271:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、かりゅうのねどこ
「まさか、こんなことになるとは……来世も末だぜ」
「にゃがぁー、みゃががぁー♪」
大蜥蜴にまたがった猫の魔物が、ぷすぷすと焦げている。
どれだけ燃えようが煤を払えば、あの夏毛は元に戻るはずだ。
けど念のため、一応ひっぺがしとく。
大きな背に跳び乗り、うしろから持ちあげた。
「やだ、もっとあそぶ♪」とあばれる子猫を、すべらせて下へ降ろした。
「おい大蜥蜴、コイツがココに居る間は、気に掛けてやってくれねぇか?」
「――新魔王シガミー、命にかえてもソノ命を果たそう――」
はぁ――!? おれが魔王だぁー?
「やめろっ、姫さんにぶった切られる予感しかしねぇ――!!」
「――ではマスターと――」
「それも、やめてくれ。シガミーで良い、シガミーで」
「――グゥルゥルルルウゥゥゥウ?――」
うなりだしたぞ? 熱で耳栓が壊れたんじゃ?
「どウやら声にならナい声ヲ、発しているようデす」
迅雷が飛んできて、説明してくれた。
「火龍ともあろう者が、なんて無様なのかしらっ♪」
にたぁりと笑う狐耳……鬼姫が来た。
鞘に入れたままの細剣で、大蜥蜴を突いたりしてる。
「ふぅ、お嬢さま。もう少し友好的に接してください」
いつもの小さな魔法杖を振りながら、リオレイニアがやってきた。
彼女たちが歩いてきた道が、かすかに凍りついている。
ふぉん♪
『>時間をかけ念入りに、冷たい魔法を重ね掛けたようです』
その道は、洞窟の壁に空いた穴に続いていた。
「アナタもシガミーの呼び方に、困るくらいならば――正式に配下にくだってはいかがですか?」
ため息まじりの小言みたいなのが、こんどは火龍へ向けられた。
「シガミー、仮設のキャンプが完成しました」
黒い護衛騎士エクレアが、親指を立てて背後の壁穴を指ししめす。
「ええ、涼しく……とまではいかないけど、コッチよりは快適よ」
汗をぬぐうフッカ。炎の魔法が得意ってことは、氷の魔法とかは苦手なのかもな。
結局の所、爪も火弾も引っこめて、しまいには腹までみせた火龍を――
「ふむ、退治するのも忍びねぇけど……配下にするだぁ? こいつぁ魔物だろーが?」
ペチペチと首のあたりを叩いてみたら、日に焼けた石みてぇだった。
「すべての魔物が人を襲うわけでもありませんし、彼は共用語が話せますので」
視線を背中から長首の先へと移す、袖ひとつ捲らないリオレイニア。
給仕服にも冷てぇ魔法を、掛けてるんだろうなぁ。
時間さえありゃ、大抵なんでもやっちまうから――
今後、別のダンジョンに出向くなら、ぜひ連れていきたい。
「――ケど、そうすルと廃棄女神像探索ニ支障が出るかモ知れマせん――」
そうなんだよなぁー。魔物の群れに、おれ一人で飛びこませてくれるとは思えねぇ。
「――ウム。ココまで火山の勢いが弱まれば、口から火が勝手に吹き出ず話しやすい。礼を言うぞ、堅牢な盾を使う岩壁姫よ――」
「い、岩壁っ!?」
ぽろり――岩壁姫が杖を落とした。
「いっ岩……ぶっうふふふふ……ひゅぴ――――♪」
〝岩壁姫〟には姫さんも耐えられなかったのか――くの字になって地に伏せる。
よ、よせやい。おれまで、つられちまうだろがっ!
スルスルル――――すとん。
おれは火龍の背中から降りた。
猫の魔物は、できた仮の拠点とやらに、すっ飛んでったから事なきを得た。
「や、やめてやれ。たしかに彼女の魔法わぁ、岩壁みてぇに硬ぇが――」
杖を拾って持たせてやろうとしたら――手元が狂った。
ふすっ。
まるで〝おもち〟の足音みたいに――手応えがなかった。
そんな微かな胸元に、両手がペタリ。
「だれの胸が、岩壁なのですぅ――か?」
笑ってない。
〝火龍の寝床〟とは名ばかりの、普通に暑いぐらいの洞窟になった。
そして〝魔王軍〟とは名ばかりの、魔王軍第一エリア統括も――ふたたび腹を上に向けて降参する。
「そんな大げさな――」
――もう一度岩……白いのをみたら、仮面の下から涙が流れた。
やべぇ、からかいすぎた!
スグに乾く頬――にこり。
口元に、ほほ笑みが戻った。
それには、崩れ落ちてた鬼姫までもが――震えあがった。
おれたちも片膝をついて、首を垂れた。
§
「うーん。オマエは雄だよなぁ――?」
「――ソウだが?――」
気づけば女ばかりになっちまってた、おれのまわり。
男が増えるのは、心強い。
絵で板を使って、橙色の法被を作ってやった。
『猪蟹屋三号店』
と襟に入れてやる。
つぎに背中の〝美の女神をあらわす輪郭〟――
ウチの店の、家紋みてぇな意匠を入れた。
けどやっぱり――〝ねがみめんど〟の逆さ鏡餅のに変えた。
コッチのがわかりやすいだろう。
五百乃大角が、文句を言いそうなもんだが――
ふぉん♪
『イオノ>すこし引っかかるけどIP戦略は重要ですもの、
このままで良いわよ』
このままで良いらしい。
「じゃあ店の名前は、どーするかなぁ?」
でかい目玉をよせた火龍と一緒になって、見物してた姫さんが――
「〝猪蟹屋三号店/かりゅうのねどこ〟でよろしいのではなくて?」
なんてかってに決めちまった。
二号店である饅頭屋もニゲルが決めたようなもんだし、別にかまわねぇけどな。
「そうですね。悪くはないと思われます。どうせ、目を血走らせた魔術師たちの目には……入らないでしょうし」
目を血走らせた魔術師てのは、よくわからんが――
ふぉん♪
『>地下二階の魔法が発動しない部屋は魔術師たちにとって、
とても良い修行場になるそうです。安宿程度で貸し出しても、
おそらく引く手あまたになる見込みだそうです』
なんかコソコソ話してたのは、ソレか。
そういや、あの暗ぇところで、そんなことやったな。
おれも修行すりゃ、炎の魔法くらい使えるようになるかも知れねぇ。
黒筆で『かりゅうのねどこ』と首後ろに、入れてやる。
ガムラン町の文字も、だいぶ書けるようになったから、ソッチで書いてみた。
「「あら、素敵♪」――ですね♪」
よし、これで良いだろ。
しゃらあしゃらの手本ふたりが、そう言うなら。
「じゃぁ店の名前はコレで。書き付け……書類の類いが居るなら、悪いんだけどソッチで頼むよ」
「良いですわ。子細滞りなく――いゎ……レーニアが」
おいやめとけ、もう刺激するな。
「いゎ――――?」
仮面ごしでもわかる。
彼女の表情は、じつはとても豊かだ。
スタスタと拠点(仮)へ逃げていく〝ザンマ姫〟と、追う〝イワカベ姫〟。
まあ、アレはアレで仲が良い証拠だから、ほっとく。




