゃぁ♪」
最後に猫の魔物すがたのレイダまでが、木さじを天高く振りあげた。
大鍋を取りかこむ、みんな。
突き込まれた、四本の木さじ。
グルグルグルグルと、鍋の周りを回り出した。
どーなってる?
ついて行けねぇ。
ガムラン町か冒険者の風習なんだろう。
ニゲルも口をパカリと開けて、途方に暮れてた。
それでも、姫さんが振る剣に合わせて――「〽ミノタウロースに……♪」
歌い出したときには、本当に掛け値無しに――惚れ込んでるのがわかった。
そんなわけで料理の仕上げは、兎に角やかましくてなぁ――――「ぁぁーぁーぁあー気をつけてぇえぇー♪」
ふぉん♪
『イオノ>気をつけてー♪』
ふぉん♪
『>気をつけてー♪』
ギョロリッ――――!?
火龍の間から、巨大な眼がコッチを見ていたけど。
さすがに歌に混ざっては、来なかった。




