267:ダンジョンクローラー(シガミー御一行様)、白い悪魔ばくたん
「ひかりのたま!」
出るっちゃ出るが一瞬で、生活魔法の鬼……達人には敵うべくもない。
「ひのたま!」
こっちに至っては、煙ひとつでやがらん。
「ほのおのたまは、まだつかえねぇし……もう放つ魔法がねぇ」
猫とご令嬢の巣窟から抜け出せただけでも、良しとするかな。
はーやれやれ、よっこらせ。椅子に腰掛けた。
「ふぅふぅ。では町へ戻り次第、また特訓を再開いたしましょう?」
特訓ってのは、生活魔法の練習のことだ。
生活に必要な最低限。光球と水珠と火珠に、冷てぇ魔法と、乾燥の魔法。
それが使えるようになったのは彼女の、献身的な剣幕のたまものだ。
「べつに魔法の練習をサボってたわけじゃねぇぞ? ちゃんとした魔法杖の使い方がわからねぇってだけでな」
「――そレを世間一般でハ、さぼってるというのでハ?――」
「やかましい。そもそもオマエは魔法杖じゃねぇだろうが。使い方がこれで合ってるのかどうかもわからん」
見よう見まねで構えたものの、杖から生活魔法を出す手順が……わからん。
「とくに魔法杖を使うときの手順や作法はありませんよ。このことは以前お伝えしたはずですが――ギロリ?」
そうだったか?
手の中の棒がヴルルッと震えて――抜け出した。
ヴォヴォォンッ――♪
「――リオレイニア、私ヲ使用してみてクださい――」
そんな気安さで――――迅雷が、生活魔法の達人、白い悪魔の手に渡ってしまったことは。
この世界にとって、良かったのか悪かったのか。
ちなみに悪魔ってなぁ、悪鬼羅刹……悪ぃ鬼のことだ。
「あら、持ったかんじは悪くないですよ、迅雷♪」
ひゅひゅんと振り回される、空飛ぶ棒。
手練れの魔法使いは、みんな杖に乗って空を飛びやがるから――似たようなもんか。
杖だけで飛ぶのは、おれの迅雷だけだが。
「ではまずは、火の――――カカカカッッボッゴウワァァッ!!!」
銀色の棒の先。
そこから飛び出したのは、あたり一面を焼き尽くすほどのでかい火球。
「な、なにこれっ――――――――??」
いままで聞いたことのない、リオレイニアの――地声かも知れない。
火球は勢いがなく、スグに落ち始めた。
やべぇ、黒焦げになる。
ヴァチヴァチヴァチヴァチィ――――――――ッ!
『<MAGIC・SHIELD>――ピッ♪』
画面に浮かびあがる盾の輪郭と、発動した魔法をあらわす文字。
「――魔法や呪いを弾く……結界が張られまシた――」
饅頭屋で見たヤツだな。
自分で放った火球(超特大)を、どこかから取り出した盆で防いでる。
「にゃみゃみゃ、にゃぁーご!」
猫がうるせぇからソッチを見たら――ぼわぁ♪
おれが出した〝おもち〟が、ぼおぅぼおぅと燃えていた。
提灯がわりに、ふつうの紙のを出したんだから、とうぜん燃えちまう。
「エクレア、代わってくださいっ!」
白い魔術師の呼びかけに、「いま行きます!」と駆けつける黒騎士。
ヴァチヴァチヴァチヴァチィ――――――――ッ!
『<MAGIC・SHIELD>――ピッ♪』
画面に浮かびあがる大盾の輪郭と、発動した魔法をあらわす文字。
そして迅雷を投げつけるようにして――――一直線に飛びこんでくるリオ。
その神速の歩みは、金剛力全開のおれ並みで――迅雷を飛ばしてソレにつかまってるんだろう。
本気の彼女をみたのは、コレが初めてかも知れない。
「みずのた――!」
ごぷん――――ごっぼぼぼぼぼぼごごごごごわわわわぁぁぁぁ!
おれたちは、突如現れた大波にさらわれた。
ゴッシュワァァァァァッァアッ――――――――!
ごぼごぼと煮える、水の音。
五百乃大角の光と、縮んでいく火球。
ゆらゆら、めらめら。
幽玄の美しさも、命があったればこそで。
ごぼがばげべごぼぁ――――がしり!?
死に物狂いで、ひっつかんだのは――――ぽぎゅぽーん♪
短い毛皮っ!?
そうだ、シシガニャンは蓋を閉めてりゃ、水に浮くんだった!
「みんなっ――ごぼがばっ! レイダにつかまれ――――!!!」
甲冑姿の姫さんと護衛はどーする!?
ふぉん♪
『>水中での位置情報検出まで、3秒お待ちください』
ごぼがばげばばば――ごっぷん♪
もうどっちが上で、どっちが下だかわからん!
ふぉん♪
『尽』『欧』
なんかでた。
「ぷはぁ――――レイダ大丈夫か!?」
「にゃみゃがぁみゃぁん?」
水に浮きすぎて、身動きできてねぇけど無事だな。
ふぉん♪
『尽』は姫さんだろ。
ふぉん♪
『欧』は黒甲冑みたいだ。
ふぉふぉふぉぉん♪
『凹』がレイダで、
『价』がたぶんフッカで、
『冠』はリオか?
「ごぼがばー、おれぁ泳ぐのは得意じゃ――がぼへーっ!」
どーするど-すんだ迅雷!
五百乃大角も、みんなを助けろごぼがばー!
ふぉふぉふぉふぉふぉぉぉぉおぉぉん♪
『<▼>』
ピピピピピビッ――突然のけたたましい三角印。
これは床が抜けたりするときの――警告だ。
ズゴォォォォォォ、ゴゴゴゴゴゴゴゴオゴゴゴゴォォォォォォォォッ、ズガガガァァァァァァァッンッ!
もんどり打つ水面を、転げ回る猫耳頭とおれ。
ビギバギィッッッッ!
水底からスゴイ音が、聞こえてきた。
できた亀裂は深くなり――下の階の灼熱の色が見え隠れしている。
底から流れ落ちる水流が――――シュゴゴゴゴゴオォォォォォォ!
渦を巻く。
ゴッバァァァァァ――――おれたちは、とうとうみつけた。
階下へ通じる道を。
抜けた底をぐぐり、放り出されたのは――地下三階。
地下二階の何倍もの、高さ。
ざばばばばぁぁっ――――ごほごほがっはほへへ!
「すっはぁぁぁぁっ!!!」
水はすぐに落ち、息が出来るようになった。
「――――、――!? ――――、――――――!」
早口の呪文。
「じゅっ……重力軽減と――浮遊の魔術を行使しました!」
猫と迅雷と浮かぶ球以外は、みんな息も絶え絶え。
だが濡れた体は、すぐ乾いてしまった。
下を見れば、ふつふつと茹だる灼熱の流れ。
そこから届くふきあがりが、髪の毛一本残さずに乾かしてくれる。
けど快適だったのは一瞬で、凄まじい熱に襲われた。
そう、ここは火山の洞窟で。
〝火龍の寝床〟とよばれる場所で。
その主らしきヤツが、かま首をもたげた。




